こんにちは。

 

 

渡邉希久子です。

 

 

先祖の人々が何を考えて生きてきたのか。

特に平和だった時代は、どういう心理と運営で

社会が成り立っていたのか。

興味を持って古代の日本を勉強しています。
(江戸時代にも興味がありますがこれはまた今度)

 

 

縄文や出雲王国の辺りは特に氣になる部分ですが

古事記では、出雲の話が三分の一も占めるのです。

 

 

 

古代史の勉強をしていると、古事記、日本書紀の他にも

様々な記紀があることを知ります。

 

ですが、そのほとんどが、偽書と言われてしまっています。

正史とされているのは、古事記と日本書紀だけなのです。

 

 

では、偽書とされた記紀は本当に嘘なのか。

と言われれば、そうは思えないものだらけという感触を持ちます。

 

 

そもそも、正史、偽書と認定する側の人達は何者なのか。

戦いに勝った側が歴史を示しているだけなのではないのか。

 

 

ということも含め歴史を考察する必要があるのかな。

と勉強していく上で考えるようになりました。

 

 

様々な記紀を比べてみると、この記紀においては

別の記紀では、重要とされている国や神様の名前が

出てこない。

 

とか、あるいは、とてもサラッとスルーされている。

 

という事があります。

 

 

例えば、古事記の話で

イザナギとイザナミが最初に産んだ子供の話が出てきますが

 

古事記では、蛭子(ヒルコ原文では水蛭子)という漢字を当てられており

不具の子とされ、捨てられてしまいます。

この記述以降、ヒルコは古事記には登場しません。

 

 

それに対し、ホツマツタエという記紀では、このヒルコは、

昼間に生まれたので、昼子姫と呼ばれ

和歌を作った姫とされ、物語の重要人物として書かれています。

 

この昼子姫の和歌は、当時、祝詞の様な役割をし、病を治したり

厄災を祓ったり、人々の生活に様々な恩恵をもたらたとあり

昼子姫の重要性が大きくクローズアップされています。

 

 

また、昼子姫は、ホツマツタエでは

確かに捨てられた(実親に育てられなかった)ということはありますが

それは「捨て子」という習慣からなのです。

 

この習慣は、親が厄年の時に、親以外の他人に子を育ててもらうというものです。

 

そしてこの「捨て子」の習慣は、今もある地方では存在するのです!

 

ということは、とてもリアルな話である事が分かります。

 

 

 

となると、何故、古事記では、ヒルコは神様の数に入れられていないのでしょうか。

それとも、ホツマツタエに書いてあることは嘘だというのでしょうか。

 

ここが、とても引っかかってきます。

 

こんな風に記紀を比較し出すと、訳が分からなくなります。

 

 

また別の面では、この記事の冒頭にも書いたように

古事記では、出雲の話が沢山出てきますが

ホツマツタエでは、出雲にまつわる話がほとんど出てきません。

 

 

これは一体、どういうことか。

 

 

それぞれ記紀を書いた側の人達に

世に知らしめたいところと

隠したいところがあるからなのではないでしょうか。

 

 

そんな風に考えていくと、これまで勉強してきた歴史というのは

どう考えたらいいのか。

 

ということに至ってくる訳です。

 

面白いですね。

 

 

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