入院シリーズ❷
5月の日記で40代の時の入院時に体験した【世にも不思議な体験✨】を書きました。
この日記がきっかけで私は人生で今迄に【何回入院
】したのだろうか?と【記憶を辿って
】みました。
そして【初入院】した時の【感動的な出来事
✨】が蘇って来ました。
振り返ってみますと👀今の所【20代で2回】と5月の日記の通りで【40代で1回
】のトータル【3回入院
】してました。
①:初入院は結婚後初めての妊娠がわかって直ぐに【つわり】の症状が酷く入院となりました。
②:2回目の入院はめでたく【出産】した時になります。
③:3回目は5月に書いた【世にも不思議な体験👼】日記の通りです。
結婚して【初めての懐妊】がわかった時は【連れと喜び合い
】【両家の両親や家族
】も大喜びでした。
子供が子供を産むって感じでした(^^;
結婚1年目の【紙婚式💑】の直後位の時期だったと思います。
所が妊娠2カ月位から【吐き気】が凄くて何も食べる事が出来なくなっていきました。
実家の母は2人👶👶義母は3人産んでいるけどつわりはそれほど【重くなかった
】そうです。
数日は我慢してましたが【仕事も出来ない】程辛くなり【病院へGO
】しました。
検査の結果つわりが重く【病名】がついて【即日入院
】になりました。
ドクターからは❝1カ月~2カ月位で落ち着くから【心配しないように】❞とのことでした。
入院後来る日も来る日も一日じゅう【点滴
】と【ゲーゲー
】の日々でした。
同じような症状のつわりの酷い人たちの【4人部屋】でした。
点滴の針を刺す場所が無くなる程で👀両腕の他両手両足まで針の後で真っ青になってました。
自分が少し落ち着いて来ても同室の誰かがゲーゲーするとつられて【気持ち悪くなる
】事もありました。
入院して1カ月が過ぎた頃に📅先に入院していた同室の【2人がめでたく退院】となり【新しく2人入院
】して来ました。
新しく入院して来たお二人は少し軽めの症状で10日間位の入院で退院していきました。
そんなわけで先住者の私とAさん
(10歳上)は2人部屋へと引っ越しを言い渡されました。
2カ月近く一緒に同室に入院していたこともあって
Aさんとは姉妹
のような関係でとても仲良しになって行きました。
ある日の消灯後にお互いに【ミーハー
】だったこともあって【お互いの推しの話
✨】で盛りあがり【小声👂】て話してました。
すっかり話に夢中になっていた私たちは【自分たちの世界】に入ってしまって【声が大きく
】なっていったんだと思います。
病室のドアが開いて【当直の看護婦さん】が入って来て❝あなたたち
何時だと思ってるの
静かにして
廊下に声が漏れてるわよ
早く寝て❞と𠮟られました。
❝今日の当直の看護婦さんさ前から【キツイ人
】だなって思ってたわ❞とAさん、、。
私もいろいろと厳しめな看護婦さんだなぁって思ってました。
怒りが治まらないAさんは❝私が気持ち悪くて辛い時に【ママ
】なんだからこれぐらい【乗り越えなきゃだめよ
】って軽く言っててさ
この【気持ち悪い症状
】わかるのかよって思った❞と、、。
私もこの重いつわりの症状の辛さは【あの看護婦さんにはわからない】んだろうなって思ってました。
退院できるかどうかの【検査の日💉】私の体重は人生で初の【数値】をたたき出しました。
当時妊娠中の20代前半の成人女性の私
なななんと【39キロ】だったのです
身長は当時157でした(今は少々縮んでます)
とりあえず【栄養指導】されて【退院は確定
】しました。
ただお仕事は【ドクターストップ】がかかりました。
もう1カ月休暇願を出して【実家で養生する】ことになりました。
この時は休ませて下さる職場の上司に感謝の気持ちでいっぱいでした
【妊娠5カ月】に入りますと、今までの体調の悪さがうそのように【食欲も出て
】お仕事にも【復帰
】出来ました。
出産前に退職は決めてましたが【引き継ぎ】があったので【妊娠8カ月
】まではお仕事を続けました。
そんな私の【つわり入院の裏】で【連れもまた人知れず苦しんでいた
】ことを数年してから実家の母
から聞いて知りました。
入院後も日に日に【青白く痩せて行く私】を見ていて👀連れは辛くなりドクターに❝今は【妻の命の方が最優先
】です
残念だけど子供
はおろして欲しい❞と懇願したと言うのです。
毎日私の入院している病室の扉を開く時連れは無理に【笑顔を作っていた
】と母から聞きました。
連れはドクターから❝もう少しで奥さんは必ず回復するから安心して❞と言われて涙腺を緩めて
ホッとしていたそうです(´▽`) ホッ
それに【二人の同意】が無いとそんな簡単に【堕胎
】なんて出来ないでしょう💦
この【つわりの一件】があってから連れは【子供は今後望まない決心
】をしたようです。
こればかりはドクターも❝二人目も同じような症状になるかならないか
は神のみぞ知る
❞とおっしゃっていたそうです。
そんな理由で【子宝は息子ひとり】となりました。
入院中毎日お仕事帰りに私の様子を見に来てくれた優しい【連れ
】
当たり前に居てくれて【私を守ってくれた】かけがえのない【夫
】
【感謝の心✨】でいっぱいになった事を昨日の事のように覚えています。
ありがとう✨
そして【厳しく𠮟ってくれた】あの【看護婦さん
】
【5カ月検診の日】に病院の産婦人科の【待合室
】でばったり会ったのです。
(。´・ω・)?
ただただ👀驚きました。
なんと彼女は【看護婦さん
】でもあり私とほぼほぼ同じ予定日の【妊婦さん
】だったのです。
私は勇気を出して❝こんにちはお久しぶりです
つわりで入院していた〇〇です
その節はお世話になりました❞とご挨拶しました。
すると❝覚えてるわよつわり大変だったわね
それに【郷ひろみ💃✨】のファンなんでしょう👀✨私は小学生の頃から【野口五郎
✨】ファンなのよ❞と、、。
いろいろ話すと同年代だったこともわかり嬉しかったです
まさかあの看護婦さんと【新御三家談義】をするなんて信じられない出来事でした。
私は❝当時夜勤なんかしてつわりは大丈夫だったんですか
❞と聞いてみました。
すると❝少しは私もつわりがあったけど〇〇さん程酷くなかったから逆にお仕事してた方が紛れてなんとかなったのよ❞と、、。
この時の彼女はキラキラしてて思わず【白衣の天使👼✨】だと思いました\(^o^)/
同室で仲良しになったAさんとお互い産後に再会して【ランチ会
】をしました。
その時にこの信じられないことの【ご報告】をしました。
二人で当時を反省しつついろいろな意味で学びがあった【つわり入院
】だったと振り返り【ほのぼの
】しました。
長年連れ添った【夫💑✨】と【白衣の天使の君👼✨】には【感謝】しかありません。
カバー写真は実家の遺品整理時に出て来た私の【夏
の成人式
】に着た思い出のドレス級のワンピースです👗✨
サイズ的に着る事は出来ないけど処分出来ないでいる思い出の【ワンピ
】です。
(当時ブティックで母が奮発して買ってくれてお店の方に寸法直しもしてもらった当時としては高級品
✨)