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「先を見て学べる。それが次男の特権や」


 瀬尾まいこ著 戸村飯店青春100連発 作中の兄ヘイスケが弟のコウスケにむけて言ったセリフである。


 ストーリーを1行でまとめると、

 大阪の中華飯店の息子ヘイスケとコウスケが、学校生活や後継ぎ問題、時には恋に悩んだりする青春小説。


 簡単に要約すると本当に何でもないストーリーなのだが、章ごとにヘイスケとコウスケとで主観が変わり、互いにもつ印象の微妙なずれを読者は感じることができ、兄弟のリアルな距離感を描いている。


 私にも二つ離れた兄がいる。

高校生の頃の私たち兄弟の距離感も戸村飯店の兄弟と似ていると思った。しかし、戸村飯店の兄弟はあるきっかけによって微妙な距離感はそのままに向かい合うことが出来たが、私たちはどうだろう。きっかけなどなかった。互いに30歳を過ぎ、今更きっかけがあっても向かい合うことなど出来ないだろうし、今となっては、もう距離が離れすぎている。その距離を縮めるにはどれだけ速い乗り物が必要になるだろう。

 戸村飯店の兄弟のように若い頃にきっかけが起きなかったことは残念なことだ。


 「先を見て学べる」そんな気持ちで兄の事を見ていたら、互いをもっと知れたかもしれない。もっと干渉しあえたかもしれない。そうしたら、互いの距離感も微妙なままであったかもしれない。

 こんな本に早く出会いたかった。少し遅すぎたようだ。

 「前に進むしかない」

先日のサッカー日本対韓国で、0-2で敗戦後の岡田武史監督のコメント。

何とも頼りないコメントだ。そのコメントだけ聞くと、どことなく「もう前になんか進みたくないけど、前に進むしかない」とも感じ取れる。象徴するように、こんな時に、メンバーも全て決めた後だというのに、進退伺を日本サッカー協会に提出したとの報道もある。協会は続行を命じたらしいが、その協会の判断に対してサポーターの多くは首を傾げている。しかし協会の判断は今となっては至極当然である。今更、監督が交代したからといって、メンバーは変えられない。決められた23の駒で、全く準備期間もなく勝てるほどワールドカップは甘くない。おずおずと負けに行ってくれるお人好しな監督なんてたぶんいない。


 岡田監督は潔く負け続けて、日本中のため息を受け止める義務がある。

それを今更進退伺を提出し、「私はやめようと思ったが、協会が止めるから……」といった逃げ道を作ったと感じずにはいられない。

 「加賀恭一郎の様な男性がタイプ」

という女性に一度会ってみたかった。

何故「会ってみたかった」と過去形なのかというと、今春TBSで加賀恭一郎のドラマが始まったからである。

「新参者」というシリーズ最新作を映像化したもので、加賀恭一郎を阿部寛が演じている。

ドラマによって加賀恭一郎は具現化され、加賀恭一郎=阿部寛と多くの人々が認識してしまうが故、「加賀恭一郎の様な男性がタイプ」=「阿部寛の様な男性がタイプ」となってしまうからである。


 しかし、小説や漫画の映像化が流行りの今、加賀恭一郎シリーズは人気だし、東野圭吾は映像化を渋る様な人ではないらしいし、避けられない事だと思っていたので、映像化のニュースを聞いたときは落胆したが、配役に関してはまさに適役だと思い愁眉を開いた。初めて加賀恭一郎シリーズを読んだ時から、もしこれを映像化するなら阿部寛以外考えられないと思っていたからである。


 映像化には懸念していた私だが、いざ蓋を開けてみると、これがなかなか秀逸な作品だった。加賀恭一郎のキャラに関しては多少阿部寛よりに変えられてはいるが、ドラマとしてキャラを立たせるには必要な程度で、原作ファンの私としても許容範囲であるし、音楽も世界観を作るひとつとして適当であり、過度に盛り上げる様な演出もなく、「新参者」の映像化としては非常に上手い作りだと思う。

しかし、「新参者」に限ってである。

今のところ(第5話)、原作とは違い、加賀恭一郎の従弟が登場し、加賀恭一郎の父親についてふれるシーンが何度かある。これはもしや、「赤い指」への伏線なのだろうか。「赤い指」とは加賀恭一郎シリーズのひとつだが、私のシリーズで一番好きな作品である。最近のテレビの流行りといえば、ドラマがヒットしたら映画化、というのが定石であるようにも感じる。

ドラマ「新参者」は予想以上に面白い。しかし、同じテンションで「赤い指」を制作したら必ず失敗する。

フジテレビの「ガリレオ」から「容疑者Xの献身」へのテンションの変わりようを是非とも学んで制作して頂きたい。