こんにちは
えりりんです![]()
今年のはじめの頃
書いていたブログに
よく登場していた
ビニール袋を着た
お父さん。
冬以外では
見かけない
レアキャラだと
思っていました。
ところがもう
お父さんを認識できる
目
を持ってしまった
私とカトちゃんは
春になっても
見かけるようになりました。
閉店した店の前で
横になっている
お父さん
夜の横断歩道を
トボトボ歩く
お父さん。
よくここで
識別できるなという
シュチュエーションでも
見つけられるように
なりました
ちなみに
気温の上がっている
現在は
ビニール袋を
着ていません。
とある朝の出来事。
公園の外周を
歩いている私
中央の芝生で
体操している
カトちゃん。
お父さんは
トイレから出て
芝生を横切ろうと
していました。
私が
遠目から見ていたら
芝生地帯に
入ったお父さん
突然ゴロンと
前転をしたんですよ。
ドタバタせず
一回転の
前転をした後は
スムーズに立ち上がり
何事もなかったように
歩いて行った。
背中に枯れた
芝生を付けながら。
きゃ〜っ
と
ときめいた私は
すぐさま
カトちゃんに駆け寄って
事態を話したんだけど
カトちゃんは
見ていなかった。
残念!
華麗な前転を
見せたかったな〜
なぜ
突然の前転を
したのかは
謎ですが
あれは普段から
やり慣れている
身のこなし方でした。
体力を測るための
ルーティーンか
ただの
気分転換か。
自由だな〜と
衝撃を
受けたんですよね。
勝手に
目撃してしまった
こちらが
わぁ〜
って
幸せな気持ちに
なったんです。
季節は
新緑が気持ちの良い
五月ですが
新しい生活が
しんどくなる
五月でもありますよね。
お父さんの前転は
何か悩み深い人たちにも
見せたい光景でした。
真面目な人ほど
重くなるから
もっと軽くて
いいんだよ![]()
ってね。
前転の後は
芝生地帯に置いておいた
全財産のように
持ち歩いている
私物を拾ってから
ベンチに座り
涼し気に
新聞を読み始めました。
とことん自由
痺れますね〜![]()
最近書いたブログに
旅先でカトちゃんと
お義母さんが
言い合いになった話を
書きました。
その時のカトちゃんは
持論を展開し
あろうことか
お義母さんを
説得しようと試みる
不毛を行ないました。
あの時は自我全開で
挑んでしまったから
後からあれは
自我を無くして
軽く受け流し
会話が早く終わる方式を
取ればよかったね
と、結論付けた
そんな内容のブログでした。
ついこの間
実はあの事象は
カトちゃん自身が
自己の存在証明のために
自ら起こした!
という話を聞いたんです。
以前に書いた
こちらの話に
通じますね↓
私たちには
自我があり
常にその存在を
証明しようと
しています。
『自分はこういう人間だ!』
と証明するために
自らの世界を
創造するのです。
あの時
旅先での言い合いの
きっかけは
何度もかかってくる
伯母からの電話でした。
それを義母は
一人暮らしの自分を
心配するゆえの
行動と認識していて
それに比べて息子たちは
全然電話をしてこない
という流れでした。
カトちゃんは
そもそも
心配してないから
電話はしないし
こうして
旅行に連れ出す
お楽しみ担当が
俺なのだという
反論でもありました。
私のブログでは
あの時の行動
本当はどうすれば
よかったのか?視点
だったわけですが
今回聞いた話は
事象全てが
カトちゃんの創った世界
との捉え方でした。
あの時カトちゃんが
証明したかった自己とは
どんなものだったのか…
不安や心配よりも
喜びで
生きていく人生を
選んでいる
母ちゃんのことは
大丈夫だと
心配していないから
それよりも
好きな旅行に
連れて行くことのほうが
親孝行だと思っている
俺は
そういう価値観
そういう存在
こんな俺を
わかってほしい
俺の母ちゃんには
わかってほしい
自我の
証明したいことが
先にあるんです。
そのための舞台を
創っていくんです。
だから物語は
伯母の電話から
はじまっている。
お義母さんが突然
スイッチが入ったように
愚痴を言い出したのも
カトちゃんの念力が
そうさせた?
ちなみに今回の件
母ちゃんではなく
父ちゃんだったら
どうなのか。
これは100%で
言い合いに
ならなかった
でしょう。
自我が
存在の証明を
したいのは
母ちゃんに向けて。
父ちゃんは
【俺と父ちゃん】
だけど
母ちゃんは
【俺の母ちゃん】
なのです。
「マザコンかよ
」
カトちゃんは言いますが
大丈夫
世界中はマザコンだから。
自我の
存在証明は
かとう家二人の
やり取りにも
見えてきます。
時間をとるか
お金をとるか
例の駐車場問題。
お金に対して
余裕のある自分を
証明したい
カトちゃんと
時間に対して
余裕のある自分を
証明したい私との
共同創作

次回は
なにがなんでも
私の意見を
採用すると言った
カトちゃんでしたが
これも
「妻の意見を優先する俺」
の証明に使える。
ああ
どこまでいっても
逃れられないのか…
また何か
印象的なことが
起こったら
まずは
気づくところから
はじめたいと思います。
あ〜
自我が存在証明を
したがってるんだな〜
って。
そうしたら
フラットに
なれそうな気が
してます。
自我劇場も
いいんですよ
それはそれで
楽しい。
ただ
もっと透明に
近づけたら
また違った喜びが
感じられそうです。
個人的な感想
ですけどね。
ビニール袋のお父さんは
名前も捨てているように
見えるけど
「こんな生活もできる俺」を
証明してるのかな〜?
自我の存在証明が
薄くなった時こそ
流れに運ばれる状態に
あるのかもしれませんね。
それが
本当の自分を生きている
ということなのかな〜
どうなんでしょ
?
はっきりしないことを
自我は嫌がりますが
きっと本当のことは
モヤッと
しているんでしょうね。
モヤモヤ万歳![]()



















