20代後半で初めて妊娠。

不妊治療に通ってやっと授かった命である。


通院中、生理がくるたびに、またダメだったかと思う日々。ホルモン剤注射で痛いのも頑張った。職場に休みをもらうことが心苦しかった。治療に通うにあたり、2日続けて受診とか、何日後に来てとか、排卵状況や生理周期で予測がつかないので突破的な休みが多い。


通院も片道一時間の距離。腰痛もちの私には車の運転や待ち時間がつらかった。


妊娠がわかった時、「ありがとうございます」と、主治医に言うと「流産することもあるからまだ早い」といわれた。


それでも嬉しかった。


妊娠八週目、夜中に生理一日目のようなお腹の痛み。段々痛みが強くなり、冷や汗が出て今までに経験したことのない痛み。

トイレにいくと出血。ドロッとした塊が出てた。病院に連絡すると、朝一に診察にきてください、今はどうしようもないから。といわるた。


流産でないよね?誰か出血を止めて!赤ちゃんを守って!祈った。旦那は、「大丈夫やろ」と簡単に考えていた。

自分運転できないほどの痛み。翌日、旦那に付き添ってもらい受診した。


診察ひ入って、診察してもらう。主治医「今回は残念だけど、流れてしまってます」とのこと。。


帰りの車の中、大声で泣いた。そんなはずない!誤診かも。。と二軒ばかり、今の状況を伝えて他の産婦人科に問い合わせたが、間違いなく流産だといわれ、現実をなかなか受け入れられなかった。


 当時、義理両親と同居していた。

妊娠したことを旦那が伝えていたため、事実をいわなければ。。


帰りたくない。。気が重い。。


帰宅後、流産したことを報告。

すると、義理両親、開口一番、「年いってから、出来た子供やから、だめやと初めからわかっていたわ」


と。30代、40代でも出産する方がたくさんいるのに?義理両親いわく、初めての妊娠が20代後半は遅いから赤ちゃんは育たないだと。


旦那は義母が23才の時に生まれたらしい。昔はその位の年齢で出産が当たり前だったと。


流産した当時は平成。そんなのはじめて聞いた。義母「うちの家系で、流産なんてした人いないから、あなた(私のこと)ご実家の家系のせいでないかしら?」


一生忘れない。義理両親にいわれたこと。下のちび助の時も不妊治療に通っていたが絶対に伏せた。


治療に通っていたこと、流産したことを隣のおばあちゃんが何故か知っていた。


スーパーで偶然そのおばあちゃんに会ったとき、「また、出来んのかいね?流産なんて昔ようあったから、頑張りなさいよ」

と、大声でいわれた。いろいろ話すのは、義母しかいない。ほら吹きなところがあるから、またあることないこと言ったのだろう。


流産したあと、1ヶ月ほどひどい倦怠感があり、一日中寝ていないとしんどかった。

主治医、「妊娠によって、子宮も収縮しようとしている。ホルモンバランスも変わったから、今は一生懸命体も戻ろうとしている。今は、心も体も休めるしかない。何か治療しようがない。今回は残念だったけど、無理はしないこと」といわれた。


仕事も休み、ベットに横になる毎日。

義母「寝てばかりいるから、よけいだめなのよ」


ダメとか出来ないとか流産に結びつく言葉は、かなりこたえた。

好きで寝てばかりいるわけでない。起きているのがほんとにしんどくて。


人の痛みが分からない義理両親。実家の親が、気を使って和菓子を届けてくれた。

母が義母に対して「今回は残念なことになってしまって、すみません」と頭を下げた。


頭を下げる必要はないと思うが、同居する私のことを考えてのことだと後で知った。

気位の高い、母だから、私が肩身の狭い思いしているんだろうと案じて自然と出た言葉だったらしい。


「あんたは悪くないからね、赤ちゃんと縁がなかっただけ」と言ってくれた。救われた。


二回流産を経験したが、子供が生まれることはほんと奇跡だと痛感した。


義母のように経験したことのない人は、当たり前だと思う人も中にはいるのかもしれない。


子育てに行き詰まった時、その時のことを思い出すようにしている