短編 「鬼哭啾々」:上 | Marionetto

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オリジナル小説と二次創作を書いています。

暑いので、ちょっとホラーに挑戦してみます。こう言う感じのは書くの始めて。よくあるお話。




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子供の頃からの友人が死んでしまった。明日の予定をやりとりした直後に車に轢かれて亡くなってしまったのだ。彼女がいる日常は連綿と続いていくのだと信じていたと言うのに...葬儀はしめやかに行われ、数日後に私は形見分けにと一体の人形を貰う事になった。人形作りは彼女の趣味だった。人形と言う言い方は古いのだろう、今はドールと言った方がふさわしいのかもしれない。


彼女の母親からそれを受け取ってもなお、私は彼女の死を受け入れる事が出来ず、彼女が姿を現わすのではと2人でよく行ったカフェや書店などへ足を運んだ。行けば会えるような気がして、無駄だと分かっていても頭の処理が追い付かない。私の目は彼女がいない世界を捉えているのに、脳がそれを頑なに拒んでいた。よく似た人に姿を重ねてしまうほどに。


私は部屋の隅にアンティークショップで購入したドール用のチェアを置いて、そこにドールを座らせた。シルバーブロンドのゆるいウェーブがかかった髪にアイスブルーの双眸が印象的で、肌は雪花石膏のように純白で美しかった。黒を基調としたゴシックロリータの衣装は花柄のレースがふんだんにあしらわれ、細部まで手が込んでいた。彼女の部屋に遊びに行くたびに見せてもらっていた思い出のドール。しばらくはそうして飾る事で、私は彼女の死を受け入れようとした。


数日は何ともなかったように過ぎた。もしかしたなら、何か起こっていたのかもしれないが仕事で疲れていて気付かなかった。異変を感じたのは今日の事、帰ってきて部屋を開けた時にひやりとした感覚に包まれた事だった。いやだな、と一瞬思ったのは本能が告げる警鐘でそれに従えばよかったと...私は後悔している。


時刻は零時過ぎ。チェアに座るドールに背を向ける形で私はベッドへ横たわっていた。視界にはドレッサーが見える。鏡は丁度ドールを映し出していて、振り返らなくてもその姿を確認できた。できて、しまったのがいけない。瞼を閉じても、開いても、消える事無く、そこに佇んでいる。ドールの頭部を撫でる腕は...古木のように皺だらけで指先に生えた爪は鋭い。貌も同じように皺だらけ、双眸はぬらぬらと耀いている。



「・・・ねぇ、知代。大事にしてくれてるのね、この子の事。愛しいわ、この子を大事にしてくれる貴女が」



そこに佇むそれは口を開いた。裂けた口から紡がれた声は間違いなく友人のもので、私は恐怖で身体が支配されそうになるのを叱咤し、少しずつ体を動かしてドアを目指した。幸い、ドアは半開きになっている。がたがたと歯が震えるのを強く噛みしめて、悲鳴を飲み込んで。私は心の中でカウントダウンを開始する。足の速さには自信があった。寝ている家族の顔がよぎったが、不思議と彼女は自分を狙っているのだと言う確信がある。自分がここにいるよりも逃げ出す方が家族には迷惑にならないだろう。


5...彼女はまだドールの頭を撫でている。4...その仕草には愛おしさが込められている。3...がちがちと裂けた口から見える牙が打ち鳴らされる。2...ベッドの端まで身体を動かす。1...息を整えて。0...同時にベッドから飛び出すと、ドアに体当たりする勢いで逃げ出す。