昨日、仕事が遅番だったので

夜中の0時頃にアパートへ着きました。

車を降りると共にスマホが鳴りました。

母からの着信。

嫌な予感がして、取り敢えず黙って出て

アパートの中へ入り話をすると、

祖父が午後2時頃になくなったとの事。

信じられませんでした。

土日、会ってきたばかり。

食欲のない祖父の為に、

好んで食べていたアイスとコーヒー牛乳を届けると

コーヒー牛乳だけ少し飲んでくれました。

祖父に会いに行くと、顔を見るなり

必ず力強い握手をしてくれました。

帰る時も、祖父から手を出して

力強く握手してくれました。

『またね、また来るからね。』

って言ってきたのに…。

この手の力強さがあれば、まだまだ大丈夫だと

思っていたのに…。

母は、祖父が亡くなった事を伝えるのを

私が仕事から帰宅するまで

待っていたそうです。



あのじぃちゃんが亡くなるなんて?

95歳近くなっても腕立て伏せを何度も私に

披露したじぃちゃんが…?

末娘の叔母と母は看取れたそうです。

1時位に、叔母が牛乳を飲ませると、

祖父は

『オレ、後1時間位で死ぬかもな。』

と言ったそうです。


その1時間後に、本当に亡くなってしまいました。


ばぁちゃん、迎えに来てたのかな…。

自分で分かったの?と驚きました。

満97歳。

男性にしたら、超御長寿。

診断書は、【老衰】。


最期の1ヶ月近くは、体調も思わしくなく


苦しい日々が続いていましたが、


祖母が20年以上前に他界してからも


1人暮らしを貫き、


誰に迷惑かけることもなく、


ひたすら我が道を生き、


沢山の友人達と遊び、


老人会の会長等も長年勤めあげました。

私は大きくなってからの方が


沢山、可愛がって貰いました。

祖父宅から帰宅する時、絶対に窓から

大きく手を振って見送ってくれました。


『気を付けて帰れよー!』


と声を出して、私の車が見えなくなるまで


手を振ってくれていました。

20年以上前に、

敬老の日に祖母と祖父へ送った手紙を

大事に取っておいてくれていました。

『こんな手紙くれたの、お前だけだ』

と…。

母と末の叔母は、やれる事はやってきたので

悔いはないと言っていました。

私も直前に2日連続で会ってきて

マッサージしたり手を握ったりして来れて

良かったと思います。

でも

寂しいよ、じぃちゃん。

祖父の容態が悪いです。

多分、血液の癌とのこと。

詳しい検査はやらないでいく方針です。

それは娘達や本人の意向もあるからで。

詳しい検査を受けるとなると、

多分私が手術入院をした県立医科大学。

もう97歳の超高齢の祖父には負担でしょう。

毎日血尿が出ているそうです。

血管が弱くなり、多分その影響で

血尿になるのだろうとの事です。

ミニーの時を思い出すとの母の言葉。

手には沢山のアザがあるそうです。

私もお見舞いに…と思っていますが、

叔母の自宅に行くのは

少し遠慮してしまいます。

行けばきっと、叔母も祖父も喜んでくれるとは

思うのですが…。

酸素マスクをしていても苦しいそうです。

今日、足のマッサージを頼まれて

母がやったそうですが…

なにせ無器用な母なものですから

くすぐったいと言われたそうです。

ならば私が。

美容師時代に培ったマッサージを

やろうではないか。

フットマッサージはやった事がないですが、

私の手の方がゴツゴツしていないし

手加減も上手だと思います。

マッサージオイルも使って蒸しタオルも使い、

リラックスして貰おう。

次の土曜に行ってきます。

苦しくなく、穏やかに過ごして欲しいと

願うばかりです。

弱い祖父に会うのが怖い。

昨年のミニーの死に続き

1月9日、父が入院しました。

血圧が相当低くて、

動けない、食べない、飲まない、

せん妄状態?が数日続きました。

最初はミニーが亡くなった喪失感からかとも

思いました。

動けない事や食事を摂れないのも問題ですが、


血圧が低い事は命に関わる事だと言われ、


私と母では病院へ運ぶ事もできないので


救急車で近くの病院へ運んでもらい


入院することになりました。


幸い食事も自分で食べられるようになり、


自分で少し動く事もできるようになり


リハビリが開始されています。


今日は自分で立ち上がり、タブレットで


相撲を観るまでに回復。


予想よりも、退院が早くなりそうです。




そんな最中、母方の祖父も食事が摂れないと…。


97歳という超高齢で活動的な祖父が


眠ってばかりで元気もなく、


本人も今までの身体と全然違う


自覚があるようです。


私にとって祖父は、いつも元気で勉強熱心。


株なんかもやっちゃいます。


おしゃべりが大好きで、頼りになる存在です。


戦争を経験しているからか、


小さな事には全く動じず。


とても情の深い人です。


私は現実を見ていなかったのだと思いました。


祖父は生きていて当然な気がしていて。


これから先も、何年もこのままの状態が


続いて行く気がしてなりません。


なぜか病院へ入院も断られてしまいました。


今は母の末の妹の家で過ごしています。


でもそれも良かったのかな。


祖父は自分で動けるので、


入院生活も苦痛になるでしょう。


タバコも大好きな人です。


止められないでしょう。


何より、入院すると面会できませんからね。


しかし、通院で点滴するのも


何時間も待合で待たされる。


福島でも、ジワジワとコロナ感染者が増加。


訪問で診てくれるお医者様を見つけて


通って頂く事になりました。


一時は、私の実家で


祖父も看るという話も出ましたが。


実際問題、父が退院して祖父も…となると、


母の負担が半端ないと思いました。


取り敢えず、


父の容態が安定して退院できるようになったら、


楽に介護ベットを搬入できるように


今まで使っていたベットや本棚の片付けを


してきました。


いつでも帰ってきて貰って大丈夫です。




私のストレスの原因、


これだけの話ではありませんでした。


そのお話はここでは書けませんが、


先週は眠れない日々を過ごしていました。


とても怖い気持ちでいっぱいでした。


私の病気のことではありません。


普通に生活する。


普通に生きる。


それが当たり前にできる人が羨ましい。


その原因が自分の蒔いた種であれば


責任を取って当たり前ですが。


他の誰かにより、自分が…。誰かが…。


この問題と向き合って20年以上経ちます。


私が悪いわけじゃない問題。


もう卒業して良いよね。