
まさに二年ぶりの、大会出場

「学びと感謝」の二日間となった。
前日仕事終わりから行橋の実家に泊まり、当日の朝を迎えた。
あまり熟睡は出来なかたが、当日は快晴で大会日和の朝を迎えた。
今回は二年前の百キロプロポーズ礼~そしてT師匠や歩中会のKさんはじめお世話になった方へ恩返し
することへのプレッシャー程ではなかったので比較的ゆったりした気持ちで当日を迎えられた気がする。そして今年は、夫婦になって一緒に完歩すること琪そしてあと三回完歩して指導員になり百キロの感動を伝えたいという新たな目標が出来たことでモチベーションを上げた。
前日に、友人のJさんからこの地球上に立ち歩けることに感謝して大地にエネルギーをいただきながら明日を楽しんでね鋓という言葉をもらい、今年は二年前に出来なかった大会を「楽しむ」という事も大切にしようと思った。
行橋の正八幡宮に11時まで受付~思わぬハプニングがあり…ぎりぎり到着し叔母と合流した。
今年も尊敬するアンカーのT師匠や良く知ったお世話になっている方々と会話を交わし四千人近くいる出場者の中、今年も一大イベントがはじまる熱気が漂っていた


T師匠と母叔母夫と四人でスタート前で記念撮影した

スタート前に職場で仲良くしているK先生が、お母さんと一緒にキャンディの差し入れを持って応援に来てくれた。

叔父さんも参加しているみたいで残念ながら会えなかったけど、大健闘されたらしい。
とうとう20時間以内の白いゼッケンの選手から12時スタート

私たちは、完歩20時間以上目標の黄色いゼッケンだった為に長~い列に並び13:04分にK先生たちに見送られスタートを切った。

練習会でもペースの早かった叔母から、母のスピードに合わせて中津までは二人で歩くから気にせず貴方たちのペースで歩いてねと言われて一先ず安心して分かれた。
第一チェックポイント36キロ地点の中津までは一分毎のウェブスタートで多少の混雑は解消されたものの…まだまだ人も多く自分達のペースでなかなか歩けなかったので前半にも関わらず正直きつかった

途中、楽しむことを忘れ笑顔がついつい消えていたらしく豊前あたりで歩中会のKさんから絶妙なタイミングで車から「Kちゃん
笑顔よ
」と声をかけて頂いてハッとした。そして応援の子供達やスタッフの方とのハイタッチでも力をもらう

中津に夜8時半に到着
今回、諸事情で棄権しスタッフに回られたT隊長が通過者を笑顔で迎えられていて力を戴く。ゲートを通過した後に叔母が私たちより先にいつのまにか中津に到着してたのには驚いた
結局途中で母とペースが分かれ中津で待つことになったらしい。このあと、真夏の練習会で度々ダウンしていた母がまさか93キロまで…そして叔母が初出場初完歩を果たすとは…母、叔母強し、やはり百キロはドラマがある

第二チェックポイント65キロ地点宇佐までは、比較的歩きやすく五キロペースを保ち深夜にも関わらず歩いていると少し暑いくらいで予定通り2時半に到着した。
今回白のゼッケンで、私たちより先を歩いていた大ベテランのS姉さんに「随分たくましくなったね。」と言って頂き嬉しかった。姉さんも睡魔に教われつつ歩いていると聞いて、私たちも頑張らなくてはと思った

このぺースで行けば、目標の24時間以内を軽く越える事も夢ではないと思ったが…百キロの道程はそう甘くないことを改めて思い知らされた。
すでに宇佐に到着した時に足裏に肉刺が出来そうな兆候があり…ここから第三チェックポイント86キロ地点日出までが壮絶で私自身、苦痛に顔が歪みスタッフの方たちの声かけにももはや応答する気力がなくなっていた。
二人とも肉刺に加え街頭もない場所を歩く事による睡魔や間接の痛み、そして夫は股ずれに襲われた。
途中、なぜこんなきつい思いまでして百キロに参加してしまったのかとついつい愚痴が出てしまう。
そんな時でも、夫はほとんど弱音を吐かずに愚痴は全くこぼさない程で申し訳なくもあり、有り難かった。
そして、二度程睡魔の波に襲われながら延々と続く立石峠を歩いている時にこれまた絶妙なタイミングで歩中会のKNさんやMさんに声をかけて頂いて目が覚めて救われた。
しかし第三チェックポイント最大の難関七曲がりまでの直線も果てしなく遠く感じ、両足に大きく出来た肉刺の為に歩く度痛くてペースも落ち「リタイア」の文字が何度も頭に浮かんだ…
七曲がりにやっと到着したときに、いつも歩中会でお世話になってる自転車隊のMさんに「顔面蒼白だよ」といわれ
ゴッドマザーKさんも一緒で顔を見たらここまで来て弱音を吐けないと力が湧いた。スタッフのM姉ちゃんからも「ゴールで待ってるから休みながら無理せず頑張って
」と留守番が入っているのを聞いて涙が出そうになり気力を振り絞った。母や叔母からもそれぞれ自分達のペースでまだ歩いていると留守番が入っていて…ここまで来たらもう、「リタイア」の文字は完全に頭に無かった。
後は、友人や職場の方の応援を思い出しながら何とか気力を保ち…夫とお互い支えあいながら日出のチェックポイントに制限時間の1時間半前に到着した。
ここから、ゴールまで十五キロ

朝になり陽射しが容赦なく照り付けて体力を更に消耗させられる。杖を着き一歩一歩歩く。97キロ歩いたあとの残り3キロが、一番堪えた。
あと1キロの看板を越えゴール直前に大幅に目標をクリアし93キロ地点の別府ロイヤルホテル前でリタイアした母と合流し叔母はまだゴールを目指して歩いていると聞いた。
その後、私たちがゴールする為に直前で母と分かれ二年前に迎えたゴール地点的ヶ浜にもう一度立つ事が出来た感謝と感動で言葉では言い表せないくらいだった。
おめでとうの歓声と恒例のアコーディオンK隊長の音楽に乗り、ゴール

一気に力が抜けてふらふらになってしまい、行橋中津とスタッフをして自身もお疲れなのにゴールでM姉ちゃんが笑顔で迎えてなかなか動けない私たちにお世話をして下さり感激した。
二年前にも、感じたことだがこの完歩は周りの方々の応援がなければ無し得なかったこと。そして、失われつつある人と人の繋がりや助け合いながら生きていくことの大切さを大会を通して学んだ気がする。
アンカーのT師匠が3時15分頃到着されるのを待って皆さんのゴールを迎えている間、歩中会のFさんから今回ベテランの方が数名リタイアしている話を聞いて驚いた。
やはりその時の体調にもよるので、こうやって無事ゴールし百キロもの道のりを歩けた事は「あたりまえ」でなく「感謝」しなくてはいけないねと言われて本当にその通りだなぁと思った。
ゴールを迎えられた人もそうでない人もそれぞれのドラマがあり、また次に繋がって行く。それは、人生の壮大なストーリーの様だ。
最後にT師匠が同じく女性で立派にアンカーを勤められたUさんらとゴールを迎えられ大会は幕を閉じた。
今回もT師匠には、アンカーのお仕事で大変にも関わらず二人の様子を電話で度々心配して下さった。
心残りなのは、目標の24時間以内で完歩のご報告が出来なかったことだ。
もう来年への百キロの道程は始まっている、新たな目標を胸に日々感謝しながら一歩一歩歩いていきたいと思う鋓
今回大会に関わったスタッフの皆様や、新たに素晴らしいご縁で出会った方々、そして応援して支えて下さった友人知人に心から感謝します。


友人はリタイアしたけど、初参加でぎりぎり完歩したらしい
