1960年 ローマオリンピック
1960年のローマオリンピック、このときはまだ白黒テレビで見ていました。日本の金メダルは4個でしたがそのうち体操の男子団体が1つ、体操の小野が鉄棒と跳馬で2つと相原信行が一つ金はすべて男子体操と体操日本の独壇場でした。「鬼に金棒、小野に鉄棒」と言われた小野喬はメルボルンでも鉄棒で金メダルを獲得しておりオリンピックで金5個、銀4個、銅4個という前人未到の大活躍でした。秋田県能代市出身の小野喬は郷土の偉人として今も敬愛されています。秋田県といえば東京オリンピックで日本人初の個人総合優勝した遠藤幸雄も秋田市の出身で金メダルは小野と並ぶ5個を獲得しておりこちらも郷土の偉人となりました。
日本人メダリストでは水泳の山中が銀、ウエイトリフティングの三宅が銀、女子背泳ぎの田中などが印象に残っています。海外の選手ではボクシングの「カシアス・クレイ(後のモハメッド・アリ)」の金メダル、マラソンの「アベベ・ビキラ」が裸足で走って金メダルを獲得してことなどが印象に残っています。



