No.3-4 きっかけは、劇的なもの、じゃない | 脱皮の時 ~スタートラインに祝福を!~

No.3-4 きっかけは、劇的なもの、じゃない

きっかけなんて、どこに転がっているか、本当にわかりません。


古びた廊下で、突然降ってきた自分のなかの見えない可能性。


ちょっといい気分で、少しだけ誇らし気に、友だちやクラスメイトに話すだけでもよかった。または、自分のなかで小さな喜びを噛み締めるだけでも。


でも、なんか、掴まなきゃ!って、思いました。


「やりたいこと」や「将来の夢」としてじゃなく。自分でいられる居場所、自分のなかに確かにあった“自信”を取り戻すための“誇り”として。


それはもう、動物的本能、でした。


ずっと昔、今は亡き大好きな祖父から、言われたことがあります。「人生には3回転機(チャンス)がある」と。それは皆平等に与えられるものだけど、掴める人と掴めない人がいる、と。


祖父が、どんな根拠のもとにこんなことを言ったのかはわかりません。


ただ、その真意を理解できないながらも、祖父に似て頑固で負けず嫌いな私は、幼心に思いました。“ 3回とも絶対掴んでやる”、と。一つたりとも見逃すことがないように、と。


きっかけなんて、決して劇的なことじゃない、と思います。ほんの些細な、人から見たら「?」って思うような、あまりに日常的なこと。


でも、それは確かに人生を変えるし、自分の心の奥の扉を開ける鍵に、なる。15の私がそうだったように。


私が特別だったわけでは、決してありません。


それは、どんな人の“日常”のなかにも、必ず存在しているもの。自分自身の一瞬一瞬に、ちゃんと目を凝らして向き合っていれば、必ず、出会える。意外なほど、ありふれた日常のなかで。