論理には限界があると感じていた
だから、論理ではなく意識を信頼して生きようと思った

医療従事者でありながら、
大学院で研究方法論を学びながらも、
論理は限界がある、と
そう感じている自分が強かった

だから、真実は意識の中にあると思っていた
だけど、意識だけでは再現性がないのも事実
できてる人もいれば、できてない人もいる

だけど、意識で生きることに対して
私的に手応えを感じはじめていた

なのだけど、

それだけではダメだと感じる出来事があった

両輪なんだということ。
論理、それは、サイエンスレベルであること、
その論理と意識の統合なんだということ。

なぜ現実創造できるのか、そのしくみを
論理で明快にしていくこと

物質世界を生み出す仕組みをしること

…あぁ、興味がない
関心がない

今の私に必要ない



なぜなら

もう今知ってるレベルの論理だけで、
自分が生きる意味を感じることができるから
生きるって楽しいな、て感じられたから
生きていける、と思えたから

それから、もう、
こむずかしいことを学びたくないから

だけど気づいたことは、
もう、生きる意味を見出すことで精一杯だった自分、ではないということ
精一杯だった自分から何かを生み出すことに退屈を感じていたこと

それでも、もういいよ、て感じ

改めて論理、サイエンスを学ぶことの意味なんて
今の自分では分からないし、

余計な学びで、生きるの苦しく感じる気がする、て弱音が出た

でも、

意識はカオスでゆらぎが大きいけど
論理的であるがゆえに再現性を上げるのだということ

何がしたいかよくわからない

だけど、

これは、やるんだろうな、て感じる。

意識を使って現実創造するメカニズムを
体感やHOWTOだけでなく
論理で解析していくこと
サイエンスな論理で現実創造していくこと

もっと明快に
人は生きることができるということだと思う

納得して進む世界へ。