今日は
この記事のつづきを↓


自分の心をみつめていくと
オシャレする自分を責める声や
オシャレに対する罪悪感は

子供の頃、オシャレをする母に対して
抱いていた思いに繋がっていることに
気がつきました。



保育園の卒園式。
私が三歳の頃に両親は離婚しています。



私の母は
大学を出て、教師になり、
結婚して私と妹を産んだあと

二十代で離婚してからも
定年まで学校に勤め🏫
女手ひとつで私と妹を育ててくれた
たくましい人です✨✨


今も昔も 明るい色が好きで
昔の写真を見ると
華やかにオシャレした母が
たくさん写っています📸✨



赤い服が母。妹と私と、母の友達✨



昨日、
写真の中の若い母を見ていたら

お母さん、
オシャレ楽しんでたんだな😌✨

お母さんイキイキしてて
かっこよかったな❣️

母子家庭で大変だったのに
仕事もして、子育てもして
オシャレもして👗
パワフルで、すごいじゃん‼️😊

と、そんな気持ちになったんですが

子供の頃の私は母に対して
そんな風に思えなかった、、、。



お友達のお母さんたちのように
地味な格好をしてくれたらいいのに
とか

ただでさえ、
母子家庭で目立つのに、、、
なんでお母さんはいつも派手なの‼️

すごくボーイッシュで
(髪型はいつも短髪だった)
女らしい感じもないし
なんだか「お母さん」ぽくないし💦
やなんだよね、、、😓

と、他のお母さん達とは
雰囲気の違う母を
否定的にとらえていました。

だから 参観日などで
誰が私のお母さんなのかを
クラスメイトに知られたくなかった。

そして、そんな風に
母を恥ずかしく思う自分に
罪悪感も持っていた、、、。


その頃味わった 複雑な気持ちが
私の心の奥には残っていて

自分が母となった今 
オシャレをするたびに
それらの記憶が刺激される⚡️

だから
オシャレを自由に楽しみたい自分が
確かにいる一方で

他のママから浮くことや
お母さんらしいかどうかを
ビクビク気にしてしまう、、

そんなことが
だんだんと分かってきました。


今朝、4時半過ぎの空💗


これは6時半過ぎ✨


あの頃
母子家庭であることで
世間から私達に向けられる目に
私はいつでも怯えていた。HSCだしね。

だから
とにかく目立ちたくなかった。
気配を消して、静かに
誰にも注目されずに
みんなと同じように
目立たないようにしていたかった。

私にはそれが一番安全に思えたから。
でも母はそうはしなかった。


たぶん
母は決めていたんだと思うのです。


再婚はしない。
女手ひとつで生きていく。
娘二人を一人でちゃんと育てていく。
離婚でしょぼくれるなんてイヤだし
後ろめたいことなんてないのだから
顔を上げて生きていくんだ。と。


そして
そんな自分の決意を支えるために

明るい色を身に纏い
装うことを楽しみ
目立たないことより
堂々と自分らしくあることを
選んでいた。

ファッションを楽しむことは
そんな母の気概の現れだったのだと
今なら わかる。

あの頃は見えなかった
母の心模様をみつめていたら


私は母を 
これまでよりもっと
誇らしく思えてきました😌


お母さんが
私のお母さんでよかった。

私はかっこいいお母さんの娘✨

堂々と、そして強くあろうとした
根性あるお母さんの娘で

オシャレなお母さんの娘。

私は 母子家庭で育った
かわいそうな娘じゃなくって
カッコいいお母さんに育てられた
しあわせな娘だった。

そんな答えにたどりついたら
めっちゃ泣けた😭


来月の母のお誕生日には🌻
気持ちいい素材で綺麗な色の
ワンピースを贈ろう、、、

そして 私は
これから もっともっと
軽やかにオシャレを楽しもう💗


痛くない涙を流しながら
そんなことを考えている
夏の、はじまりなのでした🌻😌💧






ファッションの話から
こんな展開の話になるとは‼️
書いた自分が驚きましたが(笑)
まあいいか😆


さあ、みなさん❣️❣️
この夏はどんな装いで
自分らしく輝きますか??

ファッションは時に
気持ちや心の支えにもなってくれる
大切で、楽しいもの👗👚


自分のため 
毎日をより豊かにするために✨✨
どしどし←どしどしって💦
オシャレしましょ❣️😊🌈


それでは
おやすみなさ〜い😴💤⭐️
kaorunでした🍀🍎


レッツゴーです⭐️⭐️⭐️😉