復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON! -21ページ目

復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON!

元プロレス団体KAIENTAI-DOJO、現(株)ふたば所属の石坂 鉄平が綴る、日々の日常と非日常の体験記。

今日は、仕事をほぼ休んで(閉店作業のみ)、レオマHIROZのイベントに嫁さんと参加をしてきた鉄平です。

※レオマHIROZについては、当ブログ「レオマのにいちゃん①~③」を参考にしてください。

イベント内容は、あまり書きませんが、KAIENTAI-DOJOの年に数回行うK-マニアのような、ファンとの交流の場みたいなものです。


まぁ驚いたのは、会場に100人位のファンの方がいらっしゃったのですが、男性は、鉄平を入れて3名位ですかね(笑)

明らかに浮いてました(-_-;)


レオマHIROZの活動期間が残すところ1ヶ月。

みなさん全力投球されているのが、良くわかった良いイベントでしたが、、、。


ここからは、鉄平が感じた素直な感想をかきますね。

良い物を持っている集団だけに、男性ファンの獲得が出来ていたらなぁ…。

イケメン演劇集団ですから、女性ファンがもちろん大半です。

ただ、行っている演目などを見る限り、お子さまから、お年寄りまで、幅広い世代の方が楽しめる内容なだけに、男性ファン層が全体の2割位まで伸びていたら、、、。

インディーな演劇集団としては、その部分の獲得が出来ていたら、雰囲気も違うものになったのではないかな?と。

あ、すみません、偉そうに書いてしまっていますが、、、。




こんな不細工な柏組でも、女性ファンはいたわけで(鉄平統計では、約2割)、その逆に男性ファンが多いプロレス界でも、これ程、老若男女のファンからいじられる素敵な軍団はありませんでした。
不細工だから、出来ていたこともありましたが、、、

仮に、このレオマHIROZのイケメンのみなさんの数人でいいので、柏組と同じように、笑い8割、技2割で魅せるものを行っても、それは確実に新しいファン層が開拓できるのじゃないかな?って、、、。ついついそんな事を考えてしまっていました。

本当に偉そうな意見になってしまったので申し訳ないです。

ご本人達が、このブログを見られる機会があれば、そんな事を考えた40前のおっさんがいたと、1意見として、温かい目で見ていただけたら、幸いです。


さて、さて、前書きが長くなりましたので、本題に。

プエルトリコ編も本日で、第13夜。


2期生で唯一「毎週土曜日のプロレス大会」が始まった頃にすでにデビューをしていたのが

真霜拳號。

体も、技も、精神的にも大人であり、すでにプロレスラーのオーラを纏っておりました。

そんな真霜が、日本デビューをした秋~冬
頃に、KAIENTAI-DOJOが、団体として、旗揚げをすることが正式に決まりました。

真霜本人は、週プロさんのインタビューで、「騙された」と思った、と、書いていましたが、鉄平達、プエルトリコでデビューしていない組も、薄々分かってはいましたが、TAKAみちのく代表の口から告げられた時は、衝撃的でした。

DOJO=学校ではなく、DOJO=団体になると言うことが、当時は、ピンときていなくて、むしろ、お客さんの前で試合ができる環境があると言うことに、喜びしか感じていなかったのだと思います。

お客さんの前で試合ができる!と言う気持ちは、後に、お客さんをどうすれば楽しませる事ができるのか?お客さんをどうすれば、たくさん呼ぶ事ができるのか?と言う葛藤に変わって行くのですが、、、。

当時は、その事に気づいていなかったのでした。

そして、この代表の発表から、「毎週土曜日のプロレス大会」が、「毎日昼からのプロレス大会」へと、変わっていくのでした。

この話は、時系列的にはもう少し先になるので、プエルトリコのエピソードを踏まえながら、また、後程書いていきますね。
今日の話は、この辺で。


※代表のコスチュームのエピソードを少しだけ書きます。



TAKAみちのく代表と言えば、田吾作コスか、ロングタイツと言うのが当時は定番でしたが、現在の

トランス型のショートタイツになる前に、実は、試着的な感じで、このトランス型ショートタイツをWWFで着ている貴重なシーンがあります。

9・11同時多発テロが、起こる少し前から、「毎週土曜日のプロレス大会」で、自身のロングタイツを切って、トランス型ショートタイツを使用していたのです。

そして、そのタイツで、WWFでも数試合試合をされています。

鉄平の記憶では、同時多発テロ後にWWFが、初めて行った試合の試合前に、全選手が、花道やリングサイドに登場し、アメリカ国歌を流した際に、その貴重なコスチュームシーンが、全世界に放映されていたハズです!

もし、映像が見られる環境のある方は、ご確認下さい。


明日からは、プエルトリコのDOJO生のエピソードを詰め合わせていく予定です。


それでは、今日は、ちと、長くなりましたが、この辺で。












最近の若い子は、、、。と言ってしまうのが口癖になりつつある鉄平です。

そうなんです。日常的に、人を管理し、人を使う仕事で、さらには、人が居なければなりたたない事をしている鉄平にとっては、ついつい、自分が大学の頃はとか、今の仕事をアルバイトでしていた頃はとか、言って指導をしてしまいがちなのですが、、、。


いやいや、最近思うのは、鉄平の大学生の頃は、もっと社会的にも緩かったなぁと。

「今の若い子は、、、」と、言ってしまうのだけど、「今の若い子」の方が、規制や制約が多く、色々と押し込まれた社会なのかな?と、考えております。

ただ、色々と便利になったおかげで、情報が簡単に手に入り易く、実際に見なくても、行った気持ちになったり、やった気持ちになったりと、頭の中で全てが完結してしまうのが、「今の若い子」なのではないだろうか。

鉄平自身、実際に手で触り、目で見たりした情報に重きをおいてしまう、昭和型人間なため、現代っ子達を理解しようと努力はしますが、なかなか上手くいかないわけで、日々悩みの中で暮らしています。

少しでもお互いが近づき合えたらいいのですが。


時代は、まだまだ情報を集める事に苦労していた頃、それが、「始まりのプエルトリコ」の時代背景でもあります。

僕らは、手で触り、目で見たりして、育て上げられたのです。


さて、プエルトリコ編も第12夜です。


TAKAみちのく代表に僕ら2期生が直接指導をしてもらえる機会ができたのが、「毎週土曜日のプロレス大会」だったのです。

4月末位と前の時は書いていたのですが、毒針日記を読み直したらどうやら、5月に入ってからだったみたいです。
まぁ、でも、ゴールデンウィーク頃と言う鉄平の記憶も何となく当たっていましたが(笑)

興行形式の練習のため、代表の準備した対戦カードやそれぞれのキャラクター設定対して、その対戦前に、各々がマイクアピールをしたり、キャラクターをどれだけ自己プロデュース出来るか?など、平たく言えば、「デビューもしていないDOJO生によるプロレスごっこ」が、「毎週土曜日プロレス大会」だった。

しかしながら、試合は、あくまでも、日々の練習の成果を試す実践の場でもあり、代表が僕らDOJO生に指導してくださったのは、技の出すタイミングや技の技術面(かけ方や受け方)などなど、試合後に代表からその場で一度指導していただき、寮(オチョディ)でVTRを見てさらに、詳しく解説をしていただく。

代表だけではなく、コーチ陣や講師陣にも、同じく指導と解説を頂くまさに、夢のような時間。


技の技術面、かけ方や受け方と書いたのだが、かけ方が悪いと相手にはダメージを与えられないし、また、かけた方が怪我をしたり、スタミナを消耗したりもするし、受け方は、力の逃がし具合が悪いと自身のダメージも大きく、怪我をしたりもする。

そんなノウハウを代表は、DOJO生に細かく指導してくれたのでした。


また、後に、代表が肩の怪我のためWWFを欠場する期間があったのですが、リハビリと称して、DOJO生相手に試合もしてくれた。

まさに、自分の持てる技術をDOJO生に、身をもって教えてくれたのです。


それを体験したり、見たりすることで、DOJO生達は、技術を磨いていくのでした。



鉄平自身もみちのくプロレスでデビューをした際に、故テッド・タナベさんから、
「さすが、TAKAの弟子だな。鉄平の動きからは、TAKAの癖が見てとれるよ。良く勉強したんだな」
と、普段あまり誉めてはくれないテッドさんに言われて、嬉しくもあり、代表の凄さ再認識させられてました。


そんな代表もVTRを見る時は、DOJO生と一緒に食事を取ります。



2002年の選手名鑑。
代表は、好きな食べ物の欄にその年に良く通ったお店や、食べた食べ物を書きます。


残念ながら、証拠写真はないのですが、2002年のカラー選手名鑑を持っている人がいたら、チェックしてみてください。

代表の好きな食べ物の欄に
「石坂のちゃんこ」
と、書いてありますので(笑)

代表が、みんなと食事をする際、必ず食当(食事当番)を確認してきます。

鉄平が食事当番だと、よし!っと、進んで寮で食事を食べて行かれました(笑)

それ以外だと、なんだよ~。って若干残念がっていましたが(笑)

そんな代表の一言で、土曜日の食当を固定されたのは、いうまでもありません。

その後、代表の体重がMAX100キロ近くまであがったのは、鉄平のせいかもしれませんが(笑)
(もちろん、代表が意図的にベビーの体を作ると言っていた時期でもあるのですが。)


次回は、あの真霜拳號が「騙された…」と思ったという、事件について話していきます

では、今夜はこの辺で。



今日は、1日ぐったりとしていて、1日の思い出がなくなりそうだったので、ブログの予告編だけ書き上げ、近所のスーパー銭湯へ、日頃の疲れを癒しに行ってきた鉄平です。

しかも、運の良いことに、26日(風呂の日)って事で、サウナの無料解放!

150円位得しました♪


え、妙に細かい?

、、、。

小遣い制なので、これが、日常、いや、現実、、、。イッツ  リアァァァル!!


さて、さて。平均的な日本の旦那になりつつある鉄平の話は置いておいて、、、

今夜がプエルトリコ編第11夜です。






みなさん、この本をご存知ですか?

TAKAみちのく毒針日記です。


KAIENTAI-DOJOの始まりの素になったもので、この毒針日記を週プロさんが、連載していなかったら?途中で打ち切っていたら、、、TAKAみちのく代表(以下:代表)が、KAIENTAI-DOJOの生徒を募集しなかったら、、、。

今、この瞬間が何もないわけで、プエルトリコの思い出なんかも語れないし、鉄平は、レスラーですらなかったかもしれない。


プエルトリコ時代を経験している1~3期生のスタートは、みんなこの毒針日記からなのである。


15~16年前と言えば、ギリギリ携帯電話が普及し、着メロが、三和音~16和音になったぐらいの時代。

インターネットも携帯の機能も、今とは、全然ちがってましたからね。


そんな時代にDOJO生達は、メールを駆使して、代表と数回連絡をとっただけで、プエルトリコに渡ったクレイジーな連中です(笑)

現在の感覚からすれば、振り込め詐欺に引っ掛かったんじゃないか?的な疑惑すら思ってしまうような、やりとりでしたからね。

鉄平の時なんかは、さらに、そんな感じですよ、、、。

2回位メールのやりとりの後、電話面接をするから、、、と、言われてその後、2週間程連絡無し、、、。

落とされたぁと、思っていたところに、1本の電話が、、、。

???「おぅ!俺だ。わかるか?」

鉄平「え?もしかしてTAKAさんですか?


代表「そうだ!」


的な感じのやりとりから、すぐに、

代表「入門金は、用意できそうか?

と、お金の話しになる。


このやりとり、まさに、オレオレ詐欺か、振り込み詐欺以外の何物でもないのですが、DOJO生達は、素直に言われた口座にお金を振り込むんですよ(笑)


鉄平がプエルトリコに渡る直前ぐらいに、週プロさんでKAIENTAI-DOJOの特集記事が出る。



これを見て、あ、ちゃんとKAIENTAI-DOJOは、存在しているんだと、少しだけ、安心をした記憶があります。


そんな、鉄平と代表の初対面は、プエルトリコに渡って、3週間が経とうとする、4月の10日前後位だったかな?

WWF(当時)のレッスルマニアが終わり、プエルトリコに戻って着てからでした。

初対面の代表は、目付きも悪く、メジャーリーガーオーラをプンプン放ちながら、

「おお、だいぶ増えたな、、、」

と、一言だけ発した時に、ニヤリと一瞬だけ笑った、、、。


増えた人数に対しての期待感なのか、照れだったのか、単に柏大五郎の顔を近くで見てしまったのか、何で笑ったのかはわからないが、WWFスターズの代表が見せた、初めての人間味だったからこそ、印象的だったのだと思う。


初対面の代表は、みんなの前で、簡単に挨拶だけして、直ぐに自宅へ帰ってしまった。

挨拶も、確か、「プロレスラー目指して、毎日努力しろ」的な事と、「WWFの巡業が多いからあんまり、練習は、見てやれないが…」的な内容だったとは、思います。


そうなんです。代表が直接指導をほとんどしない=ある意味振り込め詐欺だったわけで(笑)

事実、鉄平も直接指導を受けたのは1ヶ月半経つか経たないか位の時でしたからね(笑)


そんな、直接指導を受けた話は、明日以降書いて行きます。

では、今日は、この辺で。