お父さん、お母さんがいる全ての人へ
人は何処から来て、何処へ行くのか。
私たちは、大人だ。自分で靴がはけるし、ご飯だって箸を使って食べる。
悲しくても涙を我慢する。うれしくも無いのに、笑う。
私がこの世に生を受けた時、果たしてそうだっただろうか。
肺呼吸をするために泣き、母親に抱かれ、父親に抱かれ、
食べさせてもらい、抱っこで移動をし、靴を履かせてもらい、歩くようになった。
危ないものからは守られ、悲しいときは泣き、うれしい時は笑い、安心して過ごしていたんじゃないか。
それをさせてくれたのは、誰だったろうか。
この震災で、私の友人のお父様の行方がわからなくなった。現在もまだわからない。
その話を打ち明けてくれたとき、感じたことが先に書いたことだ。
人は何処から来て、何処へ行くのか。
大人になった私もかつては一人の子どもで、両親に守られて育ったのだ。
肉体的に大人になり、ひとりの子どもの親になった私は、世間ではお母さんと呼ばれる。
職場では店長と呼ばれ、まりさんと呼ばれ、保育園ではお母さんと呼ばれる。
税金を払い、選挙に行き、車を運転する。
何となく、なんでも一人でできるような気がして、何となく一人で大きくなった気がする。
しかし、そうではない。
友人が私に話してくれた。父親が居たから、自分が居たことに、今気がついた、と。
友人が、宝物のように見せてくれた、お父さんと一緒に写った写真が忘れられない。
子どもを生み、育てた私は、人の誕生を知った。人は、母親から生まれるのだ。
今どんな境遇に居ても、一人で生まれた人は居ない。
毎日出会う幸せな家族の笑顔を見ながら、「私はいいんです、子どもを撮ってください」何度もお母さんにそういわれてきた。
「私はいいです。恥ずかしいので写りません。」そういうお父さんも居た。
今は、そばに居る。
でも、今は一瞬後に過去になる。
今、家族がそばに居ることを、どうか残させてください。
ある時から私は撮影の際に、ご夫婦、パパとお子さん、ママとお子さん、ママひとり、パパひとりの写真を撮影させてもらえないかとお願いするようになった。
お子さんの写真を残すことは、お子さんの今を残すことになってお子さんのためになる。
けれど、一人の写真だけではなくて、両親の姿、お母さんと二人、お父さんと二人、今一緒に集まったこの家族の美しさを残すことが、私に出来るたった一つのことのように思える。
家族のアルバムに、私の母がほとんど居ないのは、母がいつも私たちの写真を撮ってくれていたからだ。
それがお父さんの役割である家庭もあるだろう。
誰かが居ない、それはそこにファインダーをのぞき、愛を込めてシャッターを押した人がいるからだ。
お母さん、お父さんは美しい。
その美しさは、笑った時にできるしわや、大きな手や、子どもを愛し育てた指の節、お母さんのあかぎれ、お父さんの白髪…
世間の言うモデルを讃える"美しさ"とは違うかもしれない。
しかし、それでも私はお父さん、お母さんの美しさを叫びたい。
一枚の写真が、その美しさに気付くきっかけにはならないだろうか。
私の能力で、それが叶うか解らない。
けれど、人を生み育てた一人の母親として、カメラを持つものとして、私に出来るたった一つのことだと考える。
アルバムに写らない誰かのかわりに、私に写真を撮らせてください。
私は、初めてライフスタジオで息子と二人の写真を撮影してもらった時のことを鮮明に覚えている。
恥ずかしさ、照れくささ、息子の喜んだ顔、写真に写った自分の表情、自分の手、息子の手…
そこに写っていた私は、紛れも無く、母性がある「お母さん」だった。
今でもその写真を宝物にしている。私が、自分が母親であることを誇りに思った最初の一枚だったから。
お母さんであることは美しい。お父さんであることは美しい。
家族がそろう奇跡を感じて欲しい。
人は何処から来て、何処へ行くのか。
お母さんとお父さんから生まれ、そしておじいちゃんになりおばあちゃんになり…
私は、お父さんお母さんの写真を残す。その美しさに気付いてもらうために。
幸せだな、と一枚の写真をみて感じてもらえる日が来ることを夢見て。
名古屋店 店長 MariYoshizu
