朝から車を走らせ、約4時間、僕らは長野県にある屋代という街を目指しました。
目的は、嫁のお父さんとお爺さんのお墓参り。
2年ぶりに訪れたこの街にはすっかり冬将軍がやってきていて、お墓参りにしては季節外れも甚だしい感じです。
親戚の家に車を止めて、みんなで近くにある墓地を訪ねます。
僕にとっては単なる通過儀礼だけども、嫁にとってはとても意味のある行為で、
手を合わせるその背中は、無言でお父さんたちと語り合っている間を感じさせる、なんだか神聖なオーラがありました。
僕らはそれを知っているから、長い時間その姿勢を崩さない嫁に対して、誰も口を挟みません。
少し高い丘の上にある墓地には、それまで雪雲が覆われていた屋代の空から、夕陽が射してきました。
「お父さんはなんだって?」
「何にも声が聞こえなかった」
あの夕陽は、嫁がお父さんに語りかけた内容の回答だったんです。
日帰りの小旅行でしたが、とってもとっても有意義な、貴重な時間を過ごしました。
生きる意味を、「知る」よりも「感じる」1日でした。
目的は、嫁のお父さんとお爺さんのお墓参り。
2年ぶりに訪れたこの街にはすっかり冬将軍がやってきていて、お墓参りにしては季節外れも甚だしい感じです。
親戚の家に車を止めて、みんなで近くにある墓地を訪ねます。
僕にとっては単なる通過儀礼だけども、嫁にとってはとても意味のある行為で、
手を合わせるその背中は、無言でお父さんたちと語り合っている間を感じさせる、なんだか神聖なオーラがありました。
僕らはそれを知っているから、長い時間その姿勢を崩さない嫁に対して、誰も口を挟みません。
少し高い丘の上にある墓地には、それまで雪雲が覆われていた屋代の空から、夕陽が射してきました。
「お父さんはなんだって?」
「何にも声が聞こえなかった」
あの夕陽は、嫁がお父さんに語りかけた内容の回答だったんです。
日帰りの小旅行でしたが、とってもとっても有意義な、貴重な時間を過ごしました。
生きる意味を、「知る」よりも「感じる」1日でした。