今年も3.11がやってきました。

今日は4年前のあの日を再現するかの様に

風が強く、雪が飛びました。


被害に遭われた方々へお祈りすると、

【みゅうちゃん】という

叔母のニャンコを思い出します。

みゅうちゃんは

箱に入れられ側溝へ流されている所を

叔母の長女が助けたニャンコでした。

長女は嫁ぎ、叔母がみゅうちゃんの

面倒をみていました。

山を切り崩した場所へ建てた一軒家に住んでいて

物置がみゅうちゃんのお家でした。

外飼いと言っても

物置に猫コタツを置いたり

ベットを準備し、

時に流れ者のニャンコと喧嘩して

ケガを負った時には

片道約20キロの私の掛かり付けの動物病院へ

(信頼出来る先生へ診て貰いたいと)

1週間毎日通い続ける程

大切に大切にしていました。

みゅうちゃんはきっと、

15歳位だったと思います。

きっとそのままの生活がズーっと

続くと思っていました。

…それが4年前、

震災が起こり

福島第一原子力発電所事故…。

叔母一家は、同居していた三女娘夫婦と孫二人で

親戚を頼りに、滋賀県へ自主避難を決めました。

その時に、【みゅうちゃん】のこれからを

悩みに悩み抜き、

最悪の方向へ決心を固めてしまいました。

母からその話を聞かされた私は、

連れて行けないなら

家で飼えばよかったのに!!

ご飯を届けてもよかったのに!!

どうして!?どうして…。

怒りをぶつけました。

身近でそんな事が起こってしまったことが

悔しくて悔しくてたまりませんでした。

…でも母は、

叔母が一番みゅうちゃんの事を分かっていた。

ご飯を届けても、

流れ者のニャンコと何度も喧嘩して

ケガも多かったみゅうちゃんは、

ご飯があっても、きっと一匹では生きていけない。

物置飼いで、自宅に絶対に入らなかった

みゅうちゃんが、

今さら違う場所には馴染むわけもない。

だから

決心つかなくて

悩んで

悩んで

苦しんで出した答えの決心を

私は黙って聞くことしか出来なかった…

と言いました。


…色々な考えがあると思います。

一人で生きていけないからと言って、

人間に対して、同じ事は決して出来ません。

だから…ではないけれど、

あれだけ大切に愛していたみゅうちゃんの

最期を考えると

哀しくて哀しくて

みゅうちゃんの命を奪ってしまう前に

私の耳に入らなかった事が悔しくて…。


これは

震災と原発によって起こった、哀しい話の1つ。

数え上げたらきっと切りがないでしょう。


そんな事をしてしまった叔母一家だけれど

私には考えられない選択肢だったけれど、

本当に愛していた故の結論だったと

思っています。

そう思わないと…哀しすぎて無理なんです。


これからも3.11が訪れると、

毎年みゅうちゃんを思い出すと思います。

そして私は、

みゅうちゃんが感じていた愛情に

嘘偽りはなかった事を信じて

虹の橋で待っていて欲しいなって思います。


長くなりましたが

聞いてくれてありがとうございました。


心より

ご冥福をお祈り致します。