葬儀は、4月4日(金)、無事に終わりましたが、
こんなに泣いたのは人生の中で今まで1回も無かったなぁ。。。って感じで、ウルッとくるレベルじゃなかったよ、号泣だよ…
(TωT)…号泣
お通夜の日は、まだ 棺の中にお父さん居るし、お別れじゃないから平気だったんだけど、
告別式が終われば火葬される。
棺のなかで眠ってるお父さんとは もうこの先一生 会えなくなるし、本当のお別れになるんだなぁ…って思うとね、淋しさ、悲しさが込み上げてきて、お経を読んでる時に、勝手に涙が溢れてきたよ。
私の目の前に座ってたお母さんも、左側に座ってた妹も、ずーっと泣いてた感じ。
(TωT)…泣
棺桶にお花を入れたり顔を触ったり頬にお別れのキスをしたり、最後のお別れの時まで ずーっと泣いてたら、親戚のH君が「M子、ずーっと頑張っとったもんな、hide兄ちゃんも喜んどるて」って、声かけてくれたのは覚えてるんだけどね、
ふっと、隣で誰かが私の肩とか腕を抱いて支えててくれてたんだけどね、泣き崩れてたからそれが誰だったのかが分からなくて、全てがH君かと思ってたけど、後で聞いたら旦那さんが支えてくれてたんだった♡
お婆ちゃんの葬儀の時にも、旦那さんに支えて貰った記憶はあるし、旦那さん、優しいなぁ////って、また惚れ直した!
お父さんは割烹料理屋さんをやっていて、お店のお客さんは一流企業の役付きの方や起業されてる方がほとんどで、接待しても味に間違いの無いお店だからって事で、お客さんに愛されていたお店だったし、周りから見たら【一元さんお断り】って感じの敷居が高いお店って感じで、
【お父さんのお店に入って食事をする事がステータス】って感じの、自慢のお父さんだったけど、家では 普通のお父さんだったけどね。
^^
お父さんは、あまり目立つ事は嫌いなタチで、お店の10、20、30周年記念とかで何かイベントでもしようか?とか、お祝いでもしようか?とか、出張でこの地域に来たら必ずお店に来てくれるお客さんが居る程、常連さんにリピーターも多くて味はピカイチなんだから、もっと色んなお客さんに知って貰うように地元情報紙に載せてみたら良いのに…ってお客様に色々と せかされても、頑固だから そーゆう華やかな事は 一切やらなかったんです。。。
(´・ω・`)
なので、お父さんが亡くなったのがお客さんに知れ渡ると参列してくれる方も増えて葬儀も大きくなるし目立つし、闘病生活で抗がん剤も高額。無職だから貯蓄も お金もないし、
私が以前にお婆ちゃんの葬儀で経験した事で、嫌なおもいをした事があって、
お婆ちゃんの葬儀の時に、私が見たこともない人が何人も来て、祭壇にお参りはするけど、亡くなったお婆ちゃんの棺桶を覗き込む事もなく、外で何人もがタバコを吸いながら笑って雑談してたのを見て葬儀で悲しんでるのに 何笑ってるんだ!!って不愉快な想いをしたし、
近親者のみで お父さんとの別れを本当に惜しんでくれる人達に囲まれた中での家族葬が理想だったから、お父さんの葬儀は家族葬にしました。
お父さんの癌が発覚してから闘病生活を終えた ほんの5か月間 だったけど、その5ヶ月間は、お父さんと濃い濃密な時間を過ごせたと思ってるから、亡くなったって実感は、まだ無いし、あと、お父さんは夕方から深夜に掛けての営業時間のお店をやってたから、普段から生活パターンが真逆だったし、1週間のうちで、わずか数分間しか顔を合わせなかったから、まだ生きてる感じもするんだけども…
…(((・・;)
葬儀には、お父さんの兄弟が東北から4人も来てくれて、滞在期間の3日間、お父さんの 兄弟の顔が、お父さんに似てるから…まだお父さんが生きてるような錯覚に陥ってみたりと、まだ亡くなった実感はわかないけど、ふとした時に、「あ、もう居ないんだぁ・・・。」って思うんだろうなぁ。。。
思い出してあげるだけでも供養になるから、49日までは お父さん、思い出しまくるね!!
でも、家にいる人数が減るって、やっぱ淋しいね。隣の部屋に おるんやないか?…って、まだ思ったりする…
遺骨だけどね? ^^
そして、
私の息子(孫No.1)が他県に入社式に行っている時に お父さんが亡くなったので、入社式のスーツは買ったけど、葬儀のスーツが無いから、今から買っても裾あげが間に合わないだろうなぁ…って困ってたら、
親戚のH叔母ちゃん(母の姉)が『N君(H叔母ちゃんの息子)のスーツで入らなくなったのがあるから、あげようか?』って言ってくれたので、その頂いたスーツを息子が着て、無事に葬儀に参列する事ができました。
H叔母ちゃん、N君、ありがとうね♪
(´∀`*)
そんでもって、人が亡くなると色んな手続きがあるんだね…(;o;)
遺産相続って言っても
お父さんの場合は、ビックリするような貯金も無いし、相続税が掛からない額の持ち家が一軒だから、紙面上だけの手続きで済みそうな話。そーゆう手続きが終われば、ちょっとずつ実感が沸いてくるんだろうね
(> <)
けど、闘病生活してるうちに、お父さんの終活は徐々にやってたから、長く生きていて欲しい反面、着々と葬儀の準備も やって来たから、葬儀が始まっても、あまりバタバタする事もなく、
「コレがない!!」→「はい、準備してあるから大丈夫」
「アレはどぅする?」→「はい、こうします!」
って、1個ずつ悩む事もあまり無く即決でクリアできたのも、あの5ヶ月間に準備してあった お蔭かなぁって思うし、準備期間をお父さんがくれたから 順調に葬儀も終えれたんやとおもうし。
^^
世間一般的に見ても、葬儀の時に確執が生まれたら、一生恨むよね?
お父さんの葬儀は順調に終える事ができたと思うし、誰とも何も確執が無かったと思ってるから、良かったなぁ~って思ったけど、
何やら お爺さんとお母さんの間に確執が!
(@ ̄□ ̄@;)!!
そんでもって、葬儀が終わってからじゃないと誰にも言っちゃダメだったから、余命宣告されてからずーっと毎日のように励ましてくれていた私の友達とかにも事後報告でごめんねって、葬儀後にLINEで報告しました。
(;o;)
そして、お父さんの故郷から来てくれた親戚4人と一緒に、お墓にお参りに行った後は家には戻らずに帰路につくって事で、歩いて車まで行ったら、お父さんの弟の奥さん(E子さん)から、
E子さん「Mちゃん(長女)と、Sちゃん(次女)に、私、お手紙 書いたから、後で読んでね♪」
って、封筒を貰ったんだけどね、
手紙じゃなくて現金でした!
(@ ̄□ ̄@;)!現金だったら受け取らないけどね、手紙って言われたから普通に受け取っちゃったけどw
(*≧艸≦) (*≧艸≦) (*≧艸≦)
私の反省点的には、
・ミートスパゲッティの味付けが薄かった
・味噌汁が濃かった
・朝食の準備が遅れた
・反省点を挙げたらキリがない…(T_T)
滞在期間の3日間、特に何もお構いはできてなかったのに…なんか すみません…
(TωT)…泣
なので、東北に到着されたという連絡が来た時に、私もお手紙を書いてみました。
お手紙というか、LINEですがね。 ^^
↓↓↓↓
こんにちは。
(´ω`)
無事に東北に到着されたとの連絡を聞いて
安心しました。
・・・東北と中部
親戚だけども、こんな事がないと、なかなか距離的にも逢えないのですが、
お父さんの葬儀に来て頂いて、本当に どうもありがとうございました。
(・_・、)…涙
お通夜の日の夜の晩酌(と言うか飲み)で盛り上がっていた輪の中に「お父さんも参加して皆と飲みたかったんだろうなぁ…」
・・・と、しんみりしてみたり。。
(TωT)…泣
ちょっとした物や場面で お父さんをふと思い出して しんみりする日々が当分 続くんだと思いますが、
ここで悲しみに暮れて立ち止まっていては、お父さんがお母さんの事を心配して 現世から なかなか成仏出来ない…となると、これはこれで お父さんが可哀想なので、
これからは、私がお母さんを支え、フォローして、お父さんの娘として前向きに生きていこうと思います。
^^
皆様、長旅、お疲れさまでした。
お身体など壊さないよう、ずっと元気で居てくださいね。
(^o^)
【E子さんへ】
別れ際に頂いたお手紙!!??
Σ(゚Д゚||)!
中を見てビックリでしたが、S子と半分こして ありがたく使わせて頂きますね♪
о(ж>▽<)y☆
ありがとうございました。
*_ _)ペコリ♡♡♡※滞在期間中の写メと動画も一緒にLINEで送信しました。
( ̄▽ ̄)b
あと、後日談だけど、
【喪主挨拶】ってあるじゃんね?一応 闘病生活してる間に お母さんと私とで 毎晩毎晩 文面を考えて文章に纏めてたんだけどね、
お父さんにその用紙が見付からないように隠してあったんだけど、どこに隠してあったのかをお母さんが忘れちゃったから、告別式の間際に急いでパソコンを立ち上げて、喪主挨拶のデータからプリントアウトしたから間に合った!
良かった!
そして、お父さんの主治医の先生なんだけど、その病院の部長先生で、次期の院長先生になる位の権威がある方だったんだけど、お父さんが救急車で運ばれた時に、わざわざ救急まで診察に来てくれたし、亡くなって病院から家まで帰る時も、外に出て来てくれてお見送りしてくれました。
看護師さん曰く、『あの部長先生が、わざわざ救急にまで診察しに行く事も滅多にないし、お見送りも滅多にしないんだよ!!』って、部長先生が気にかけてくれる事がまず異例な事だと聞き、ビックリでした。
(@ ̄□ ̄@;)!!
10年前に胆管癌を手術してくれたのがその主治医の先生なんだけど、胆管の手術に関して日本で5本の指に入る程の権威(名医)なので、色んな胆管の患者さんを見ている先生曰く、『胆管癌を手術して10年も生きられるとは奇跡的』な事だそうで、お父さんの奇跡的なカルテがその病院では殿堂入りしてた←って話しも聞きました。
だから、お父さんは、
どんなに体調が悪くても主治医の先生に診て貰える火曜日の外来の日にしか通院はしなかったし、
他の先生が診察する外来の日には、断固として行かなかったんだと思います。
今思い出したんだけど、お父さんが3日間寝込んで救急車で運ばれる前に、こたつで座ってるのがツラそうで机に伏せてた事があって、
私「お父さん大丈夫?抗がん剤で弱ってる時期なんだから、寝てた方が良いよ(;o;)」
父『自分の身体は、自分が1番よう分かっとる…』
父『立つまでに時間掛かるわぁ…よいしょ!って立ち上がらな 立ち上がれんで、ちょっと待っとってな…』
って、身体が弱ってるから立ち上がれなくて、支えて立ち上げてベットに行くまで15分位 掛かりましたが、そのやり取りが、多分、私と最後に交わした まともな会話だったと・・・。
お腹に力を入れて立ち上がると、胆管から胆汁が多く出てきてたし、もう限界までいっぱい胆汁が溜まってて、お腹も苦しかったんだと思います。
・・・そんなこんなで、
お父さんが亡くなってから昨日まではバタバタだったけど、忌明けの49日まで毎晩のお経は20時から読む事になりました。
仏壇の前はお爺さんが座り、お父さんの祭壇の前は皆で交代で座って読むよ-。
^^
火葬場での最後のお別れの時に、お父さんに
「私、ちゃんと親孝行できてたのか、私がそっちに行ったら教えてね(;o;)」
って声かけたから、私があっちに行ったら
お父さんに その答えを聞いてみようと思うよ、うん。
^^
お父さん、人生 お疲れさまでした。色んな事があったけど、お父さん今まで ありがとうね♡
*_ _)ペコ♡余談だけど、
落ち着いた今だからだけど、亡くなったのがエイプリールフールやから、
父「てってれ~♪嘘でしたー」
とかって、お父さん生き返ってくるかもねー?!…って、お母さんと話してたよ
(^^;)エープリルあるある←ぇ
・・・って事で、
今までブログを読んでくれていた読者の皆さま、今まで どうもありがとうございました。
お父さんの闘病生活は終わりましたが、まだまだ手続きなどやることがあり、書き残しておきたい事もあるので、ブログは続けようと思ってます。
ブログを更新すると、40~70~100位のアクセス数があり、お父さんの事を気にしてくれている方が、この世の中に何人も居る事が、私の心の支えにもなってました。
皆さま、本当にありがとうございました。
あまり文章能力の無い娘(長女)ですが、引き続き、このブログを どうぞよろしくお願いしますね。
(:D)┓ ペコリ
【娘(長女)】より。※お母さんの日記は、いつ纏めて投稿しようかな・・・。
ちーん…。 ( ̄_ ̄ i)
あと、お父さんが舐めてた漢方薬、私も心労で痩せて体調が狂いそうだから滋養を付ける為に食べてみたんだけど、
超マズくてビックリした!!!!
:(;゙゚'ω゚'):
あんなマズくて苦くて漢方臭い物を、お父さん、抗がん剤投与で弱る度に食べてたんか!!…と思うと、
なんか泣けてきたよ・・・。
もっと生きたかったんだろうね。。。
(TωT)…泣

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