冬樹々の

なかでいのちは立っている

眠れば死ぬと 

思うがごとく



細胞の集団にとって

都合の悪い細胞の一つは

DNAに傷がついてしまった細胞である


細胞は 

こわれたDNAを修復する機構を持っているが

修復不可能な場合には 殺してしまう


細胞集団全体として

環境に不適応な状態に陥らないようにしている


親よりも環境に適応した細胞が生じた場合

その方がよく繁殖する……

このようにして 生物は進化してきた


健全な生命世界が出来上がるためには

悪い細胞を殺す機構のある事が

非常に重要であった


単細胞は とにかく増やしておいて

取り除くという方法


多細胞………私達の身体の中で

このような方法で 正常性を保とうとしたら?

人間の形を 維持する事は難しい


多細胞は 

身体を構成する体細胞と

子孫をつくる生殖細胞を

別々にする趣向を凝らした


生殖細胞は 卵子と精子が受精すると

次の世代の子供が生まれるから……

この細胞の系列は不死である


身体を構成している体細胞は

一代限りで殺すという方法で

種全体の健全さを保っているのではなかろうか……


三十六億年の生命の歴史を

一本の落葉樹にたとえると


生殖細胞系列は 幹として生き続けてきた流れ

個体を形成する体細胞系列は 

毎年散ってしまう葉のようなものである


自然の世界には 本来 自己も非自己もない

自己と対象物という 二次元的なものの見方は

動物でおこったものである


餌をとる時 自己と非自己の区別がつかなければ

何を食べて良いか 判断もつかないであろう


動物は 見えたものの意味を判断する

神経細胞を脳の中に発達させてきた


このような認識は その動物の主観的なもので

自然本来の姿とはかけ離れている


その動物にとっては 好物の餌であっても

自然全体から見れば 

それは一種の別の動物に過ぎない


一元的な世界こそが 自然の本当の姿なのである


二次元的な認識に立てば 自我は自然から浮き上がってしまう。

自我の存在を際立たせ それを強く認識すれば…

それが無に帰する恐れも強くなる。


医療現場では 医師が患者の命に執着する危険がつきまとっている。


初めは 治療をして病気を治そうという純粋な気持から始めた行為のなかに 無意識のうちに 

自分の仕事の対象への執着心が忍びこんで来る事は

人間として ごく自然な事ではなかろうか。


二次元的な認識は 所有欲とも深く関わっている。


死は 私達の自然に対する歪んだ認識と執着心の強さ 欲 憎しみなどの………人間の本性を否応なしに照らし出す。

         


生命科学者 柳澤桂子

死が顕わにするもの 抜粋


昔の人は

自分の死 身近な人の死に対して

もっと身構えて生きていたのではなかろうか。