かとう家のブログ
こんにちは
えりりんです
ようやく雨
上がった〜
日照時間が短過ぎて
サラダに使うような
葉っぱものの値段が
爆上がりしてますね。
涼しい時期には
リーフレタスを
育てたりもしましたが
夏は暑過ぎて育ちません。
でももうぼちぼち
大丈夫かな?
とりあえず
キャベツでも刻んで
サラダにしよう。
お彼岸の
シルバーウイーク最終日
秋分の日でもあるこの日に
死後の世界を観光してきました。
仏教に基づいた
あの世のテーマパーク。
私設の施設?は
本当に個性爆発で
面白いですよね。
まずは
亡くなってからの流れを
スタッフの方が
説明してくれました。
死後の世界には
十人の王が
裁判官のようにいて
私たちを裁き
行く先を決めます。
人が召されたら
みんなもれなく
険しい死出の山を歩き
死後初七日に
秦広王(しんこうおう)の
書類審査を受けます。
そして
早速出てくるのが
例の三途の川。
川の渡り方が
三通りあって
三通りだから
三途。
ただこちらに
選択肢があるわけでは
なさそうです。
渡り方は
罪の重さで決まります。
橋を渡れるのか
浅瀬を歩くのか
激流を泳ぐしかないのか。
しかし
実はもうひとつ
裏技があるそうです。
それが
「地獄の沙汰も金次第」
六文銭があれば
それを船賃として
舟で渡してもらえるそうです。
特に昔は棺に
お遍路さんの旅支度のような
白装束と草履
六文銭を入れたりしましたね。
険しい山を越えるには
草履が必要ですし
船賃もあったほうが
より助かる。
しかし
お金持ちならば誰でも
三途の川を楽して渡れるか
と言えば
そういうことではありません。
自分の棺に六文銭を
入れてもらえるかどうか。
生前、周りの人々に
慕われていたかどうか
そんな意味合いだったんですね。
まぁ現代ならそれすら
生前にお金で誰かに
依頼しそうですが。
そしてなんとなく
共有されてる認識ですが
三途の川を渡ってしまったら
もう現世に戻ることは
出来ないそうです。
かの有名な閻魔大王は
五番目の裁判官です。
ここで分かれ道
すごろくのアガリのように
極楽浄土へ行けるのか
輪廻転生を繰り返す
六道(ろくどう)へ進むのかが
決められるそうです。
六道は
(表記はいろいろあるようですが)
天上界・人間界・餓鬼界
阿修羅界・畜生界・地獄界
となります。
地獄もあるが、天もある。
魂はここを
ぐるぐる転生していると🌀🌀
(善悪はあいまいだと思っているので…)
生前の罪で
行き先を決められてしまうのは
切ないのですが
超絶有名なわりに閻魔大王は
地裁のような立場なので
その後には
高裁も最高裁も控えています。
(手続きはわからないが)
再審請求もあり
最終的に行き先が決まるのは
三回忌になるそうですよ。
意外とかかりますね。
今回
あの世のテーマパークへ
行ったのを機に
軽く仏教的
あの世のシステムを
調べてみましたが
簡単に説明して
くれているものでも
世界観は壮大で
情報量がとても多い。
だんだん
文字が追えなくなって
脳が理解することを
拒みました
なんか…
申し訳ありません。
ちなみに
地獄は大きく分けて
八つあるそうで
こちらのテーマパークは
地獄に特化していたので
地獄のジオラマと説明書きで
お腹がいっぱいになりました。
地獄には
人が思いつく限りの残酷さや
刑期の長さがあり
「地獄には行きたくない
」を
印象付けるためには
この設定の手厚さが
必要だったのでしょう。
時代は流れ
人々を導いたり
統治したりに
必要な設定も
変わってきてますね。
今はどんな設定が
有効なんでしょう。
ところで…
魂は
『タマ』と『シイ』に
分けられる
という話があります。
『タマ』は霊
御霊(みたま)であり
亡くなったら天へ戻るもの。
一方『シイ』は
自我・心であり
亡くなったら地球に残るもの。
タマは天そのものだから
タマ通りに生きるなら
天意に沿っている
ということになります。
ただ
タマだけでは動けないので
タマの声を聞いたシイが発動して
行動に移すわけですね。
『タマ』の声を聞くには、
『シイ』の安定が必要です。
はるか祖先
縄文の人々なら
当然だったでしょうが
現代人には
難しくなってますね。
「心の声を聞こう!」は
美しいスローガンですが
心の声は自我でしょう。
本質から
ズレることもあります。
シイである自我の
巧妙さがわかる話があって。
とある経営者
『タマ』と『シイ』や
生活の中の余白
などの話を聞いて
ある時から経営方針を
変えてみました。
マーケティングを
一切やめて
自然に流れてみる。
お金の管理もゆるやかに
経営に集中するではなく
他のことに
意識と行動を向けました。
二年くらい
そんな感じ
だったでしょうか。
近頃の二年なら
世の中の変化も
凄まじいですよね。
で、どうなったか、、
売上は
下がったそうですよw
おかしい。
タマに沿った生き方ならば
上手くいかないはずはない
のに…
じゃあ考えられるのは
タマに沿って
なかったってこと?
ご本人曰く…
「タマのほうがエライ!ってなってた
」
なるほど、わかりますよ。
タマの意向に沿いたいから
それらしいほうを選びますよね。
何もしない
自然に任せるって
タマっぽいですもの。
シイはね
「タマのほうがエライから
」って
ささやくんですよ。
スピリチュアル界隈なんかも
おちいりやすそう。
でもそれは
タマの声じゃなくて
シイの声だったりもします。
あっちがすごいとか
こっちがエライとか。
タマは分けないし
順位もつけない。
比較したら
感情が動いたら
それは『シイ』
自我なんでしょうね。
できるなら
タマの声をキャッチして
天の意向に沿った生き方を
したい。
それには
心身ともに安定しつつ
シイのトラップに
気づくことも
有効かもしれませんね。
こちらの経営者さんは
再び経営の世界へ
戻って行きました。
本来は
マーケティングで
トライ&エラーとか
工夫をしていくのが
好きなんですよ。
これで売上が浮上していったら
タマの意向に沿っている
ということになるのでしょうね。
『タマ』と『シイ』で魂。
その魂を宿して私たちは
この世を生きています。
どちらも大切で
私たちのそのもの。
バランスを取りながら
崩しながら
罪も犯しながら
生きていくのでしょうね。
人の人生って
愛おしいですね
あの世のテーマパークは
家族経営でした。
美大卒の館長が創設し
私たちに
説明をしてくれたスタッフは
息子さんでした。
スタッフには奥様もいました。
今年でめでたく40周年

穏やかで優しい口調の館長は
きっと『タマ』の声を聞き
『シイ』の行動力で
天命を生きているのでしょう。
あの世のテーマパークは
そんな館長のこだわりと
家族の愛情が織りなす
唯一無二の世界。
テーマ性が強いせいか
その後は
かとう家二人とも
体調が傾きましたw
疲労感が強く
ダルさが抜けず
眠い
私は肩も痛いしさ
しかしそれは次の日
寒いのに海で泳いだせい
かもしれないし
いろいろ食べ過ぎたせい
かもしれないし。
カ:「でもまぁ、お彼岸だしね
」
え:「そうだね
」
一週間経って
復活してきたような
気がします。
さて
気持ちは明るく
10月を迎えましょう
こんにちは
えりりんです
「なにこれ…
」
先日の朝
今までにないほど
多くのカメムシが
ベランダに寄生していました。
カメムシは放置しておいても
いいものかと思ってましたが
調べてみるとそうでもないらしく
意を決してある程度駆除しました。
南無🙏
こうなると
あれほど敵視していたハトに
来訪して欲しくなります🐦
今年の夏は
虫と格闘してばかりです。
カメムシを
寄せ付けない対策も
いろいろあるようですが
覇気で
なんとかならないかな〜
雨の日が続いてました。
一週間前の日曜日の午後
お天気が回復すると知って
お墓参りに行ってきました。
お墓参りというよりも
お墓掃除がメインですね。
私たちの父方母方
かとう家にも
四つのお墓が存在しますが
その中でもひときわ
労力のいる我が実家のお墓。
浜辺が近く
松の木の下にあるお墓は
この時期枯れ葉がすごい。
お彼岸前に掃除をして
両親の負担を減らして
あげたかったのです。
青空も見え
気温も上がった午後
汗だくになりながら
蚊に刺されながら
お掃除をさせていただきました。
カトちゃんには
貴重な休日に
労働してもらって
感謝の念が絶えません。
年に一度
四つのお墓🪦を
参るようになって
今年で三年目、かな。
お墓掃除も含めたお参りって
とても清々しい気持ちになります。
これは故人のため
というよりも
今を生きている私たちのための
行事なのかもしれませんね。
ところで、、
『銀の羅針盤2027』
という言葉を見かけました。
銀の羅針盤、なにそれ?
アニメ?ドラマ?
と思っていたら
ゲッターズ飯田氏の
占いに出てくるタイプの
ひとつだそうですね。
知りませんでした。
もう来年の占いが
出てくる時期ですか〜
ちなみに
ゲッターズ式でいうと
私は『銀のカメレオン』
だそうです。
今年の運気は?
自分はどんな人だろう?
自分探しは
多くの人が
通る道でしょうか。
人は人生が
うまく回ってないな〜と
感じた時に
原因を探しますね。
その中で
根本を探るように
そもそも自分て
どんな人間なんだろう、と
深掘りをはじめます。
幼少期の頃や
親との関係性を
追いかけてみたり
性格診断や
タイプ診断なども
やってみますよね。
そして考える。
本当は何がやりたい?
本当は何が正解?
昔、離婚して
ひとり暮らしに戻った時
真っ先に没頭したことって
好きな時に好きなテレビを
観ることでした。
テレビ番組というより
映画を観まくった。
昔も今も
世の中のママたちに
テレビの独占視聴権限が
あるとは思えないけど
スマホのない時代は
テレビを家族にゆずったら
個人的で手軽な娯楽が
日常からひとつ
消えることになります。
ひとりに戻った時
自分の好きなこともやろうと
映画を観まくったのは
自分を満たしている作業
だったのかもしれません。
当時の私は
結婚生活で多少なりとも
献身してきたと
自負していたんですよ。
(今となっては恥ずかしい!)
悲痛な献身は傷を残し
ひとりに戻った私は
ぽっかりと穴が
空いているようでした。
そうだ
このぽっかりを
埋めなければ…
ぽっかりには寂しさも
含まれていたと思います。
ならば
今まで我慢してきたこと
やりたいと思っていたことを
やって満たそう!
空腹時のお腹を
満すように。
そうでなければ
人生割に合わない。
(割に合わないってのがなんともセコい)
さあ、再出発!
やりたいことやるぞー!
自分を満たすぞー!
これまで好きなことが
出来なかった人
自分を後回しにしてきた人
自分を満たすために
好きなことをやってみましょう!
本当に好きなことはなに?
ずっとやりたかったことは?
やりまくってみましょう!
という
メッセージかメソッドか
よく聞きますし
とても大切で良いことだと
思ってました。
いっ時は必要ですもんね。
ただ時折
とてもこだわって
延々と追求している人も
見かけます。
見える範囲でも
すでにシニアと
呼ばれるほどの方々で
自分を満たすことに
邁進している人たちが
存在します。
ずっと家族や
自身の立場のために
我慢してきて
ようやく自由な時間
お金を手に入れて
これから自分と向き合い
満たしていくぞ!
なのかもしれません。
でもなんとなく
いつも枯渇している
ようにも見え
同じところを
ぐるぐるしてるようで
辛そうにも見える。
いつまでも
満たされないのは
きっとその人たちの
満足の器が
とても大きいからだと
思っていました。
しかし
そうではないらしい。
聞いた話によると
満たそうとする
ということは
足りていないと
認識し続けているから
だそうです。
自分は足りてない。
ずっと
そう思い続けている。
なにが
足りてないのでしょう?
楽しいと思える
刺激なのか
自分自身を肯定できる
何かなのか。
自分はぽっかりと
穴が空いている
お腹が空いている
そう思い続けていたら
やはり埋めよう
満たそうとしますよね。
当時の私のように
失った時間を取り戻さないと
割に合わない…
そう思う人がいたら
今まで自分の時間は
足りなかった
時間を失ったのだ、と思い
全力で満たそうとする。
足りないと
思えば思うほど
満たそうとする行為が
止まらない。
本当はずっと
やりたかったことをやって
楽しくて満足なはず
なのに
渇きが止まらないような
現象が起こっているのかも
しれません。
しかし本当は
足りない
不足しているも
幻想なんでしょうね。
もし
足りない自分でも
ダメじゃない
特に問題はないと思えたら
渇きが癒えるように
自分を満たす行為が
治まるのかな〜
その後の私が
それほど自分を満たす行為に
ハマらなかったのは
ひとり暮らしの生活が
いっぱいいっぱい
だったからのように思えます。
自分探し
自分の満足の追求
内側へ向かえるほど
外側が静かではなかった。
ある意味
ラッキーだったんでしょう。
ゲッターズ式
銀のカメレオン
2027年はラッキーなのか?
どうやら
健康を第一に
意識することが
大切だそうですよ。
へ〜そうなんですね。
…忘れちゃいそうだけど。
まぁもちろん
健康は常に意識しますが
たとえ不調になったとしても
なにかが足りない私ではなく
ただそうなった私ですよね。
そのままを受け取ろう。
気持ちが落ちた時こそ
不足している
足りないの
落とし穴に
はまらないように
したいですね〜
こんにちは
えりりんです
話題過ぎて
大雨の中観に行って来ました。
映画ちいかわ 人魚の島のひみつ
仕組み好きなので
ヒットの理由を
知りたくなっちゃったんですね。
ちいかわに関しては
全体的なデザインと
「ちいかわ」と「ハチワレ」という
キャラクターがいるという程度の認識。
あと
コミックの1エピソードを
見た記憶もあります。
それがちょっと
トゲトゲした内容だったから
ちいかわはアイロニー(皮肉)的な
お話なのかなと思ってました。
あれはおそらく
傍若無人なモモンガの回
だったんだろうと
映画鑑賞後の今なら思えます。
映画を
こんなに力抜いて鑑賞したのは
初めてなんじゃないでしょうか。
映像は
シンプルで愛おしい
二次元の世界でした。
今時はなんでも
スピードが早く
情報量も多いですからね。
ちいかわは
キャラクターたちの可愛さと
ほのぼのとした癒しになるお話に
少しのダークな味付けが
絶妙なんだろうと想像しましたが
コメント欄で見た
ファンの方の悲痛な感想は
心に残りました。
可愛さ、健気さ、勇気と友情
そして少しの毒
いつもの黄金比のバランスが
映画では崩れてしまっていたようです。
毒が優り過ぎだと。
最後には道徳的な問いが
生まれそうなお話でしたが…
どうでしょ?
大人なら既視感ありそうだと
私は感じましたが
ここまで話題になるのは
小さくて可愛い
ちいかわたちだからなのかな。
とにかく
キャラクターデザインは
大切なのだと思いました。
世界観の設定
そこに甘かったり
しょっぱかったり
毒だったりのバランス配合
実は綿密な表現
そして時代の後押しと
いろいろ兼ね備えている
作品なんでしょう。
この映画は
もともとのファンはさて置き
見た目のちいかわの
世界観だけで鑑賞すると
ダークネス要素に
面食らうと思いますし
どんでん返しのような
毒気を求めていくと
そうでもないな。。と
感じるかもしれません。
映画鑑賞後に
関連動画をいくつも観ましたが
本当の世界観は独特な設定であり
私は好みな感じがしてます。
ただ普段は
この手の画に触れないから
とても新鮮で
映画冒頭平和な15分ほどは
この可愛らしい画を
ひとりで観ている自分に
微笑みましたね
話変わって…
実は近頃
ちょっと気になって
きたのですが、、
かとう家
出先や旅先で
人から注意もしくは
怒られるなぁ、と。
旅先のホテルのプールでのこと
ビニール製のサッカーボールが
置いてあって
誰でも使っていいのかな〜なんて
カトちゃんとバレーをはじめたら
しばらくして
お子様二人と遊んでいた
お父さんがやってきたんですよ。
父:「それ、私物ですか?」
カ:「えっ、いや違います、、
」
父:「うちのですけど
」
マヂ?そうなの?
近くには
同じ仕様のボールで遊んでいた
シニアカップルがいて
ちょっと遠くには
やはり同じボールを持った
ヤングがいて
てっきりこの施設の物だと
思ってました。
確かにこの親子も
サッカーボールで
遊んでいた様子は見ましたが
少しの間放置していた隙に
私が持ってきてしまったようです。
ただ
この親子の私物かは不明で
おそらくレンタル
もしかしたら
先着順無料なのかもしれません。
いずれにせよ
大変申し訳ないと思い
二人で平謝りしました。
お父さんは不機嫌そうに
怒ってましたね。
声をかけられるまで
私の体感としては
ずいぶん時間がありました。
プールに人は少なかったから
私たちのことは早々に
怪しいんでいたと推測できます。
でもお父さんは
じっと待っていた。
そのうち
返してくれるかもって。
一言申すのは勇気がいるし
面倒ですからね。
で、これは自分のことも
省みてなのですが…
もしも
自分たちのサッカーボールを
持っていかれた〜
と
気づいたならば
様子見はそこそこにしといて
相手に声をかけたほうがいいねと
思いました。
我慢が限界に達する前に
行動すれば
全ての関係者に
やるせない風は吹かない。
私もやりがちなんですよ。
「え?普通こうだよねぇ?」とか
「こうするよねぇ」なんて
ゴニョゴニョ考えて
場合によっては
勘違いで勝手に我慢して
爆発に至る
みたいなこと。
迷惑千万。
軽やかに素直な行動は
平和な世界を築きますよね
先日も
こんなことがありました。
その日のカトちゃんは
始発の新幹線に乗る予定でした。
利用する新幹線の駅は
近隣の街
そこまで車で行くか
はたまた地元の駅から乗る
普通電車で行くか
それによって
家を出る時間が決まります。
車と電車の差は10分。
家を出る時間に
10分の差が生じるのです。
ただ送っていく私は
往復20分程度で済むのか
それとも80分ほどかかるのか
大きな違いがありました。
「朝起きた感じで決める
」
前日にカトちゃんは
言うのですよ。
私は内心
「え〜今決めてよ〜
」と
思ったのですが
その時は尊重したんですよね。
で翌日の朝
最寄駅から普通電車に
乗るつもりで家を出て
マンションの
エントランスも出て
車に辿り着く寸前で
やはりこれでは
ギリギリ過ぎるとなって
最寄駅ではなく
新幹線の駅まで
行くことになりました。
はい
私80分コースです。
そのあとの私は
カトちゃんを責めましたよ。
10分早く起きれば
最寄駅から電車に乗れたのです。
自分ひとりなら
起床した時のフィーリングで
行動を決めていいけど
人を巻き込んでいるなら
配慮してよ
と
私の圧ある正論で押しました。
ただね
後から自分も顧みます。
そもそもどうして
カトちゃんを尊重したんだ?
その奥には私の
「瞬発力のあるほうがかっこいい」
「急な予定に対応できないのは劣っている」
という思い込みがあるのです。
その思い込みもあって
相手のギリギリの予定に
合わせようとする節があります。
それで最終的に
相手を責めるって
甚だ愚か
プールサイドのお父さんも
巻き込んで
引き合いに出しちゃうけど
相手に怒りを見せるくらいなら
早めに言ったほうがいい。
お互い早めの
コミュニケーションが
いいよね。
場が整えば
爆発は免れます。
映画ちいかわでは
ちいかわが言葉を飲み込む
印象的なシーンがあります。
言っていいこと
言わなくていいこと。
場合によっては
早めに言ったほうがいいこと。
私とお父さんは
早くに伝えるべき
だったのでしょうね。
思い込みや
ゴニョゴニョした思考は
時に足を引っ張ります。
最近好きな言葉は
『忌憚(きたん)のない意見』
どこで使うのかw
まぁ自分から
思いやりのある
忌憚のなさで
いきたいと思いました

