短期集中連載の予定が、携帯の制限がかかってしまい、思うようにblogが書けず申し訳無かったです。
さて、話を進めます。
稲松三郎は、デビュー戦をした後で直ぐに、あるユニットに参加する。
『柏組』
正式名称は
『2代目吉田屋、初代柏組』
稲松三郎のすべての受難は、この時より始まった、、、。
当時、5期生と言えば『火野裕士』が破格のデビューをしていた。
そして、火野の次に『ロミー鈴木』が、デビュー。
そのロミーがデビュー戦後に一身上の理由で退団→引退。
その穴を埋めるかのように、『石川はじめ』と共に『稲松三郎』がデビューする。
当時リング上では、KAIENTAI DOJO史上最長期間タッグを組んでいた『柏大五郎』『石坂鉄平』の『バカ兄弟タッグ』が、KAIENTAI DOJO史上最も奇妙なキャラクター『PSYCHO』とユニットを組み、『柏組』を名乗り、リング内外かまわず色んな意味で猛威を震っていた。
デビュー戦後~1ヶ月の間は、黒のショートタイツで真面目に第1試合をし、試合後は、セコンドを頑張っていた稲松三郎だったが、『柏組』の猛威に巻き込まれる。
『柏組』は、対戦相手だけではなく、会場にある物、人など全てに絡むユニットであり、セコンドをしていた『稲松三郎』と『石川はじめ』は、よく『柏組』に弄られていた。
普通は、弄られる方は火傷をするなりして、そのまま終わるのたが、『稲松三郎』と言う男は、事もあろうか、『柏組』から弄られていたのがいつまにか、『柏大五郎』をアニキと呼び、『柏組』に入門希望し、いつの間にか『柏組』構成員に(笑)
鉄平の記憶が間違っていなければ、『柏大五郎』が頑なに入門を断ったが、何となく鉄平が、情けをかけて入門をする経緯だったような気がする。
そんな三郎は、『柏組』の中でもマイクパフォーマンスにキレがあり、独自のキャラクターを展開。そして、急に
三郎『ああ~、今日は、柏組の歌を作って来ました~。聞いてください!!』
三郎『カ、カ、カイエンタイの柏組ぃ~
(注:ドリフ大爆笑のOP替歌。)』
と、いきなりリングで歌い出す始末。
そんな『柏組』の紅一点、『柏組の姉御』こと、『山縣優』の勧誘の際は、三郎が山縣に対して
三郎『柏組の姉御になってくれよ~』
と、『姉御』と言うワードを使い、観衆を乗せた事が切っ掛けとなり、後に『柏組の姉御、山縣優』が、誕生したのだった。
『柏組』は、とにかく楽しいユニットだったなぁ。色んな意味でバランスが良かった。
基本ベースはやはり、日本の心とも言える『戦隊シリーズ』の人数構成と同じで、唯一違うのが色使いだけだったし。
結成してから、KAIENTAI DOJOが『GET』と『RAVE』の2リーグに分かれるまでの約2年間位、『柏組』は、『K-SURVIOR』と言うユニット対抗トーナメントで優勝したり、K-DOJOのベストパフォーマンス賞を戴いたり、一番の思い出は、『ドラゴンゲート』さんの『フロリダブラザーズ』と後楽園ホールで、対抗戦をしたことかな?
とにかく、『柏組』では、デビューしたての稲松三郎の存在は必須であった。
その頃を思い出しながら、飲み会の席で三郎は、
『柏組は、楽しかったですが、唯一悔やまれるのは、もっと第1試合をしたかったですわ~』
と、毎回管を巻く。
この場を借りて
『三郎、ごめんな!デビュー直後から変な色をつけてしまって』
と、謝罪させて貰います。