このつぶやきは今回で最後です。
今回はスピスピした内容なので、苦手な方は飛ばしてください
この内容をまとめた翌日に、魂友と少しお茶をしまして近況報告という名の雑談をしていました(笑)
タイムリーに、ブログの内容と同じような話になりまして、思うところを最後に書いてみたいと思います
話した内容なのですが、身体的な変容も伴う覚醒が進み、また上の存在と意識が繋がり出すと、視座が高くなるということからはじまり、
覚醒中は変化が激しすぎて、自分のことがよく分からなくなる

という話になり、
高い視座を持っていたとしても、自分が周囲との人間関係のトラブルの当事者になると、
途端にディセンディングしてしまう
という話になり、わたしの最近考えていることによく似ているなぁとシンクロを感じてしまいました(笑)
わたしもそんなことが色々重なった時期があり、余りの身体的なキツさから命の危険を感じたこともありました。
あと、その時期、
『みんな大っ嫌い病』
にも罹患してしまい、周囲の全てが嫌になり関わりも極力避けました(←子供か
)
宇宙意識がクリアになってくると(高次元意識でも言い方はなんでもよいのですが)、物事をあるがまま認識するようになるので、そこに個人的なモノサシが入らなくなる。
いわば、
ニュートラル
な状態に近づいてくると思います。
わたしたちは全て等しく自分の中に『高次元の要素』があり、強弱の差こそあれ低いところから高いところまで意識の層(レイヤー)を持っています。
高いところの意識が強くなると、こだわりがなくなったり、あるがままを受け止める(受け流す?(笑))傾向も出てくるようです
しかしながら、三次元的な人間関係や生活、金銭面や健康などのトラブルに見舞われると、途端に意識が現実的世界に降下してしまう。ということです。
これって、生理現象のようなもので(笑)そんなに悪いことだとは思いません
人間やっている以上、
生存本能に基づく自己防衛プログラム
は、肉体のDNAレベルに刻まれており、高次元の魂(意識体)と肉体はある意味この部分で相反している部分があるからです。
なので、急激なディセンデングを体験したとしても自分を責めるのはやめましょう

三次元的に『生存』することを優先することは、人間の本能的行動としては正常判定です
そしてある意味、自分をディセンデングさせ(てくれ)る相手や環境は、自分を
地球🌏に『アンカリング』し、『グラウンディング』させてくれる
貴重な存在です(笑)

この地球では、
『高次元意識』だけではメシは食えません(笑)
たまには相手とグラウンディング戦をベッタリとやり合ってもいいのではないでしょうか、なんて思うわけです
意識の高い低いの行き来を繰り返していると、いつしか周囲がかわいく見えてくる境地に至るかもしれません(わたしも、未到達ですが)

ただ何度も何度もやっているうちに、
『自分はこのスタンスでいこう(いくしかない)』
と決める時がきます。
三次元の反復練習の賜物です。
なんども同じことを繰り返して、もうあきらめてしまうとこの境地にたどり着くのかもしれませんね(笑)
あきらめるのは、こだわりを持たず、降参して明け渡す、ことなのだと考えると、なんだか
『悟り』
に似ていると感じるのはわたしだけでしょうか(笑)
また、相手の意識レベルと自分のそれとの間に乖離があったとしても、その乖離(溝)を埋めることなくそのままの状態でお付き合いができるといいなぁ、と思います
隙間があるけどハマるパズルピースみたいな(笑)
(意味わからないですよね
すみません)
それはつまり、相手の存在をそのまま受け入れつつ自分も無理しないという摩擦や抵抗が非常に少ない状態を意味します。
摩擦や抵抗の少ない状態というのはつまり、よく滑り滑らかな状態であること。つまり円滑な関係であるということです
ここで大切なことは、双方(全ての当事者)共に円滑であると感じるということです。
そんなことを思い浮かべながら、友人と会話しましたが、わたしのスタンスとしては、三次元の生活をしていても、
高い意識と、現実的な意識(生活意識とでもいいましょうか)を使い分けること
ができたらいいなと思っていて、最終的には、
高い意識のみで生きていく
(低い意識に切り替えないといけないような出来事は『起こらない』)
まで近づけたらいいなと思っています
これは自分の住む世界の波動そのものが高帯域のそれに変わるということです。
地球での日々は続く、、、、
(笑)

