「ハハハッ!!どうだ?田村?日本軍の様子は?」

「おう!呆けて居やがる。そりゃ驚くだろうな。全滅するところを助けられたんだからな!」

「だが、この旗知ってる奴がいるか?」

「さあなあ・・・。もう25年前のことだぜ?俺たちみたいに少年だった奴らが今日本軍にいるかどう
か・・・」

「まあ、いいだろう。“あの時の借り”さ。これからもこの旗を拝んで、泣くことになるだろうぜ?」

二人はそう言葉を交わしながら、今まで全滅を覚悟していたであろう日本軍を望んだ。

死地から抜け出した日本軍が歓声に湧いているのが観えた。

「今日はこれくらいでいいだろう・・・」

騎銃兵を率いていた星野一鉄は撤収の号令を下すと一団は波が引くように戦場を後にした。

赤地に白く染め抜いた“誠”の旗をなびかせて一団は去った。戦場には彼らに感謝する歓声が

響き渡っていた・・・。




                                               つつ゜く
平壌を陥した日軍は次に清軍が籠る九連城に迫る。清軍27000に砲が85門。補給に乏しい内
地に不安と速戦即決を促すため、陸軍の総指揮官山県有朋が自ら出陣し、ソウルで陣頭指揮

を執る。10月25日決戦が行われ遂に無血で占領。続いて30日鳳凰城を、11月1日には大弧

山を占領する。そして20日旅順を1日で攻略。しかし、12月12日マイナス35度の寒波の中、

海城を陥落させる。早期終結を考えていたが冬にまで戦闘が終わらず、冬装備を持たない日

軍は悲惨の極みだった。折しも山県が帰国した後を狙って清軍が反撃に出る。

極寒の1~2月、寒さに喘ぐ日軍は清軍に苦戦していた。

日軍兵士 「ちくしょう!!闘いよりもこの寒さに負けちまう・・・」

日軍兵士「あっ!!敵だ~っ!!指が寒さで弾込めに手間がかかる・・・」

周りに敵の銃弾が降り注ぎ、雪で視界が遮られ照準が合わせられない・・・。バタバタと倒れる

味方・・・。あわや全滅かと思われたその時敵の銃声と別の方角から銃声がした。敵からの銃

弾が止む。一体何が起きたのか・・・?銃声とともに馬の蹄が響いた。馬に乗った一団が銃を

放ちながら敵軍を蹴散らすのが見えた。

指揮官 「おい!!あの一団はどこの軍だ。援軍がどこから来た?誰か見てこい!」

兵士 「私が見て参ります!」

言うが早いか1兵士が駆け出す。暫くして戻って来ると指揮官に報告する。

兵士 「どうやら馬賊のようです」

指揮官 「何?!馬賊が我らに味方したというのか?」

兵士 「はい。馬に乗って銃を撃つ一団は我らにはまだおりません」

指揮官 「ふむ。どこの馬賊だ?」

兵士 「それが・・・、赤地に白で“誠”と・・・」

指揮官 「何?!誠・・・そんな馬鹿な!!」

指揮官はもう老境に近い歴戦の猛者で初めての戦争はあの“戊辰戦争”だった。

指揮官 「間違いないか?その・・・誠の旗に!!」

兵士 「間違いありません。この双眼鏡で確認致しました!」

指揮官 「ほう・・・いい心がけだな!それならば間違いはあるまい。しかし・・・」

兵士はこの戦争に参加するにあたり、父から双眼鏡を贈られていた・・・。

兵士の名は『藤田勉』。そう彼こそ、かの新選組の三番隊組長・齋藤一改め藤田五郎の長男

であった―。



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明治27年(1894)8月1日、日本と清国の両国は互いに宣戦布告し、日清戦争に突入する。

その数日前、7月25日、大鳥圭介は牙山の清国軍撃退の要請をし、29日清軍3500と日軍3000

が成歓付近で対峙した。そして清軍に対し、日軍(大島混成旅団)は大きく迂回し背後から奇襲

攻撃を敢行。遂に清軍陣地を占領する。日軍死傷者80に対し、清軍は500以上という有り様だ

った・・・。そして勢いに乗る日軍は平壌に迫る。

平壌には清軍12000に成歓からの2500の敗兵が加わり、14500。山砲28門、野砲4門で守備に

就いた。これに対し日軍は12000。9月25日食糧はわずか3日分で、山砲44門で攻撃を仕掛け

る。430人の死傷者を出し、一時撤退するも、火の出る勢いで2日で遂に攻略に成功する。

大島旅団・佐藤支隊・朔寧支隊で攻撃に当たり、朔寧支隊の工兵16人の決死隊が玄武門に

取りつき、原田重吉が12メートルの高さから飛び降り、門扉を開いて突入に成功したのが勝利

の決め手となった。午後4時に白旗が上がり、9時に清軍は撤退した。死傷者は日軍180人に

対し、清軍は2000人、捕虜は600人に上った。陸での戦いに対し、海でも戦いが行われる。

黄海に於いて日軍は戦艦を単縦陣で進んだ。これに対し、清軍は頭から体当たりの戦法で

迎え撃った。しかし、日軍は相手が3000メートルの距離に入ると腹背めがけて速射砲を放っ

た。これにより、5時間にも及ぶ激闘の末、清軍は3隻が沈没、遁走が6隻で、日軍は沈没・遁

走ゼロという結果に終わった。日軍の勝利で緒戦は続いた。




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