No.3-22 自分を必要としてくれる場所より、自分が必要とすること
院長や看護士さんたちに可愛がってもらい、笑顔の絶えない毎日。
そこそこのお給料をもらい、欲しいものを買い、仕事仲間や友人、彼氏と自由に遊ぶ時間を持ち、何不自由のない、恵まれた日々。
そこに、私は、自ら終止符を打ちました。このままここにいたら、きっと穏やかに、楽しく、過ごしていける、そうわかっていながら。
院長自ら私の説得に尽力してくれるなど、必要とされていることは、嬉しかった。とても幸せなことだ、と思った。
でも、私の性なのでしょうか。気づいてしまったことに、目をつぶることは、できない。本能に、嘘は、つけない。
「もう二度と、“書く”仕事は、しない」
3年ほど前にそう決めたはずだったのに。
もう戻らない、そう決めて、あの会社にすべてを置いてきたはずなのに。
いつの間にか、心のなかで膨らみきっていた欲望を、見ないフリするなんて、とてもできませんでした。
そのときすでに30歳。
空いてしまった、3年ほどのブランク。周りからは批判的な意見もありました。
「失敗したらどうする?」、「 その歳で失敗したら、起き上がるだけでもエネルギーがいるんだよ?」、「 もうあのころとは違うよ? 」と。
きっと、その通りなんだろうな、って思った。
でも、「やってないのに、失敗したときのことなんて考えられない」、「あのころと違うからこそ、見えてきたことがあるんだよ」、「失敗して起き上がるエネルギーより、やりたい想いを抱えたまま、そこに嘘をついて生きてくエネルギーの方が、考えただけでぞっとしちゃうんだよ」。そうやって、説明しました。
過去最高に難しい就職活動になりましたが、自分のなかでは驚くほど迷いがありませんでした。
「これでダメなら、ちゃんと諦められる」。
自分なりの覚悟を決めた、最後の挑戦、だったから。どちらに転ぶにせよ、いい加減、自分のなかで、けじめをつけたかったから。