高校生がバスでの試合送迎中に事故で亡くなった。不幸な事故だとは思う。テレビ報道をみて、学校、会社、運転手がそれぞれ悪者だとつるしあげられていることだろう。
本当に重要なのは、「安いものは危険だ」という危機感ではないか。会社の社員に運転すればすごくお金がかかる。長距離の送迎は運転手二人必要。こうなると、倍以上のお金がかかるのではないだろうか。そこを値切って安くといえば、プロのドライバーにやらせるわけにはいかない。安くすませようとすれば、リスクは高くなる。
このような事故が頻繁に起こるわけではなかろう。ほとんどが何も問題がなく終わる。だから、安いほうがいいと絶賛される。学校のほうで、安くしろと言ってくれば、安い値段で受けなければならなくなる。安全より安さ優先の習慣がたまたま起こったのであろう。これは今回特別ではなく、全国の学校で同じことが行われていると思っている。本当に氷山の一角であろう。
これを機会に、各学校が安い運用を考え直してくれればいいが、しばらく報道されたあとは、ほとぼりが冷めれば何もなかったかのように続くに違いない。また、次の事故が起こるまで。
安く受ける会社は、違法なことをやっている自覚はあるかもしれない。しかし、そうしなければ、仕事が逃げていく。違法なことをやっている他の会社に仕事を奪われるのだろう。安く受ける会社は残り、まっとうな料金でやっている会社には仕事がまわらず、つぶれていく。
医療業界もこれと同じような状況にある。生き残るために質が悪いところがどんどんでてきている。質がよくても、悪くても、診療報酬は変わらないからだ。大ベテランの医師がみても、何もわかっていない素人医師がみても、入ってくる収入は同じである。技術のない医師のほうが、非常に人気がある。治せなくても、診察すればお金になるので、そこに患者の人気が集中する。その結果、技術ある医師のクリニックは落ちぶれていく。安全なのは技術のある医師ではある。しかし、事故が起こらない限りは、安いほうがいい、便利なほうがいい、そう判断するのだ。そして事故が起これば手のひら返しの批判がはじまる。最初から危険なことはわかっているだろう。安全を担保しようとすると、すごくお金がかかる。