【神の同時存在の法則】によると八百万の神はそもそも存在しないか、天照大神の異なる側面(性質)を別神として現しているだけなのかもしれませんね。
しかし
実際に人間として生きた神がいました。
実在した大王と正后
天照ニギハヤヒと瀬織津姫は実際に存在した
ヤマトの大王と正室です。
ホツマツタエの資料を見ていきましょう。
天照の正后
瀬織津姫ホノコ
瀬織津姫のお名前はホノコ。東海地方出身なのですね。絶世の美人だったようです。のちに正室(内宮)として大王に迎え入れました←日本版シンデレラ
称名【天下る日前向津姫】は
天下った日(太陽神)に向かいあう/迎えられた姫
ニギハヤヒ大王はゾッコンだったようです。
寵愛を一身に受けると嫉妬が渦巻く女の園では妬まれるんですョ゙。
瀬織津姫は嫡男、オシホミミを産んでいますが、ニギハヤヒには他にも12人の后がおり、瀬織津姫は後継者争いに巻き込まれて他の后たちに刺殺されたらしいです。←こんな時代から大奥状態だったとは...怖
ホツマツタエによれば、ニギハヤヒは彼女が生んだ皇太子オシホミミに大王の座を譲った後も、ずっと長命を保ったそうです。←妬まれても、息子さんは無事王位に着けたんですね良かったね
神としての瀬織津姫は『天照大神の荒御魂』しかも祓い浄化の神なので、実際に人間として生きた彼女も世の不浄、不正、理不尽を許さぬ凛とした強さを持っていた方だと感じます。
昔の王家の女性は勇敢で戦士として闘う姫もいたそうで、瀬織津姫もそんな一人だったようです。悪しき輩を成敗する、ものすごく強い存在だったのかもしれませんね。
美人だけど恐妻家だったのかも
ニギ君、もしや尻に敷かれてたの...
私の憶測ですが...もしかしたら実権を握っていたのは瀬織津姫だったのかもしれませんね。巫女でもあり、女戦士じゃ...実質の初代ヤマトの女王っぽいでしょ!←ニギ君はマスオさんだったのかな?ちとガッカリ
最後に、調べれば調べるほど悪態ぶりが露見する、このお方...身も心も闇堕ちした堕カマキリ
驚きのウィキペディアを読んでみて下さい
藤原不比等、持統天皇の御世に伊勢神宮では、突然、社家の変更が実行された。
元は、内宮、外宮ともに度会氏が担っていたのだが、内宮は藤原氏、中臣氏系の荒木田氏が新たな社家となり、その結果、渡会氏は外宮のみの社家となった。
この藤原勢力によって、伊勢神宮内宮祭神の変更がなされた可能性が指摘される。
瀬織津姫は鎌倉期に興った外宮神官の渡会氏による伊勢神道において、内宮の荒祭宮の神であることが明らかにされた。
伊勢神道は、従来の学説では、外宮神官が、外宮祭神の格を内宮祭神より上であるとして、渡会氏が私的な利害をかけて主張したものである、という見方が大勢を占めているようである。
しかしながら、この見解に従った場合、内宮荒祭宮の祭神、天照大神荒御魂を瀬織津姫である、と渡会氏が主張することの真意が何か、はまったく不明である。
このことから、元々内宮の祭祀をもつかさどっていた渡会氏が、藤原氏系に取って代わられて以降、荒祭宮の祭神名が変更されていることを訂正しようとしたものではないかという推測が成り立つ。
祭神変更の事実と、同時に歴代天皇の参宮が、事実上禁止されたこととは大いに関連することが考えられる。
それ以前においては、内宮に限らず全国の天照大神を祀る神社で瀬織津姫も一対となって祀られていたが、おそらく藤原氏系の人物が全国の神社から祭神瀬織津姫を抹消したのではないだろうか。式内社はそれを管理していくために設定されたと考えられる。