日にちが随分過ぎてしまいましたが

父が6月某日、亡くなりました。


死因は肺炎が原因で、


痰が喉に詰まってしまった事により‥だそう。


入院先の看護師さんが気付いてくれた時には


呼吸も心臓も止まっていました。


無口な父でしたが、


最期も黙って逝ってしまいました。


施設に帰る準備を進めていた最中でしたので


残念で仕方ありません。


悲しいけれど、2年半に及び


口から食事を取れていない状態でしたし、


パーキンソン病で身体も自力で動かせず


辛い日々だったと思います。


自分に置き換えて考えても


相当辛かったと思うので、


楽になれたと思うと少しだけ諦めがつきます。


父ちゃん…頑張ったね。



告別式前、


納棺師に身なりを整えて頂いて


伸びたヒゲも髪も綺麗に切って頂いて。


母が


『娘が美容師だったから、


いつも切ってあげていたんだよね』


と言うと、


納棺師の方は、それなら‥と


ハサミを私に手渡して


片側の耳上の髪を切らせてくださいました。


あぁ、これが父の髪を切る最後か…


と思うと


一気に思いが溢れ、涙が止まりませんでした。


周りを気にせず、思い切り泣きました。


シミ一つない、とても綺麗な肌をしていて


お化粧はしませんでした。



あっという間に告別式も終わり


初七日も過ぎ


ニュースで父の日の話題が出ると


私にはもう、父が居ないと悲しくなりました。


去年の父の日には


CDラジカセと演歌のCDを買い、


施設の部屋で曲を流して貰ってました。


無口な父でしたので、お恥ずかしながら


石原裕次郎が好きだった他に、


好きな演歌歌手や好きな曲を知りません。


私の名前は父がつけてくれて


石原裕次郎の裕の字をつけてもらっています。


そんな訳なので


お通夜、告別式では


石原裕次郎の曲を流して頂きました。


聴いていたかな。



父ちゃん、育ててくれてありがとう。


お酒、我慢してたから飲みたかったよね。


沢山供えるからね。


お疲れ様。


ミニーに会えたかな。


ミニーを看取ってから


父の容体は一気に悪くなり、


2週間後に入院して


半年後に施設へ入りました。


きっと、私が思うよりずっと


ミニーを大好きだったと思います。


ミニーの事、よろしくね。


私の分までお散歩したり


ピーピーボールで遊んであげてね。