明治22年、大鳥圭介邸で元新選組隊士・田村銀之助と星野一鉄(市村鉄之助)は20年ぶりの

再会を果たした・・・。

田村 「お前・・・鉄・・・鉄じゃないか

姿は大人になったが、田村は榎本の使いで来たこの男が、元・同志の市村鉄之助だと一目で

わかった。二人とももう37歳。亡くなった土方の歳を越えていた。

星野は大きな声で叫んだ田村の肩を抱え込むようにして壁際に寄り耳打ちするように言う。

星野 「そんな大きな声を出すな。今は市村じゃない、星野だ。星野一鉄。これからは星野と呼んでくれ」

田村はそれを聞くと辺りを見回した後、今度は声を落として言った。

田村 「お前は西南の役で死んだと聞いていたから、こうして生きてくれていたことが嬉しくて、な・・・」

そう言いながら涙をこぼす。

かと思いきや・・・突然笑い出した。

田村 「ところで、星野はいいとして“一鉄”まるでオッサンみたいだな

37歳とはいえ、まだまだその容貌からは年配の大人の雰囲気は感じられなかった。まだまだ

“青年”であった。

星野 「大きなお世話だ鉄はいいが、これからは市村はやめて星野で頼む。」

そう言うと星野は田村に改めて言った。

星野 「久しぶりに合えてうれしいぜ。俺たちまた一緒に“闘える”んだ

田村 「ああ。今度は負けたりしねえ

そういうと二人はがっしりと握手を交わし、そして笑った。




                                             つつ゜く

明治22年(1889)6月3日、清国在勤特命全権公使となった男がいる。

             
                     ―大鳥圭介―

彼もまた箱館戦争後、入牢後赦され、新政府に出仕した。彼は言う「朝廷に仕えるのであって、

薩長土肥に仕えるのではない!!」出仕する際、語っている。彼は凡庸な能吏派のように思わ

れているが、実は少年の頃から“バラガキ”であった。敏捷で記憶力が良く、家の中で読書・・・

というよりは外で野山を駆け巡り、腕白で乱暴、背も低かったが自分より背の高い子供も率い

て“大将”となって采配を振るっていたという。

大鳥家は昔『四方田(よもた)』と謂い、寛永20年の頃、四方田政綱という鉄砲の名手がいた。大

鳥が西洋の主流である銃を駆使しての戦術を学んだのは祖先の血がそうさせたのかもしれな

い。そんな元“バラガキ”は反骨精神を胸に闘い続けたのかもしれない。

彼はそれからかつての敵であった土佐海援隊の陸奥宗光と画策し、日清戦争へと導く。

その彼の傍らにやはりかつて箱館戦争を生き残った若者がいた。『田村銀之助』。彼も当時

は“星野”と同じ15歳で、新選組隊士であった。土方が戦場に連れて行くのをためらい、大鳥

に預けたのである。大鳥や榎本は降伏を決めた折、田村を逃がそうとしたが、「私は最後まで

闘って死にたい。このままここに置いて欲しい・・・」と涙ながらに訴え、二人の心を打った。

彼も投獄されたが、赦され、警官になったりしていたが、密かに大鳥の元に呼ばれ“任務”

を受けていた。榎本から大鳥の元に遣わされた星野は田村に再会した。ちょうど戦争後20

年が経っていた・・・。





                                               つつ゜く
明治11年、ロシアから帰国した榎本武揚の傍らには市村鉄之助の姿があった。そのままの

名前を名乗ることに憚りがあるため、名前を変えた。『星野一鉄』夜空をよぎった一筋の流星

に願いをこめ、ただ一つの想いを胸に己の“鉄の”心を貫く―そんな想いを込めた名前であっ

た。

そして『一鉄』は戦国時代、同じ美濃の出身の大名、『稲葉一鉄』にも通じる。これからは“市

村”ではなく“星野”である。市村はある意味死んだ・・・。自分の中でそう過去に別れを告げつ

つ、これからの時代を、“戦塵”となって散って行った、土方や戦友達の代わりに見つめ、そして

戦っていくことを改めて誓ったのだった。

そして戦場での戦術に加え、“星野”は榎本から政治や人との話術・駆け引きも学んだ。榎本

はかつて新政府に抗いながらも赦されてからは政府に出仕し、ロシアや清国の公使を歴任し

た後逓信大臣や農商務大臣、文部、外務大臣なども歴任した。かつての同朋からすれば、彼

の姿は新政府にしっぽを振った“変節漢”としか見えなかった。ほぼ“大将”の器を持った榎本

にしてみれば、“大局”を重視し、“個人”的な意見を通すことは考えなかった。いや考えられな

かったのかもしれない。だから、“国”に対する自分は考えても、国が自分個人に対して何かを

してくれるという思いはなかったのかもしれない。京都に出かけた折、そこにかつての新選組の

島田魁がいると聞き、『会いたいので来ないか?』というニュアンスは“大将”気質のもので、個

人の生き方をする島田とは完全に考えにズレがあった。島田にしてみれば“会いたい”のは個

人同士の想い・付き合いであって、そこにかつての上司・部下の関係はない。榎本からしてみ

ればかつて部下であったものに自分から会いに行くというところまでの個人的想いはない。



それはさておき、榎本の元で更に“進化”を遂げた“星野”はやがてかつての『同朋』に巡り会う

のであった・・・。







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