タイトルの通り。

回復の見込みなし。


ご臨終です。チーン。


絶対わかんないよ。

誰にも。


大事にしろなんて
言われたくない。


いなくなっても困らない。
悲しくもない。


親不孝?
親不孝でけっこうけっこうコケコッコー。


私が今毎日生きているのは
南條さんのライブのためと
いつか縁を切ってやると
連絡も取れないようにしてやろうと
復讐心を燃やしているからだ。


それくらい憎い。

憎くて憎くて
出掛けるたびに事故らないかな?
と思う。

いない方がまし。

ひとりで生きること怖くないと
思ってた私に出会ってくれた
なくしたくない場所ができたの
何年先もずっとずっと

見上げた夜空に白い雪たちが
舞う季節も同じ気持ちで
幼い私は幸せがどんな形なのか
知らないけれど
あなたの横顔これからもずっと
見つめていくと誓うの



人は誰かに望まれて
生まれてくるはず。

それでも
「私の生まれてきた
意味ってなんだろう。」

そう思う瞬間って
たくさんあると思うんだ。

望まれていたのかな?
生まれてきてよかったのかな?
これが続けばいつかは、
「生きてていいのかな?」
そう思うことだってある。

人間はね、考えられる生き物だから
「生きる意味」を知りたくて、
必死に苦しみながらも
明日に進もうとするのかなって。

言いたいことが
わからなくなってきてしまったね。笑

つまりね、
「生きる意味」にこだわるから
苦しいのかな?
とも思うようにもなったのよ。
目標や夢を持つことも
大事だとは思う。

でも、今、この瞬間に
生きてることが辛いと思うなら
立ち止まって、先のこと考えずに、
今、この瞬間とりあえず
なにも考えずに呼吸だけしてみよう
でもいいんじゃないかな?
よし、歩ける。
そう思った時に踏み出しても
遅くはないのかな?

生きる意味にこだわらずに
今を生きてみる。

生きてるうちに、
いや、死ぬまでには
見つかるんじゃないかなー?

「あ、私が生きた意味がここにあった」
そう思える人生なら素敵だな。

日々精進。

でもそれは
毎日進むのではなく、
あくまでも立ち止まり
過去を振り返り
時には誰かに支えてもらい
のんびりと前に進むこと。

そんな生き方をしたいなぁー。