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ことだま

二児の母。人生に迷子になった時に出逢ったのが断捨離でした。日々のつれづれを書き留めていきたいと思います。

断捨離をしていて、「すっきり」を感じる時と、感じない時がある。

 

確かに、ものを手放すことで、ある程度の「すっきり」とは出逢えるのだが…

 

どんなに莫大な量を捨て去って空間ができても、

なぜか「すっきり」しない時もあれば、

 

少し何かを手放しただけで

大いに「すっきり」することもたまにある。

 

まるで、台所の詰まった排水溝が、何かの拍子に一気に流れ出すように

まるで、口の中に刺さった魚の小骨が、するっと取れた時のように

まるで、歩いているときに気になっていた、靴の中にある小さな小石を取り除いた時のように

 

「すっきり」を感じる時って、大きな何かを手放す時だけでは決してない

ほんの小さなことなのに、それを手放し、それがなくなることで

人は、心からの「すっきり」を感じることがある。

 

 

手放したいのは、「小さなこと」なのかもしれない。

心にひっかかっていた、「あれ」かもしれない。

ずっと、あの人に言えなかった「あのこと」かもしれない。

誰かとの関係が崩れるのが怖くて、ずっと我慢してしまいこんでいた「あのことば」かもしれない。

それは、ひょっとしたら、書き留めたらほんの数文字なのかもしれない。

だけど、それがずっと心の中にあって

モヤモヤモヤモヤと、渦巻いている時がある。

小さなことなのに。なんなんだ、この存在感。(君は、歯の奥につまった小魚の骨か?)

 

…今日は木曜日、つまり週の後半で

リビングは少々、いや、大いに散らかっていて

下駄箱も、いばれた状態ではなく

畳めるところまで全く行き着いていない、洗い終えた洗濯物が、

整っているとは絶対に言えない部屋を、再確認させてくれる。

 

だけど、なのに、今日の私がものすごく、本当に、心底「すっきり」しているのは、

長年言えなかった言葉を、「あの人」に、吐き出せたからだ。

 

もしも吐き出したら、「こうなるんじゃないか、ああなるんじゃないか」と不安だった。

実際、相手の反応はとんでもないものだったけれど

だけど、今の私は困っていない。

相手が憤慨しようが逆ギレしようが、私は全然悩んでいない。

逆にこの清々しい思いはきっと、「すっきり」という表現で表すことができるんだろう。

 

思いを話す(離す)ことで、心は確実に軽くなっった。

なんだ、手放しても大丈夫だったんだ。

私は、大丈夫だったんだ。

 

だいじょうぶだったんだ。

 

「すっきり」は、自分の心が決めていい。

私もあなたも、だいじょうぶだよ。

 

 

 

 

 

私のこのブログのことを、私の友達は誰も知らない

今こうして私のブログを読んでくださっているあなたは

私の全く知らない人

 

だから私は、書けるのかもしれない

友達が読んでいると思うと、その友達の目にどう映るかを意識すると思う

それと同時に、私の書いた文も、その友達の中の「わたし」という存在を通じ

独特の色を放つんだと思う。

だけど私のことを何も知らない人には、言葉がそのまま届くのではないだろうか

私はそれを、感じたいのかも知れない

 

人はきっといつだって

自分を取り巻く人に影響され、影響し、生きている

人知れずこっそりとブログを書くことは

自分の思いを、人の目気にせずに解き放つこと

時には、友達にも言えないような素の気持ちをぶつけてみる

だけどそれは誰も読まない日記とは違って

会ったことのない、全く知らないあなたに

「聞いてもらいたい」と願う、人としての気持ちがあるのかもしれない

 

だから私はこれからも

私の周りの人には、このブログのことを決して言わないような気がする

言ってしまったら、もう書けなくなる

言わないからいい、ブログもある

誰も知らないから

誰にも見せていない自分について書ける

誰のことも意識しないでいいから、

いつもは奥底に眠っている「わたし」に、居場所を与えてあげられる

私はきっと、そのもう一人の「わたし」と向き合いたいんだろうな

 

今日も、読んでくださってありがとう

一方的な私の呟きを受け止めてくれるあなたは

きっととっても優しい人なんだと思う

 

あなたの中の、他の人が決して知らない「あなた」が

読んでくれていたら嬉しいな

 

誰も知らない

だけどしっかりと私の中にいる

もう一人の私

このブログは、そんな「わたし」にあるんだと思う

 

 

 

人は、変わっていく。

自分も、他人も、時間の流れとともに変わっていく。

昔、そこまで仲良くなかった人と、ふいに意気投合することもあれば

大好きだった人と、些細なことで疎遠になることもある。

 

私には最近、とても信用していた人を、一気に信用できなくなる出来事があった。

とても失礼で悲しいことを言われて、それが子供が絡むことだったから、本当に悲しくて、しばらく落ち込んだ。

ひどい言葉に、打ちのめされそうで、しんどかった。

彼女の言葉には毒素がいっぱい詰まってて、その言葉を発した彼女は確かに、とても冷たい目をしていた。

 

私は、その人から距離をおくことにした。

大好きだったけど、「今」、一緒にいるべきではないと思った。

だけど今思えばきっと、その「言われたこと」がきっかけになっただけで、

離れていく原因は、他にもたくさんあったように思う。

 

彼女は多分、私は決して怒らないと思っていた。

離れていくとも、きっと考えていなかった。たとえ、そんな風にマウントを取ったとしても。

 

離れて数ヶ月、たまに思う。 何が嫌だったのか、伝えたら良かったのかなと。

だけど、そこでまた気づくことがある。違う、「伝えられなかった」のではなく、私は「伝えない」ことを自ら選んだ。

「その程度の間柄」の「その程度」を定義するのはとても難しいことだけれど

巷で言われる「その程度」の関係では決してなく、大好きで信用していて、本当に何でも話せる友達だと思ってきたからこそ、

「伝えない」ことを私は敢えて選んだ気がする。

 

どんなに親しい間柄でも、言って良いことと悪いことがあって、

彼女は、その一線を、超えてしまった。

その時に、蓄積した我慢の限界の糸が、プツリと切れたような気がする。

今は、彼女がとても遠い。

 

人と人は、時折すれ違う。そこに誤解があるのかもしれないし、話し合えば解決策もあるのかもしれない。

だけど、歩み寄ることを「選ばなかった」のは、私の中の彼女のへの何かが、形を変えてしまったんからなんだと思う。

「今」は、一緒にいるべきではない。

「今」私は、自分を大切にしよう。

「今」、このトキシックな関係は、

…必要ない。

こういった断捨離精神は、皮肉なことに、彼女から教わったことでもあった。

「今、ここ、自分」。

そして私は、彼女から離れることを選んだ。

 

ご縁があればまた出逢える。

私は、昔の、無器用だけど優しい彼女が本当に好きだった。

人にかける言葉を吟味する彼女が好きだった。

思い出もいっぱい。感謝もいっぱい。これは本当で、決して変わらない。

 

書いていて思う。私は本当は、それが壊れるのが嫌だったんじゃないかな…。

 

その時に一番必要な出逢いや人間関係がきっとあって、そしてどんな出逢いも経験も

その人のこれからを作っていく糧になるんだと思う。

 

今、

ここ、

わたし。

 

ふと見上げた今日の空は、眩しいくらい青かった。

 

 

 

 

 

 

 

日本に帰った時に、「自由」を目指す人に会った。

 

自由でいなくちゃ

私は自由な人なの

人にもよく自由人って言われるの

やっぱり自由よね

自由が一番

自由、自由、自由…

 

そして言われた。

ほら、あならのそーゆーところが自由じゃないのよ!

もっと自由に!!!もっともっと、自由に!!!!!!!!!

 

…一体、なんの新興宗教やねん (と、そっと呟いてみた。)

 

…彼女の「自由」が、私はしんどかった。

ものすごく、しんどかった。

それはとても不自由な自由だった。

 

衝撃的でもあった。

確かに、「枠の中」で生きることを求めらる傾向のある日本では、

「自由」は、ある程度の「理想」でもあるのかもしれない。

だけど、今度は日本での「自由」という「枠」があるような気がして、

本当に息が詰まりそうだった。

 

英語では「自由」が色々存在する。

freedom, liberty, autonomy, self-determination, independence, unrestrained.... まだまだあるような気がする。

だけど、それは、強制するものでは決してない。

 

本当の「自由」が何なのかは私には高尚すぎて分からないけれど

少なくとも、誰かを縛るものではないような気はする。

しんどくなってはいけないコンセプトで、ネガティブな響きもそこにはないはずで。

 

「自由」は、誰かに押し付けた時点で、「枠」を持ち、

逆にがんじがらめになってしまうような、そんな気もする。

それは、とても不自由な「自由」だ。

私に「選ぶ」ことができないのであれば、それは、私の中での「自由」ではないから。

 

自由って何だろう。

 

自由って何だろう。

 

自由って何だろう。

 

選べないのに「自由」?

どうして?

 

私には、同級生に会いたくない時期があった。

同窓会に行きたくないと思う時期があった。

自分だけが取り残されていて、胸をはれないような気がしていた。

 

私の「肩書き」だけは、他の人から見たらおそらく「立派」で、

学歴も悪くない、決して。

だけど、「自信」って実は、「他の人からどう見えるか」じゃないような気がする。

自信は、自分の「納得」から来るんじゃないだろうか、本当は。

納得できるくらい、取り組んでいるだろうか。

納得できるくらい、今を生きているだろうか。

私は、自分の自信のなさと限りなくゼロに等しい自己承認を埋めるように、

学歴とか、肩書きだとか、外堀だけを固めて、逃げていないだろうか。

 

周りは、世間は、いろんな文献は、いうよね。

自分に優しく。自信を持って。

 

Excuse me?

 

ありがとう、だけど、「自信持って」と言われて、持てるようになるもんでもない。

 

 

…昔の同級生に会えるだろうか。

今、私は、少しだけ胸をはって会えるかもしれないな。

同窓会にも、笑顔で参加できるかもしれないな。

まだまだだけど、「まだまだ」な自分を受け入れられるようになってきた。

これでいいんだと。

完璧じゃないけど、納得できるくらい取り組んでいる自分を

少しだけ、ちょっとだけ、心のどこかで誇りに思えるから

今の私は

今日、今、ここで、できることに必死に取り組んでいる。

だから、昔のような「肩書き」はなくても

今の私は、今の私が好きなんだ。

 

昔の同級生に会える、そんな自分でこれからもいたいな。

 

 

 

 

 

世の中には

どれだけ手を伸ばしても

手には決して届かないものがあって

だけど諦めきれなくて

手には届かないそのものや事柄に

実際以上の価値を添えて

執着し出すのかもしれない


だけどこれも

「かもしれない」


私はそうやって

執着を手放そうとしてきたんだと思う


執着を手放そうとすることに執着して

手放したつもりだったけど

単に忙しくしていただけで

実際は

心から消えていないその思いを

ただただ

持て余している


本当に全ての願いが叶うなら

私は

その執着したものを

手に入れたかったんだろうか


それとも

本当に願いが叶うなら 私は

その執着自体を

手放したいんだろうか



どうして私は

そこから抜けきれないんだろう

どうして私は

忘れられないんだろう

日本に帰ってきてから痛切に感じるのは

良い意味でも悪い意味でも、縛りの多い国だということ

縛り、しがらみ、「XXXしなくちゃいけない」ナドナド。

 

だけどこれが、良いように作用する場合も多くて

「こういう時は、こうする」というしきたりが多い文化的背景も大いにあるとは思う。

それは素敵だなと

 

だけどなんだろう

この巷で流行っている(?)自己啓発系の諸々は。

「ポジティブな言葉を使いましょう」

「こういったネガティブな言葉は使わないようにしましょう」

前向きに、ポジティブに、うんたらかんたら…

 

私はどこかで、「無理している感」を感じてしまう。

しんどい時に、しんどいって言っていいやん。

ポジティブになれないときだってあるやん、それでいいやん。

ありのまま、とか言うけれど、そんなにいつだって前向きで笑顔なあなたが、本当にありのままなんだろうか。

それは、誰向きの表情で、誰に認めてもらいたくて「あえて作った“ありのまま”」なんだろう

 

確かに、言葉は人を作っていく

私はそれを信じているから、このブログの名前だって「ことだま」だ

だけど私の真意は、「常に前向きな言葉を言わなくちゃいけない」ことではない。

めげたっていいやん。

負けたっていいやん。

挫けたっていいやん。

もっと自分に優しくなっていいやん。

「ことだま」は、無理して発するポジティブ言葉では決してない。

あれを言っちゃダメ、これもダメ、みたいな言葉狩りはしなくていいよ。

「ことだま」は、そんなことを超えている気がするから。

 

 

 

サンダーバードに乗って揺られること3時間半。

今日、子供ら連れて故郷の神戸に帰ってきた。

親が他界しちゃったから(そして色々と事情もあり)、もう帰る実家はないけれど、やっぱり故郷は良いもので、懐かしさが込み上げる。


今回は、幼馴染とも会う。

10年くらい会っていなかった大学時代の友達とも会う。

みんなおじさん、おばさんになっているんだろうな。そして私も。

だけど、会っていなかった年月を感じさせないくらい、話し込んじゃうんだろうな。


明日はだんじりにも参加する。

幼馴染がだんじり大好きっ子だ。(もうおっさんだが。)

懐かしな、小さい頃よく行った。

子供らに、こうして日本のもろもろを体験させてあげられること、すごく嬉しく思う。


あとは、私が心から信頼する友達に会わせられることを、すごくすごく嬉しく思う。


お天気がもちますように。

良い一日になりますように。



別に、嫌いな親でもなかった。

逆に、心底尊敬した時もあった。

もう、二人ともいないけど。

 

ただただ厳しくて、大人になってからも大人として扱ってもらえなくて。

箱入り娘になりかけた姉も、箱におさまりきれないまま、若い年齢で家を飛び出した。

小さかった私は、泣いている親を見て、私こそが親を幸せにしようとか、変な義務感にかられた。

その時の私は小学生低学年で、まだまだ甘えたい盛りだったのに

「大人になること」を強いられた。

そして私はきっと、「大人にならざるをえなかった」

 

ずっと窮屈で

ずっとしんどくて

だけど親に振り向いてもらいたくて

頑張って

踏ん張って

成績とって

良い大学いって

親の望む仕事について

 

だけど、空っぽだった…。

ただただ私は、親に振り向いてもらいたかった

それだけだった…のかもしれないな。

 

親に振り向いてもらえない苦しみと、親に認められたいという欲求が、ただただ、今の私を作って来たような気がする。

それは、時として、良いように動いた時も必ずあった。

だけど、苦しいのは、ずっと変わらなかった

 

 

 

今、自分が親という立場になって

自分の子を、自分がその年齢だった時と重ねて見る時がある

私はあの時、どうしたかったのかな。

私はあの時、どんな声をかけてもらいたかったのかな。

 

私の代で断ち切らなければならない呪縛があるのなら

私自身が、「ありのまま」を見なくちゃいけない。

親のことも、私のことも、今までのことも、これからのことも

 

だけど「ありのまま」を見るって、すごく難しい。

感情が入るから。親への気持ちも、そこに入るから

 

だけどきっと親も苦しかったのかなとか、悩んでいたのかなとか、そんな風にも思えてくる

 

 

今日も子供を怒鳴ってしまった

怒鳴りながら、怒鳴り方が親に似ていることに嫌気がさした

似てしまう。断ち切らないとって思うのに

子供にごめんねと、どこかで感じている

私は子供を叱っているんじゃない、子供に怒っているんだ。

叱るのと怒るのは違う。

 

私は今日、私が嫌いになった

いや、きっと私は、私がずっと嫌いなのかもしれない。好きになれないのかもしれない。

私の親は私を認めることなく、この世を去ってしまった。

どんなに頑張っても、見てもらえなかった。振り向いてもらえなかった。

私は、親を幸せにできなかった。

だから私は、私を好きになれないまま、日が過ぎていくんだと思う。

 

明るく、前向きに、云々…   全部誤魔化しだとたまに思う。

何がポジティブシンキングじゃ、とたまに思う。

嘘っぱちの、表向きの笑顔なんて、いくらでも作れる。特に私は。

 

迷子になった心は

いつになったら安らげるんだろう

 

 

娘の7歳のお誕生日パーティをした。

過去2年間はコロナもあって、お誕生日会をしてあげられなかった。

アメリカでは、それはそれは盛大にお祝いする子供のお誕生日。

今年は、日本で迎えることができた。

 

まだまだコロナが心配だから、人数は控えめに、

だけど娘にとって大切なお友達を呼んで開いたパーティ…。

娘も含めて子供ら7人!

 

私は…

 

イベント会社に勤めていた大昔の血が騒ぎまくり、

MC・進行役をつとめました😂

 

私は、あんなに白熱するビンゴ大会を経験したことがなかった😂

駄菓子ばかりを詰め込んだ優勝商品獲得が、あんなにも盛り上がるなんて…。

そして、あんなに激しいジャンケン大会になるなんて、夢にも思わなかった😂

私が夜中にこっそり食べている…という設定のお菓子をめぐり、子供らは一回一回のじゃんけんに全てを賭けていた気がする…。

似顔絵大会も、みんな本当に一生懸命だった。

 

あぁ、

なんて楽しかったんだ。

 

娘がね、嬉しそうでね。

それがね、母は嬉しくてね。

 

どっと疲れた1日だったけど、やってよかった。

来てくださったお友達、本当にありがとう。

あなたたち一人一人が、娘の笑顔を見せてくれた気がする。

 

7歳になった我が子へ

お母さんの元に生まれて来てくれてありがとう。

楽しい時間はいつだってあっという間に過ぎてしまうから

この7年間も、あっという間だったよ🌸