The Tomboy and the Rebel Aristocrat 妄想日記 スピンオフ
スピンオフ:ノクターン・セレナーデは、
キャンディが21〜22才頃を設定とした妄想日記です。
その当時、ラジオは黎明期でありまだ一部の人しか聴くことは出来なかったようですが、
裕福な家庭や、カフェなど限定された場所で聴くことは出来ました。
登場人物
○キャンディ(セシリー)
:学院を去った後、アメリカに戻り手に職をつけるため、シカゴの仕立て屋で
見習いをしながら、夜間の洋裁学校に通っていた。
テリィが劇団の役者になったことを知り、劇団のテリィ宛てに手紙を出すが、
全く返事が来ない。何年も手紙を送っていたが、返事が来なかったため、
テリィからはもう相手にされていないと思い込むようになる。
しかし、テリィを忘れることは出来なかった。
いつの日か、舞台の衣裳を担当したいと思い、今年ニューヨークにうつり、
仕立て屋の工房で働き始める。
その工房の娘が、人気ラジオアナウンサーであるショーンの妻であり、
キャンディの天真爛漫さが気に入られ、ラジオ番組ノクターン・セレナーデの
アシスタントに抜擢される。
今も、昼間は仕立て屋の工房で働いている。日本の着物にも興味を持っている。
○テリィ
:学院を去り、ニューヨークのザ・オーロラ・ステージ・ギルドに所属、役者になる。
実力と人気を兼ね備えた稀有の役者になっていたが、テリィの心の中には
いつもキャンディがいた。
キャンディの消息をつかめぬまま、時だけが過ぎていった。
テリィの元にはキャンディが出した手紙が届いていないため、キャンディから
忘れられた存在になってしまったのかと思い始めている。
○ルーサー
:劇団の照明担当。テリィを尊敬し、テリィからも信頼されている貴重な存在。
ノクターン・セレナーデのリスナーのリスナーで、セシリーのファン。
自宅にラジオがないため、行きつけのカフェで聴いている。
○ショーン
:ラジオ番組ノクターン・セレナーデを担当する人気アナウンサー。
妻は、キャンディ(セシリー)が昼間働いている工房の娘。
○スザナ
:劇団の看板女優。
テリィに恋をしているが、距離を埋めることが出来ない。
スピンオフ:ノクターン・セレナーデ 前編
ニューヨークの12月は冷え込むが、ブロードウェイは熱気に包まれる時期だ。
今夜も20時30分に幕が開ける。
公演の2時間前、テリィは紅茶で一息つくために、グリーンルームにやってきた。
紅茶で喉を潤したら、楽屋で髪を整えて衣装に着替える。
テリィの美しい顔は、メイクはほとんど必要なくポイント的に加える程度で充分だった。
そして本番30分前までは、ゆっくりと楽屋で舞台のイメージトレーニングをしたり
読書をしたりして過ごすのが日課だった。
グリーンルームにはコーヒーを飲みながら、手紙を書いている照明担当のルーサーがいた。
『テリィさん、今日も客入りが良さそうですね。
流石だなぁ〜、テリィさんの人気と実力は。』
と、ペンを止めてルーサーはテリィに言った。
テリィは、ルーサーが書いていた手紙が気になった。
『ラブレターでも書いているのかい?』
『あっ、セシリーちゃんに手紙を書いていたんです。』
『セシリー? 君の彼女か?』
『ノクターン・セレナーデのセシリーちゃんですよ。』
『ノクターン・セレナーデ?』
と、テリィが怪訝そうに聞いたため、
『テリィさんは、ラジオは聴きませんか?』
と、ルーサーが確認した。
『ラジオか … 朝、ラジオをつけるぐらいかな。』
『夜は、聴かないんですね?』
『そうだなぁ、夜はあまりつけないな。』
『そうでしたか。
23時30分から30分枠で放送している″ノクターン・セレナーデ″って言う番組がある
んです。
僕は家にラジオがないんで、行きつけのカフェで聴いて帰るんですけどね。
アシスタントのセシリーちゃんが、お便りを紹介するコーナーがあるんですよ。
セシリーちゃんの甘酸っぱい声が、いいんですよ。
何度も手紙を書いているんですが、僕はまだ一度も読んでもらえたことがないんです。』
『ルーサー、だいぶ熱心だな。』
と、テリィは冷やかすように笑いながら言った。
『テリィさんも、″ノクターン・セレナーデを聴いてみてください。
セシリーちゃんの甘酸っぱい声に、舞台の疲れも吹っ飛びますよ!』
『声が気に入っているのはわかったけどさ、可愛い子なのかい?』
『顔は、ラジオなんで見たことはないですよ。
でも、彼女は自分のチャームポイントは、金髪とそばかすと、緑の目って言ってましたからね。可愛い子なんだろうなぁ〜。』
と、ルーサーはニヤつきながら言った。
——— 金髪とそばかすと、緑の目!? それに甘酸っぱい声か …… ———
テリィは、キャンディは想い浮かべた。
そして、紅茶を飲みながらキャンディの消息がつかめないことを悔やんでいた。
今夜は、いつも以上にカーテンコールが多かった。
テリィは、舞台 As You Like It お気に召すままのオーランド役を演じきった充足感に、
静かな微笑みを浮かべていた。
しかし、疲れもあったために待ち構えるファンを避けて、スタッフが使用する裏口からそっと劇場の外に出た。
12月の夜空には、小雪が舞い散っていた。
そして、愛車のパッカードで自宅に着いたのは24時近かった。
テリィはふと、ルーサーが言っていたラジオ番組のことを思い出して、
”ノクターン ・セレナーデ″をつけた。
『ウフフ、ウフフ、ウフフ。』
テリィの耳に、男性アナウンサーと笑っている女性の声が流れてきた。
——— この声 …… !? … ———
テリィの胸は一気に鼓動した。
その声は、キャンディの声にとても似ているからだ。
もう何年も会っていない、声も聞いていないが、テリィの知っているキャンディの声だった。
昔は、もっと甲高い声だった。
少し大人びた声にはなっているが、キャンディの甘酸っぱい声 ———
ラジオの電波越しに聴く声は、生のキャンディの声とは少し趣も違うが、
間の取り方や、一つ一つの会話から感じられる雰囲気は、キャンディそのものだった。
テリィはキツネにつままれた気分になったが、セシリーの声を聞き漏らすまいと集中していた。
『もう、一つお便りを紹介しますね。』
と、セシリーは手紙を紹介した。
『ニューヨーク州ポプキシーにお住まいの、ドリームさんからのお手紙です。
ドリームさん、お手紙ありがとうございます。
僕は今、全寮制の学校に通っています。
消灯時間を過ぎると、友達の部屋にも行けず長い夜が辛いです。
セシリーは、全寮制の学校に通ったことはありますか?
と言うお手紙です。
ドリームさん、わたしね、全寮制の学校に通っていたの。』
すると、男性アナウンサーのショーンが、
『セシリー、全寮制にいたんだね。
僕はないんだよ。全寮制は、どんな感じだった?』
と、聞いた。
『それは、それは、厳しい学校だったの。』
と、セシリーは強調しながら続けた。
『夜は先生方が、ふいに見回りに来るの。
ドリームさんが書いているように、夜は長く感じたわ。
でもね、最初の頃は見回りをすり抜けて、親戚の男の子の部屋に忍び込んだわ。』
『それは、男子寮ってこと?』
『えぇ、そうよ。輪投げと、木登りが得意だから、役に立ったの。』
『輪投げ? 木登り?
ターザンか、サルのようだね。見つからなかったの?』
『ターザン? さる? バランス感覚が良いと言ってね、ショーン。
それは、先生に見つからなかったわ。でも、忍びこんだのは、入学したての頃だけよ。』
『それにしても、すごいなぁ。その度胸に感心するよ。
ドリームさんも、輪投げと木登りをマスターしようじゃないか、アハハハ、アハハハ。』
『ウフフ、ウフフフ。』
『あっ、セシリー効果で明日から全寮制の学校では、輪投げと木登りが流行りそうだね。』
『皆さん、怪我をしないようにね。無理しないで、ウフフ。』
『そんな、おてんばな女の子でも卒業したんだろ? すごいよ、セシリー。』
『ええ …… んっ…』
と、卒業の話には明らかに、動揺が感じられた。すると、セシリーは、
『ドリームさんのリクエスト、Let Me Call You Sweetheartをお送りします。』
と、ピアノの生演奏が始まった。
小雪が舞い散るニューヨークの夜へ、ピアノの音色が優しく溶けていった。
そして、曲が終わると、
男性アナウンサーのショーンが、
『リスナーのみなさん、今晩もありがとう。また明日もノクターン・セレナーデをお楽しみに。おやすみなさい。』
言うと、セシリーが続けて
『今日もノクターン・セレナーデを聴いてくださり、ありがとうございました。
明日も元気にここでお待ちしてますいます。
おやすみなさ〜い。』
セシリーの甘酸っぱい声が、ずっとテリィの耳から離れなかった。
全寮制、輪投げ、木登り、消灯後の男子寮無断訪問 は、まさにキャンディに当てはまっている。
卒業に関しては、動揺していた。それも、当てはまっている。
——— セシリーは、キャンディ …… だよな? キャンディしかいないだろ。
キャンディでなかったら、誰だと言うのか!
CandyとCecily … Cで始まり、yで終わるスペル、
キャンディは、キミはこのニューヨークにいたのか!
ずっとキミの居場所が知りたかった。
ずっと探していた。会いたかった。
それなのに、オレに連絡をしてくれないのか?
オレが役者になったことを気づいていないのか?
それとも、オレのことは 忘れてしまったのか? ———
テリィは、セシリーについてもっと知りたかった。
ルーサーに電話しようとも思ったが、こんな時間であるし、そもそもルーサーの電話番号を
知らなかった。
翌日、テリィはルーサーに自ら駆け寄った。
『ルーサー、あのセシリーって言うアシスタントの名前は、本名じゃないよな?』
『テリィさん、ノクターン・セレナーデを聴いてくれたんですね! 嬉しいなぁ。
セシリーちゃんの名前は、ステージネームですよ。』
と、ルーサーは言った。
『昨日は、最初から聴けなかったですからね。でも、セシリーちゃんのおやすみなさい
コールは聴けましたよ。』
と、ルーサーは嬉しそうに言った。
『あの番組は、いつからやっやっているんだ?』
『確か、夏ごろ … 7月ごろです。』
『あのセシリーって子は、他にも番組を担当しているのか?』
『テリィさん、セシリーちゃんのこと気に入ったんですね。良かったなぁ。
他の番組は、今のところ担当してないですよ。
ノクターン・セレナーデは、月曜日から土曜日まで放送してます。』
『日曜以外は毎日ってことか … 放送が終わって彼女が帰るのは、夜中だよなぁ。』
テリィは心配そうに言った。
『セシリーちゃんのことは、スタッフが家まで送っていってますよ。
出待ちしても無駄ですからね、テリィさん。抜け駆けはやめてくださいね。』
『抜け駆け? オレは別にその、セシリーを気に入ったわけじゃないんだ。
番組をちょっと、気になっただけだ。』
と、テリィにしては少し慌てながら無理矢理否定するように言った。
すると、ルーサーが先輩気取りで、
『テリィさんとはいえ、僕のほうがセシリーファン歴は長いんです。
抜け駆けはダメです。
ノクターン・セレナーデは人気ありますからね。
僕以外にも、この劇団に何人かリスナーがいますよ。』
『そんなに、人気がある番組なのか?』
『はい、元々は、人気男性アナウンサーのショーンの番組だったんです。
それが、セシリーちゃんがアシスタントに抜擢されて、番組名も変わったら、
前の番組以上に、人気が出てきたんですよ。』
と、ルーサーは言った。そして、
『でもテリィさん、そんなにセシリーちゃんのこと気に入ってくれたんですね。
セシリーちゃんの事なら、僕に何でも聞いてください。』
と、ルーサーは先輩気取りだった。そして、メモを取り出し何かを書いた。
『テリィさん、これが番組宛の連絡先です。手紙や曲のリクエストを送ってください。』
『なんだよ、ルーサー、番組のプロデューサーみたいだな。
仕方ないなぁ、まぁ貰ってやるよ。』
と、奪い取るようそのメモを受け取り、足早にその場を去っていった。
その日は、前日より少し早く幕が下りた。
テリィは、観客の喝采の余韻に浸る間もなく、帰り支度をしていると
スザナに呼び止められた。
スザナは、今回の舞台では、ヒロインのロザリンド役ではなくフィービー役だった。
当初スザナは、演出や配役の方向性で今回は外される予定だった。
しかし、テリィと同じ舞台に立ちたい一心で、フィービー役でもかまわないと、
監督に願い出たのだった。
『テリィ、ちょっと相談したいシーンがあるの。』
『急いでいるんだ。明日にしてくれないか。』
と、テリィは言った。そして、スザナが返事をする前に慌ただしく劇場を後にした。
——— いつもさっさと帰ってしまうのね。今日は、いつもより急いでいるわ … ———
と、スザナは今日もテリィとの距離を埋めることは出来なかった。
スザナは主演、または主要な役所として、テリィと共演が多かった。
スザナは過去のテリィとの共演を思い出した。
演技中はあんなに役にのめり込んでくる、テリィ ……
本気で愛してくれているかのようなテリィの激しいキス ……
今まで相手役をつとめた役者は、スザナへの恋に落ちていた。
しかし、テリィだけは違っていた。
スザナは芝居中のテリィと、それ以外でのテリィの自分に対する対応の落差を感じていた。
テリィは愛車を運転し、アパートに戻った。
ノクターン・セレナーデの放送は始まっていたが、昨日よりは少し長く聴くことが出来た。
そして放送時間間際になると、セシリーが、
『みなさん、今日もノクターン・セレナーデを聴いていただき、ありがとうございます。
明日は雪が降りそうですね。あたたかくして、おやすみなさ〜い。』
と、おやすみなさいコールで締めくくった。
テリィはまるで近くに、キャンディがいるようで懐かしさとあたたかさで満たされた。
しかし、どうしても同じ思いに囚われてしまう。
———オレのことをキャンディは気づいてくれてはいないのだろうか?
ラジオ番組を担当しているなら、少しはブロードウェイの情報は入るだろ?
それとも、他に付き合っている男でもいるのか?
オレのことは過去の記憶に過ぎないのか?
オレは、ずっと探していたんだ、キミのことを! ———
芝居から離れると、そのことが頭から離れない。
テリィはセシリーに会い、キャンディ本人であるのか確かめたいが、勇気が出なかった。
自宅の住所はわからなくとも、せめて劇団にテリィ宛てに手紙さえも寄こさない
キャンディ。
そんな彼女に会いに行き、冷たくあしらわれるとも限らない。
テリィはルーサーから貰ったメモを頼りに、セシリー宛ての手紙を書いた。
キャンディはテリィの文字を知らないだろうから、気づいてはもらえないことはわかっていた。
かえってその方が、テリィには都合が良いと感じた。
テリィは、ノクターン・セレナーデの放送に夢中になった。
毎日終演すると、一目散で帰宅し、ラジオから流れるセシリーの声に耳を傾けた。
日曜日に公演がある場合もあったが、日曜日、月曜日と休演の場合が多かった。
その週の日曜日と月曜日は休演日だった。
日曜日はノクターン・セレナーデの放送も休止なため、テリィはとても物足りない1日を
過ごした。
そして月曜日になった。
キャンディは、今晩の放送で読む手紙を選んでいた。
丁寧に一通、一通、目を通していたキャンディの目に留まった文字があった。
——— セオドラ ———
忘れるはずがない、テリィの愛馬の名前だった。
キャンディがセオドラをペンネームとするリスナーからの手紙を読んでみると、
その内容と同じ経験をキャンディもしていた。
キャンディは、このセオドラからの手紙を本番で読むことに決めた。
キャンディはテリィの字をよく知らなかったため、テリィからの手紙だとは
全く気づかなかった。
偶然にも、セオドラというペンネームの人物が経験したエピソードが、
キャンディのエピソードと同じだったのだ —— としか、思わなかった。
23時30分
夜も深まる時間帯であったが、窓の外のニューヨークはまだエネルギッシュだった。
リースやクリスマスツリーで装飾されたラジオスタジオ内。
ショーンと、セシリーはカーボン・ボタン型マイクの前に立った。
隣の部屋には、生演奏用のピアノが置かれている。
本番前の一瞬、静かに張りつめた空気があったが、ショーンの渋みの中の朗らかな声で
明るい空気に変わっていった。
『みなさん、こんばんは。今夜もノクターン・セレナーデの時間がやってきました。
音楽と詩、今宵も素敵な一時をお届けします。
司会のショーンです。』
『みなさん、こんばんは。みなさんはどんな週末でしたか?
わたしは現在メトロポリタン美術館で開催されている、日本のKimono展に
行ってきました。色とりどりの着物が美しく、目を閉じても美しい着物が心に残っています。
アシスタントのセシリーです。』
『セシリー、日本のkimono展に行ってきたの?
僕も行こうと思っているんだ。』
『ええ、昨日行ってきたの。日曜日だから、混んでいたわ。
どれも素敵だったけれど、深い緑地に深紅の薔薇の柄の着物が1番気に入ったの。』
『ほう、特に女性には人気がありそうだね。』
『えぇ、ショーンも奥様と一緒に是非行ってみてね。』
と、キャンディの明るい声がスタジオ内に響いた。
そして、ショーンのおすすめ曲の紹介があり、
次にキャンディの手紙・リクエスト曲コーナーに移った。
二通目の手紙だった。
『次のお手紙は、マンハッタンにお住まいのセオドラさんからのお手紙です。
セオドラさん、お手紙ありがとうございます。』
——— 来た! ——
と、テリィは笑みがこぼれた。
芝居ではいつも冷静だったが、テリィの鼓動は激しくなっていた。
『セシリー、こんばんは。初めて番組に手紙を書きます。
僕は、好きな女の子から使用中のハーモニカを貰ったことがあります。
セシリーは、男の子に使用したハーモニカをあげたことはありますか?』
テリィの心の扉を開けるように、キャンディの少し落ち着きを秘めた甘酸っぱい声が、
広がってきた。
スピンオフ:ノクターン・セレナーデ 後編に続く































