ちび助を妊娠中、クアトロテストを受けた。年齢的にも高齢出産にさしかかる。

35をすぎると高齢出産といわれる。40代でも出産している人は周りにたくさんいる。


ちび助は不妊治療にかよってさずかった。年齢的に染色体異常で産まれる可能性が高くなる。


心の奥底では、自分は大丈夫だという思いがどこかにあった。

クアトロテストを受け、数日後、携帯に病院から勤務時間中に着信があった。留守電に至急折り返し連絡くださいとあった。


嫌な予感しかしない。


昼休み、病院に電話する。「院長にかわりますね。」と看護師さん。


「もしもし?○○さん?こないだの検査の結果、染色体異常の可能性高いと連絡あったんだわ。詳しく調べるのに羊水検査したほうがいいと思う。ただ、週数から、検査は今週中でないと受けられなくなる。時間ないけど、ご主人とよく相談して明日には返事ほしいんだ。

うちの病院では、羊水検査はできなくて、紹介状をもって大学病院までいってもらうことになる。リスクもあって、羊水検査した後、それが原因で流産する可能性もある。」


情報量が多過ぎて、話しが右から左と流れていく。自分のこと?間違いでない?

頭の中が真っ白になった。


どっちみち明日、朝一に病院にきてほしいとのこと。上司に状況を話し休みをもらった。

話している途中涙が止まらず。


明日、病院へ行かなければ羊水検査はうけられなくなる。産まれるまでの残り数ヶ月、毎日正常で産まれるか、心配しながら過ごすことになる。


もし、異常があったなら、育てていけるか?

もし、あきらめたら、せっかく授かったいのちを自分たちの都合で奪ってしまうことになる。


育てる自身はない。親戚で18トリソミーで産まれた赤ちゃんがいて、そのお母さんは自宅に医療機械を揃え、その子が1歳になるまで育てていた。1歳の誕生日を迎えた数日後に亡くなっている。長くは生きられないとわかっていても、そのお母さんは産む選択をした。

そのお世話をしている様子などを聞いていたので、自分にはできないと思った。


もし、中絶となれば、自然分娩で産むことになる。想像が全くできなかった。


上の子は、陣痛がきて丸1日半、子宮口が開いていたが促進剤を使ったものの途中、分娩停止状態になり帝王切開に切りかわった。



もし、中絶となれば、自然分娩。またあの痛みに耐えれるか?耐えないといけない。正直こわい。自分たちのところに宿ってくれた「いのち」を、自分たちの都合で中絶するのだから。痛みは自分に与えられたら罰だ。18トリソミーなどで産まれた場合、その子につきっきりになる。上の子にはかなり寂しい思いをさせ、自分たちだけで、二人育てて行くのは不可能かも医療費はどうなる?

決断するのにあまりにも時間がなさすぎる。


いや、クアトロテストを受けるなら、どんな結果であろうと「いのち」の選別をしてはならなかった。どうするかは、不妊治療をする時点できめておくべきった。


通院していた病院は、クアトロテスト受けるかどうか?の質問のみで受けると答えた場合、その後、よくない結果だった場合の説明はなく、実際、結果がよくなかったが、メンタルケア的なこともあまりなかった。不妊治療もしている病院。毎日、沢山の患者さんで混み合っている。


そういったメンタルケアが充実していないのであれば、どこか相談先を紹介してくれるなり、または、妊婦のメンタルケアが十分にできないのであれば、その病院がクアトロテストを行うべきでないと思った。


今、そこの病院はどんな対応をしているのかは分からないが、きちんとしたケアをしてほしいと思う。


そして、紹介状をもらうため、朝一に病院へ。待ち時間が異様に長く感じた。

周りは妊婦さんや赤ちゃんをさずかるために通院している人たちばかり。


その中にいる自分。場違いなような何とも言えない複雑な気持ちで、いづらかった。



大学病院には紹介状をもって、その日のうちに行った。

説明をうけて、次の日、日帰りで羊水検査をすることになった。紹介状を書いてもらった病院では、一泊入院になるからその用意もしていくよういわれていたが、拍子抜けした。


当日は一人で病院に向かった。どうしても仕事が休めない旦那。まぢか、、、こわい。こんな時、仕事いくのか??

そんなものなのか???私だけ、辛い思いを一人で耐えるの??

この時から、旦那との意見の違いにはっきりとした違和感を持ち始める、今にいたる。

形見一時間半ちかく。帰りは車の運転は、お腹の赤ちゃんに負担がかかるためやめるよういわれた。電車とバスを乗り継いで到着。


羊水検査は病室で行われた。

麻酔なし。

超音波の画像にうつる赤ちゃんの向きを見ながら、針をさす。

液を太い注射器のようなもので抜く。

麻酔なしとは聞いておらず、ものすごく怖く、赤ちゃんが大丈夫なのか、心配だった。


針を刺すのがこわい。でも「いのち」の選別をしようとしているから、痛いかどうか?針を刺しても赤ちゃんは大丈夫なのか?聞いたらだめな気がして聞けなかった。




数時間、ベットに横になり、様子を見る。隣の部屋からは分娩中の妊婦さんの声が聞こえる。


なんとも言えないきもち。


その場所にいたくなくなり、はやめに病室を出る。大丈夫?まだ病室にいていいのよ?と、気遣ってくれた看護師さん。


大丈夫です。

と、部屋をでる。暗い待合室。だれもいない。古い病院なのでこわかった。


仕事終わりに旦那が迎えにきてくれた。



結果でるまでに二週間近くかかった。

その間に一度、不妊治療してた病院での妊婦検診があった。


今回は、担当は院長でなく、副院長。カルテを見て、「羊水検査してきたんや。大変やったね。でも受けなくても大丈夫やと思うけどねぇ。」と。

でも、検査結果だけでなく、胎児の首の太さが気になり、質問。

「大丈夫大丈夫。心配だろうけど、親になるということは、こういうこと。どんなことも受け入れないといけないんだよ。それができない人は親にはなれないんだよ」


そうだ。その通りだ。でもきつい言葉だった。


妊婦から子育てって全部母親が担うものなのか?旦那にはもう少しよりそってほしかった。

辛い思いはいつも私ばかり。どこか他人ごと。あんたは、この「いのち」の父親なのに無責任でないか?


羊水検査の結果は異常なしだったが、いろいろ考えさせられた。産まれるまで、いろいろあり、なんで妊婦の私ばかりこんな辛いことが、一変にくるの??と、テレビのドラマのこと?と思うことが沢山あった、それは何年経っても自分の中で消化できずにいる。ブログに書くべきことではないような。いつか記録のために書くこともあるかもしれない。それもまた「いのち」に関する出来事である。


3人目は、まだか?と よく聞かれる。2人の天使を授かったから、考えられない。いまを生きるに手いっぱい。

周りは3人兄妹が多い。ママさんたちも同じくらいの年齢、みんなパワフルでいつもスゴいなと思う。


2人目の出産の時、上の子が帝王切開だったので必然的に帝王切開になった。子宮の壁がかなり薄くなっているから、子宮破裂の可能性もある。と言われ、8ヶ月のとき、入院になった。

実家でいろいろあり、ムリを言って途中、

退院した。実家の母はいろいろな事が重なり精神的にもかなり滅入っていた。自分が動かないと、進まない、片付かない出来事。心配かけられない。


「うまれてくるいのち」と「消えてしまいそうないのち、もう亡くなってしまったいのち」

と向き合うことになる。

何でこうも重なるのか。

お先真っ暗、新しい「いのち」がもうじき誕生しようとしているのに。


大きなお腹を抱えて手続きに回る。どこへ行っても「かわいそうな気の毒な妊婦」に扱われた。「生まれてくる子もかわいそうな訳?生まれてくる子を楽しみに幸せいっぱいな妊婦生活を送れるはずだったのに。。なんで自分だけ?」常にそう思っていた。



 この先、もう一人子供がいたらなと思うことはない。産院 でも、次の出産はかなり危険だから諦めないといけないといわれた。


旦那はもう一人ほしいらしい。無責任だ。クアトロテストしたこと忘れたのか?今でも子育て関わってないよね?

また同じようにことになる。


今、ちび助は何の障害もなく、元気に育ってくれている。上の子もそう。優しい子に育ってくれている。 


今でも、思うが親になる資格あったのか?たまに家庭内のこと、自分の体調のこともあり、マイナス思考に陥り、消えてしまいたい、ダメな人間だという、旦那のことばがぐるぐるまわり、

投げ出していなくなりたいと思うことがある。

 


しばらく、別室に行って頭を冷やして思い直す。わたしには大切な「いのち」我が子達がいること。まだ生きないと。


今回のブログは自分のために書いた。

またマイナス思考に陥ったとき、これを読み直してまた頑張っていくために。


読んで不快感に思われたらスルーしてください