寺内町にお店を開業して あっという間に4年も経った
開業初日から すぐ近くの家の人(Aさん)がお店に来てくれた
それから4年
Aさんは ず~とお店に来てくれてる
なんてありがたいんだろう
開業当時は1時間3980円で整体をしてた
しばらくすると近所のおばちゃんが整体に来て
「あんたとこ来たいって人いるけど
値段高いから行かれへんっていってたわ」って言われたので
極端に値段を下げた!(^^)!
下げたとたん お客さんがたくさん来てくれて
大変だった
でも しばらくしていくら働いても給料が少ないのに気づいて
また値段を上げた
この4年間で 何回も上げたり下げたり
上げたり下げたりして お客さんが増えたり減ったり…
風のうわさで 整体の腕が上がったらしいから来たって人もいた
ってことは それまではへたっぴだったってこと~!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
(今は誰もが上手って言ってくれてますが(~o~))
Aさんが一度 もみ返しがきて 何か月か来ない事があった
でも しばらくしたら また来てくれた
普通もみ返しが来たら 体がだるくなってしんどい思いするから
次は なかなか来てくれない
Aさんとは施術中 なぜかほとんど会話がないけど
なにかしら やさしさを感じてた
Aさんのご家族から聞いた話では
近くに定食屋さんが出来た時
Aさんは家族に人に「あのお店が繁盛するように僕らも行ってあげな」
って言ってたそうです
たぶん 僕の店の事も
そういうふうに思ってくれてるんだなぁって
僕の腕がへたっぴでも
うまくなっても
値段が上がっても
下がっても
もみ返しがあっても
なーんにも言わす ずーーーっと来てくれてる
すごいやさしい人だって…
ほんとにほんとに
感謝しきれないほどの感謝の気持ちが湧き上がってくる
最近 うちのお店に来てくれるお客さんに
本当の感謝 ありがとうって 心からそう思うようになった
それもこれもAさんのおかでだなぁって
つくづく思います(^^♪
なんにも言わないやさしさで
以前 僕が書いたブログ思い出したので
もしお時間があれば 見てみてね~\(~o~)→★★★

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
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初めて小林正観さんの本を買ってから
この人 すごいなぁ!って思うようになりました
前回のブログで紹介した本で
正観さんが 受け入れることについて
書いてたので 紹介します(^-^)
正観さんは30歳の時結婚し 33歳の時に長女を授かりました
医者に別室に呼ばれ
「この子は障害児です 薬によっても
手術によっても リハビリによっても治ることはありません
この子はうまれなかったものと思ってください」
と言われたそうだ
正観さんは目の前が真っ白になり
真っ白になった風景が徐々に薄れていき
目の前に再びその宣告したお医者さんが見えたとき
その医師を含む部屋中の風景がモノクロになっていたそうだ
白黒だけのグラデーションの世界
それから半年間 それが続いたそう
一番困ったのは 天気がわからない
晴れているのか 曇っているのか 雨なのか
半年後 新聞のコラムに
新生児の600人に一人は 障害を持つ子供が生まれる
あなた方も二十になって将来結婚するであろうから
その生まれる子供に障害児が生まれてくる可能性もある
そういうときの心構えを持っていたほうが良い
って書いてたそうだ
その時 正観さんは
「慶子ちゃん、 うちに生まれてきてよかったね。
600人に一人、 障害児として生まれてくるのであれば
慶子ちゃんは どこかの家を選んで
必ず 生まれなければならなかった
その時に 小林家の両親を選んだというのは
ものすごく良い選択をしたと思う
私は障害がある子をいじめたり 差別したりはしないし
私の妻も優しい人だから いじめたり差別したりはしない
慶子ちゃんは そういう両親を選んで生まれてきたんだね」と。
そう思った瞬間に半年間失っていた「色」が戻った
風景に色が付いた!
瞬間の出来ごとだったそうです
正観さんは 半年間 苦しみ悩んでいた
なぜなら 生まれてきた子供を受け入れる事ができなかったからです
しかし そのとき 目の前に乗り越えるべき大きな障害や
障壁が立ちふさがっていると思っていたものが
実は幻であったということに気づいたのでした
「私自身が障害や障壁だと思っていた大きなものは
私の「認識」だけの問題だったのです
私が「慶子ちゃんよかったね。」と思えた瞬間
その問題は消滅していました
努力や苦労をして乗り越えたのではなく
ある瞬間に消滅したのです
乗り越えたのではありません
乗り越える必要がない状態になったのでした
生まれてからわずか半年後に この慶子は私に
大きなことを教えてくれました
悩み 苦しみというのは
実はその目の前の現象を否定し
受け入れないところから生じているのだということです
私達が目の前の現象について悩んだり 苦しんだりしているときは
それを受け入れてないということなんです
否定をしているということにほかなりません」って言ってる
正観さん すごい気づきですよね!
病は気からって 昔からよく言われてたけど
風景が白黒に見えるって そうとうショックだったんだと思う
正観さんは半年間 自分の娘が障害児だということを
受け入れることができず 否定してきた
否定することによって 目の前に大きな障壁が
出来上がったんですね。
でも長女を受け入れたとき その障壁が消滅した
世間で言う 目の前に立ちふさがった大きな壁とか
あなたの前に立ちふさがる壁は必ず乗り越えられるとか
そういう言葉ってあるけど
ひょっとしたら 全ての事柄 出来事を
その人が どう捉えるかで
壁があったり 無かったりしているのかもしれない
っていうか もともと障壁などなかったところに
否定することによって 幻想の障壁が出来上がったんでしょうね。
また 正観さんは 起こる現象は全てゼロ(無)と言ってる
『基本的には「不幸」という現象はなく
ただ 自分がそう思っているだけです
これに気づいたならば私達はかなり楽な人生を送ることが
できるように思います
「こんなに辛く悲しいことがあるではありませんか」
という人がいますが
辛く悲しいことがあるのではなく
「辛く悲しい」ととっていると解釈している自分がいるだけであり
もともと現象はゼロ
何も性格を帯びていない 何も色がついていない
ということだと思います
しかし不幸や悲劇が存在するではないか と言われたときには
「現象が存在するわけではなく
本人が そう決めているだけですよね」とお答えするほかないのです。
マイナス現象というものが宇宙に存在するのではなく
マイナス現象は常に そう決めた自分の心の中にあるのです』
って言ってる
娘さんから「受け入れること」を知った正観さんの言葉には
人を納得させる力がありますよねー
バシャールも起こる出来事はすべて中庸ですって言ってたけど
今回は なんかすごく納得した
納得できるけど やっぱ嫌なことが起こったら
なんでこんなについてないんや って思ってしまう
僕がここにいる!
でも 楽々人生歩んでいきたいので
第三者的な目で現象を見る練習してみますー\(^o^)/
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正観さんが 受け入れることについて
書いてたので 紹介します(^-^)
正観さんは30歳の時結婚し 33歳の時に長女を授かりました
医者に別室に呼ばれ
「この子は障害児です 薬によっても
手術によっても リハビリによっても治ることはありません
この子はうまれなかったものと思ってください」
と言われたそうだ
正観さんは目の前が真っ白になり
真っ白になった風景が徐々に薄れていき
目の前に再びその宣告したお医者さんが見えたとき
その医師を含む部屋中の風景がモノクロになっていたそうだ
白黒だけのグラデーションの世界
それから半年間 それが続いたそう
一番困ったのは 天気がわからない
晴れているのか 曇っているのか 雨なのか
半年後 新聞のコラムに
新生児の600人に一人は 障害を持つ子供が生まれる
あなた方も二十になって将来結婚するであろうから
その生まれる子供に障害児が生まれてくる可能性もある
そういうときの心構えを持っていたほうが良い
って書いてたそうだ
その時 正観さんは
「慶子ちゃん、 うちに生まれてきてよかったね。
600人に一人、 障害児として生まれてくるのであれば
慶子ちゃんは どこかの家を選んで
必ず 生まれなければならなかった
その時に 小林家の両親を選んだというのは
ものすごく良い選択をしたと思う
私は障害がある子をいじめたり 差別したりはしないし
私の妻も優しい人だから いじめたり差別したりはしない
慶子ちゃんは そういう両親を選んで生まれてきたんだね」と。
そう思った瞬間に半年間失っていた「色」が戻った
風景に色が付いた!
瞬間の出来ごとだったそうです
正観さんは 半年間 苦しみ悩んでいた
なぜなら 生まれてきた子供を受け入れる事ができなかったからです
しかし そのとき 目の前に乗り越えるべき大きな障害や
障壁が立ちふさがっていると思っていたものが
実は幻であったということに気づいたのでした
「私自身が障害や障壁だと思っていた大きなものは
私の「認識」だけの問題だったのです
私が「慶子ちゃんよかったね。」と思えた瞬間
その問題は消滅していました
努力や苦労をして乗り越えたのではなく
ある瞬間に消滅したのです
乗り越えたのではありません
乗り越える必要がない状態になったのでした
生まれてからわずか半年後に この慶子は私に
大きなことを教えてくれました
悩み 苦しみというのは
実はその目の前の現象を否定し
受け入れないところから生じているのだということです
私達が目の前の現象について悩んだり 苦しんだりしているときは
それを受け入れてないということなんです
否定をしているということにほかなりません」って言ってる
正観さん すごい気づきですよね!
病は気からって 昔からよく言われてたけど
風景が白黒に見えるって そうとうショックだったんだと思う
正観さんは半年間 自分の娘が障害児だということを
受け入れることができず 否定してきた
否定することによって 目の前に大きな障壁が
出来上がったんですね。
でも長女を受け入れたとき その障壁が消滅した
世間で言う 目の前に立ちふさがった大きな壁とか
あなたの前に立ちふさがる壁は必ず乗り越えられるとか
そういう言葉ってあるけど
ひょっとしたら 全ての事柄 出来事を
その人が どう捉えるかで
壁があったり 無かったりしているのかもしれない
っていうか もともと障壁などなかったところに
否定することによって 幻想の障壁が出来上がったんでしょうね。
また 正観さんは 起こる現象は全てゼロ(無)と言ってる
『基本的には「不幸」という現象はなく
ただ 自分がそう思っているだけです
これに気づいたならば私達はかなり楽な人生を送ることが
できるように思います
「こんなに辛く悲しいことがあるではありませんか」
という人がいますが
辛く悲しいことがあるのではなく
「辛く悲しい」ととっていると解釈している自分がいるだけであり
もともと現象はゼロ
何も性格を帯びていない 何も色がついていない
ということだと思います
しかし不幸や悲劇が存在するではないか と言われたときには
「現象が存在するわけではなく
本人が そう決めているだけですよね」とお答えするほかないのです。
マイナス現象というものが宇宙に存在するのではなく
マイナス現象は常に そう決めた自分の心の中にあるのです』
って言ってる
娘さんから「受け入れること」を知った正観さんの言葉には
人を納得させる力がありますよねー
バシャールも起こる出来事はすべて中庸ですって言ってたけど
今回は なんかすごく納得した
納得できるけど やっぱ嫌なことが起こったら
なんでこんなについてないんや って思ってしまう
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こんなことも書いてた
「達成目標や夢や希望も どうも なくていいようです
“持ってはいけない”と言ってるのではなくて
それに執着してしまうと
とても辛いものになるということです
夢や希望というものは“どうしても叶えたい”というよりも
“叶わなくても それはそれでよし”と思う方が
楽に生きられますよ ということなんです
それに人がどんな時に達成目標を持つかというと
“今の自分じゃいけない”“このままじゃダメだ”
“さらにもっと”って感じているときではないでしょうか
それは 今の自分を否定していることになりませんか
人間は何のために生まれてきたのでしょう
それは 幸せを感じるためなんです
幸せを感じるために高い達成目標が必要なんでしょうか?」
よくスピで言う 今のあなたがすばらしい
今のあなたの いいところも悪いところも全部含めて
あなた自身を愛してください ってよく聞く言葉だ
正観さんの言う
「人がどんな時に達成目標を持つかというと
“今の自分じゃいけない”“このままじゃダメだ”
“さらにもっと”って感じているときではないでしょうか」
って その通りだと思う
だから 僕たちが今までスピで習ってきたことは
今のあなたは すばらしい
でも もっともっと すばらしくなるために
魂のレベル(霊格)を上げましょう~ って感じだった
でもなんか スピ友見てると
霊格を上げるため?
ここで反応するってことは 自分の中の何が反応してるんだろ?
なにがいけないんだろ?って
考え出して 今のあなたは すばらしいを忘れて
僕も含めて自分を責めてる人が多いような気がする
やっぱ正観さんみたいな考え方の方が
楽だなぁ って思う
それともう一つ
「達成目標や夢や希望も どうも なくていいようです
“持ってはいけない”と言ってるのではなくて
それに執着してしまうと
とても辛いものになるということです」
これは 今までの僕にぴったりの言葉
今回のリーディングで言ってた
僕の10年越しの夢 ずーーーと夢を追いかけて
あれや これや やってきたけど
やっぱ しんどかったなぁって思う
どこがダメでこうなるんやろ?
って やっぱ自分のこと否定してたような気がする
今回のリーディングで今年中に叶いますよって言われて
今まで だめだったのに なんで急に
そんなこと言われたんだろ?って考えてみると
正観さんの言う
「夢に執着してしまうと とても辛いものになる」がヒットした
そうだ 今の僕は
自分の夢を忘れてしまうほど 大変で
夢どころじゃないやんって
その夢さえも ほとんど忘れてたっていうか
あきらめてた
それで 執着がなくなったんだ
執着がなくなって叶うって言われたような気がする
(まだ 叶ってませんが(^_^;))
叶えたい夢に執着しなくなった時に自然と夢は叶うんです
って言葉 どこかで聞いたような気がする
でも正観さん!
叶わなくても それでよし って考え方は
ひょっとして執着を簡単に捨てることができる
一番簡単な 夢の叶え方を言ってるのかもしんないですねー(°д°)
僕も 今はこんな感じになってるような気がする
叶ったら もっと楽しくなるだろうなぁって感じ
ひょっとして叶わなかったら
ショック∑(O_O;) 少なくて済むしね~~~(๑≧౪≦)
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
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“持ってはいけない”と言ってるのではなくて
それに執着してしまうと
とても辛いものになるということです
夢や希望というものは“どうしても叶えたい”というよりも
“叶わなくても それはそれでよし”と思う方が
楽に生きられますよ ということなんです
それに人がどんな時に達成目標を持つかというと
“今の自分じゃいけない”“このままじゃダメだ”
“さらにもっと”って感じているときではないでしょうか
それは 今の自分を否定していることになりませんか
人間は何のために生まれてきたのでしょう
それは 幸せを感じるためなんです
幸せを感じるために高い達成目標が必要なんでしょうか?」
よくスピで言う 今のあなたがすばらしい
今のあなたの いいところも悪いところも全部含めて
あなた自身を愛してください ってよく聞く言葉だ
正観さんの言う
「人がどんな時に達成目標を持つかというと
“今の自分じゃいけない”“このままじゃダメだ”
“さらにもっと”って感じているときではないでしょうか」
って その通りだと思う
だから 僕たちが今までスピで習ってきたことは
今のあなたは すばらしい
でも もっともっと すばらしくなるために
魂のレベル(霊格)を上げましょう~ って感じだった
でもなんか スピ友見てると
霊格を上げるため?
ここで反応するってことは 自分の中の何が反応してるんだろ?
なにがいけないんだろ?って
考え出して 今のあなたは すばらしいを忘れて
僕も含めて自分を責めてる人が多いような気がする
やっぱ正観さんみたいな考え方の方が
楽だなぁ って思う
それともう一つ
「達成目標や夢や希望も どうも なくていいようです
“持ってはいけない”と言ってるのではなくて
それに執着してしまうと
とても辛いものになるということです」
これは 今までの僕にぴったりの言葉
今回のリーディングで言ってた
僕の10年越しの夢 ずーーーと夢を追いかけて
あれや これや やってきたけど
やっぱ しんどかったなぁって思う
どこがダメでこうなるんやろ?
って やっぱ自分のこと否定してたような気がする
今回のリーディングで今年中に叶いますよって言われて
今まで だめだったのに なんで急に
そんなこと言われたんだろ?って考えてみると
正観さんの言う
「夢に執着してしまうと とても辛いものになる」がヒットした
そうだ 今の僕は
自分の夢を忘れてしまうほど 大変で
夢どころじゃないやんって
その夢さえも ほとんど忘れてたっていうか
あきらめてた
それで 執着がなくなったんだ
執着がなくなって叶うって言われたような気がする
(まだ 叶ってませんが(^_^;))
叶えたい夢に執着しなくなった時に自然と夢は叶うんです
って言葉 どこかで聞いたような気がする
でも正観さん!
叶わなくても それでよし って考え方は
ひょっとして執着を簡単に捨てることができる
一番簡単な 夢の叶え方を言ってるのかもしんないですねー(°д°)
僕も 今はこんな感じになってるような気がする
叶ったら もっと楽しくなるだろうなぁって感じ
ひょっとして叶わなかったら
ショック∑(O_O;) 少なくて済むしね~~~(๑≧౪≦)
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ホント 久々のブログですー(^_^;)
4月に晴子さんのチャクラリーディングに行ってきたんですが
リーディングはもう20回目になりました!(°д°)!
初めて行ったのが2002年だから もう13年も行ってます
でも 今 あの頃を振り返れば
ホント成長したなぁ~~~僕!って思います
生きてたら 色んな事(事件)が起こるし
いろんな出会いがあったり 別れがあったり…
それもこれも
ほんと前向きに ポジティブに考えるようになったよなぁ
って 思います(今だに なんでやねん!って思うこともあるけど(^_^;))
これもひとえに晴子さんや嫁さん
スピ大好きな友達 いろんな本やビデオを見てきたからかなぁ
って みんなと自分に感謝してます(^-^)
今回のリーディングは いつもと違ってました
っていうのも
リーディングに行きはじめた頃の10年越しの僕の夢が
今年中に叶うって言われたことと
今現在の夢も今年中に叶うって言われました!\(゜□゜)/
10年越しの夢は ガイドからあ~しなさい
こ~しなさい って言われ続け
クリアしたと思ってても ダメダメダメで
もう ほとんど あきらめて 忘れかけてたほどでしたー
ところが 今回のリーディングで急に今年中に叶うって言われ
半信半疑で 今の時点でも5~6割ぐらいしか信用してません(°∀°)b
いや ほとんど信用してないかも!(≧◇≦)
だって10年越しの夢って 突拍子もない夢だからです
『今年中にできますよ
私達が本当にあなたを励まそうと思って
申し上げているのではないとことを
あなたは知っているはずです…
ですが もう 道は決まっています。』
って言われた。
『あなたを励まそうと思って 申し上げてるのではない』
って事と
『もう 道は決まっています。』
ってのを聞いて
小林正観さんが「人生は自分が書いたシナリオ」
って言ってたのを思い出した。
自分が生まれてから 死ぬまで
詳細にシナリオを決めてきてて
そのシナリオ通り 人生を歩んでいくらしい
今まで なぜか小林正観さんの本は一度も買ったことがなかった
前の職場では 何度か見かけて流し読みしてた位
今回は リーディングの予言が半信半疑なので
人生は決められてるって書いてる小林正観さんの本を
買うことにした
それも その内容がたくさん書いてる本~(~_~;)
人生が決められてるのなら
ガイドが言う『もう道はきめられています』の
未来のその道を ガイドが見て話してるんだーって
信じる事が出来るからだ
本屋さんで探してみると
『楽しい人生を生きる 宇宙法則』って本が
いちばんたくさん書いてたので買った
これも 今が僕にとって読むタイミングなんでしょうね(*^-^*)
正観さんの本を読み進めてくと
ちょっとビックリするようなことが書いてあった
「どうも私たちは 自分の頭の中に一生分のデータが入っていて
自分の毎日 日々の暮らしが すべてインプットされている
単にそれを読み取っているのが“今”らしいのです。」
って 毎日の暮らしまで決まっているらしい!
今日玄関を出て 右に行くのか 左に行くのかもだ!
・・・つづく(^-^)

4月に晴子さんのチャクラリーディングに行ってきたんですが
リーディングはもう20回目になりました!(°д°)!
初めて行ったのが2002年だから もう13年も行ってます
でも 今 あの頃を振り返れば
ホント成長したなぁ~~~僕!って思います
生きてたら 色んな事(事件)が起こるし
いろんな出会いがあったり 別れがあったり…
それもこれも
ほんと前向きに ポジティブに考えるようになったよなぁ
って 思います(今だに なんでやねん!って思うこともあるけど(^_^;))
これもひとえに晴子さんや嫁さん
スピ大好きな友達 いろんな本やビデオを見てきたからかなぁ
って みんなと自分に感謝してます(^-^)
今回のリーディングは いつもと違ってました
っていうのも
リーディングに行きはじめた頃の10年越しの僕の夢が
今年中に叶うって言われたことと
今現在の夢も今年中に叶うって言われました!\(゜□゜)/
10年越しの夢は ガイドからあ~しなさい
こ~しなさい って言われ続け
クリアしたと思ってても ダメダメダメで
もう ほとんど あきらめて 忘れかけてたほどでしたー
ところが 今回のリーディングで急に今年中に叶うって言われ
半信半疑で 今の時点でも5~6割ぐらいしか信用してません(°∀°)b
いや ほとんど信用してないかも!(≧◇≦)
だって10年越しの夢って 突拍子もない夢だからです
『今年中にできますよ
私達が本当にあなたを励まそうと思って
申し上げているのではないとことを
あなたは知っているはずです…
ですが もう 道は決まっています。』
って言われた。
『あなたを励まそうと思って 申し上げてるのではない』
って事と
『もう 道は決まっています。』
ってのを聞いて
小林正観さんが「人生は自分が書いたシナリオ」
って言ってたのを思い出した。
自分が生まれてから 死ぬまで
詳細にシナリオを決めてきてて
そのシナリオ通り 人生を歩んでいくらしい
今まで なぜか小林正観さんの本は一度も買ったことがなかった
前の職場では 何度か見かけて流し読みしてた位
今回は リーディングの予言が半信半疑なので
人生は決められてるって書いてる小林正観さんの本を
買うことにした
それも その内容がたくさん書いてる本~(~_~;)
人生が決められてるのなら
ガイドが言う『もう道はきめられています』の
未来のその道を ガイドが見て話してるんだーって
信じる事が出来るからだ
本屋さんで探してみると
『楽しい人生を生きる 宇宙法則』って本が
いちばんたくさん書いてたので買った
これも 今が僕にとって読むタイミングなんでしょうね(*^-^*)
正観さんの本を読み進めてくと
ちょっとビックリするようなことが書いてあった
「どうも私たちは 自分の頭の中に一生分のデータが入っていて
自分の毎日 日々の暮らしが すべてインプットされている
単にそれを読み取っているのが“今”らしいのです。」
って 毎日の暮らしまで決まっているらしい!
今日玄関を出て 右に行くのか 左に行くのかもだ!
・・・つづく(^-^)

久々のブログです(^_^;)
スピリチュアルな名言集に
とってもいい言葉があったので紹介しま~す!
実はこの本 持ってるんですが
字が細かすぎて 読むの躊躇してたとこでしたー
今度 機会があれば読もうかなぁ・・・(~o~)
『あなたが経験するあらゆることは、
あなたが自分を裁かずに自分の本当の姿に気づくための、
とても貴重なきっかけになりうるのです。
あなたが他の人たちを素敵だと思うときも、
〈鏡の技法〉を使って自分に気づくための良いきっかけとなります。
たとえば、あなたがある人の性格を
素晴らしいと思ってあこがれるとき、
自分自身はとてもそんな性格をしているとは思いません。
でも、たとえば、あなたがある人の優しさ、思いやり、
几帳面さなどにあこがれるときは、
実はあなたの中にもそれと同じ優しさや
思いやりや几帳面さがあるのです。
イエスも「あなたが他人の中に見るものは、
すべてあなたの中に、もっとたくさん存在している」
という意味のことを言っています。
つまり、あなたがあこがれる他人の一面は、
もっとたくさんあなたの中にあるのです。
これは素敵なことではないでしょうか?
ですから、あなたがある人の優しさにあこがれるとき、
あなたの中にはそれ以上の優しさがあると言ってよいのです。
でも、あなたはきっとこう思っているはずです。
「そんなことはありえないわ。だって、
あの人と同じくらいの優しさが私にあれば、
それがふだんの生活の中で現われないはずはないもの。」
実は、あなたの中にある恐れが、
その優しさを受け入れることを難しくしているのです。
それは、その怖れが、
あなたの中の欠点を受け入れるのを
難しくしているのとまったく同じことなのです。
でも、あなたが自分の美質を認めないというのは
奇妙なことではありませんか?
どうしてなりたい自分になろうとしないのでしょうか?』
◆◆ からだの声を聞きなさい2 リズブルボー ◆◆
『あなたがあこがれる他人の一面は、
もっとたくさんあなたの中にあるのです。』かぁ・・・
自分のあこがれる人が 自分の中にある?
なんでなんやろ?
鏡の法則で はっと 納得したことがあった
『一匹の犬を見た時
かわいいと思う人もいれば 怖いって思う人もいる』
その感情って 自分の心の中を映し出してるんだ!ってこと
一人の人は 子供の頃 ワンちゃんに噛まれたことがあるかもしんない
もう一人の人は ワンちゃんを子供の頃から
可愛がって育ててたかもしんない
でも その人の心で思ってることが
ワンちゃんを見たときに感じる感情
人や動物や物を見た時に感じる感情って
やっぱ 自分の心の中を映し出してるんだなぁって思う
だから もし あこがれる人が居るとすれば
その あこがれる人の その部分が自分の中にあるんだ。
だいぶ以前のリーディング(7・8年前)で
『あなたの尊敬する人を5人 紙に書いてみてください
そして その尊敬する人を なぜ尊敬するか紙に書き出してください
その書き出したことが あなたの中にあります』
って言われたことがあった。
その時は 半信半疑で書き出してみたけど
今になって思い返すと ほんとそうだったなぁって思う
リズブルボーは
『でも、あなたはきっとこう思っているはずです。
「そんなことはありえないわ。だって、
あの人と同じくらいの優しさが私にあれば、
それがふだんの生活の中で現われないはずはないもの。」
実は、あなたの中にある恐れが、
その優しさを受け入れることを難しくしているのです。』
って言ってる
『恐れ??』
なんで恐れるんやろ?
って考えてると
僕の尊敬する人のことを考えてみた
そうそう 不良牧師アーサーホーランドだ!
彼は イエスキリストの存在を知って
アルタ前の横断歩道で 道行く大勢の人たちに
『あなたは愛されている』って言葉を
毎日毎日 投げかけた
今もなお牧師を続けていて
ハーレーに革ジャン サングラスと背中には入れ墨を
入れた牧師さんだ
やることはハチャメチャだけど
苦しんでいる人をどうにかして救おうっていう
大きな愛が ほんとうにカッコイイ!
恐れって 僕は彼がしたように
大勢が行き交う横断歩道で
『あなたは 愛されている』って言えるだろうか
絶対ムリ!!!!ヽ(;▽;)ノ
今の例は極端だったけど
自分の中に優しさがあるってことを
認める恐れ・・・?
なんで 自分の中の優しさを認めるのが恐怖なんだろ?
過去に人に優しくして
『おせっかいやねん!』って言われたり
人に優しくして 初めは ありがとうって感謝されたけど
それが 相手にとって当たり前になって
もっと もっと ってなって
逆に こっちが しんどくなる?
相手の期待に応えられるのかの重圧?
上記の3つは
僕が考えてもわかんなかったので
嫁さんに聞きましたー(^_^;)
だって こんなこと言われたり
考えたりしたことなかったから
わかりませんでしたー\(^o^)/
でも 私 冷たいねん って自分に言うより
私は 永久ホッカイロのように 暖かいのよ~って自分に言う方が
楽しい人生になるかもーーー!!!
僕も そう言いながら 人生歩んでいきま~す!!\(^^@)/
もう 人に言いまくってるけど~о(ж>▽<)y ☆
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実はこの本 持ってるんですが
字が細かすぎて 読むの躊躇してたとこでしたー
今度 機会があれば読もうかなぁ・・・(~o~)
『あなたが経験するあらゆることは、
あなたが自分を裁かずに自分の本当の姿に気づくための、
とても貴重なきっかけになりうるのです。
あなたが他の人たちを素敵だと思うときも、
〈鏡の技法〉を使って自分に気づくための良いきっかけとなります。
たとえば、あなたがある人の性格を
素晴らしいと思ってあこがれるとき、
自分自身はとてもそんな性格をしているとは思いません。
でも、たとえば、あなたがある人の優しさ、思いやり、
几帳面さなどにあこがれるときは、
実はあなたの中にもそれと同じ優しさや
思いやりや几帳面さがあるのです。
イエスも「あなたが他人の中に見るものは、
すべてあなたの中に、もっとたくさん存在している」
という意味のことを言っています。
つまり、あなたがあこがれる他人の一面は、
もっとたくさんあなたの中にあるのです。
これは素敵なことではないでしょうか?
ですから、あなたがある人の優しさにあこがれるとき、
あなたの中にはそれ以上の優しさがあると言ってよいのです。
でも、あなたはきっとこう思っているはずです。
「そんなことはありえないわ。だって、
あの人と同じくらいの優しさが私にあれば、
それがふだんの生活の中で現われないはずはないもの。」
実は、あなたの中にある恐れが、
その優しさを受け入れることを難しくしているのです。
それは、その怖れが、
あなたの中の欠点を受け入れるのを
難しくしているのとまったく同じことなのです。
でも、あなたが自分の美質を認めないというのは
奇妙なことではありませんか?
どうしてなりたい自分になろうとしないのでしょうか?』
◆◆ からだの声を聞きなさい2 リズブルボー ◆◆
『あなたがあこがれる他人の一面は、
もっとたくさんあなたの中にあるのです。』かぁ・・・
自分のあこがれる人が 自分の中にある?
なんでなんやろ?
鏡の法則で はっと 納得したことがあった
『一匹の犬を見た時
かわいいと思う人もいれば 怖いって思う人もいる』
その感情って 自分の心の中を映し出してるんだ!ってこと
一人の人は 子供の頃 ワンちゃんに噛まれたことがあるかもしんない
もう一人の人は ワンちゃんを子供の頃から
可愛がって育ててたかもしんない
でも その人の心で思ってることが
ワンちゃんを見たときに感じる感情
人や動物や物を見た時に感じる感情って
やっぱ 自分の心の中を映し出してるんだなぁって思う
だから もし あこがれる人が居るとすれば
その あこがれる人の その部分が自分の中にあるんだ。
だいぶ以前のリーディング(7・8年前)で
『あなたの尊敬する人を5人 紙に書いてみてください
そして その尊敬する人を なぜ尊敬するか紙に書き出してください
その書き出したことが あなたの中にあります』
って言われたことがあった。
その時は 半信半疑で書き出してみたけど
今になって思い返すと ほんとそうだったなぁって思う
リズブルボーは
『でも、あなたはきっとこう思っているはずです。
「そんなことはありえないわ。だって、
あの人と同じくらいの優しさが私にあれば、
それがふだんの生活の中で現われないはずはないもの。」
実は、あなたの中にある恐れが、
その優しさを受け入れることを難しくしているのです。』
って言ってる
『恐れ??』
なんで恐れるんやろ?
って考えてると
僕の尊敬する人のことを考えてみた
そうそう 不良牧師アーサーホーランドだ!
彼は イエスキリストの存在を知って
アルタ前の横断歩道で 道行く大勢の人たちに
『あなたは愛されている』って言葉を
毎日毎日 投げかけた
今もなお牧師を続けていて
ハーレーに革ジャン サングラスと背中には入れ墨を
入れた牧師さんだ
やることはハチャメチャだけど
苦しんでいる人をどうにかして救おうっていう
大きな愛が ほんとうにカッコイイ!
恐れって 僕は彼がしたように
大勢が行き交う横断歩道で
『あなたは 愛されている』って言えるだろうか
絶対ムリ!!!!ヽ(;▽;)ノ
今の例は極端だったけど
自分の中に優しさがあるってことを
認める恐れ・・・?
なんで 自分の中の優しさを認めるのが恐怖なんだろ?
過去に人に優しくして
『おせっかいやねん!』って言われたり
人に優しくして 初めは ありがとうって感謝されたけど
それが 相手にとって当たり前になって
もっと もっと ってなって
逆に こっちが しんどくなる?
相手の期待に応えられるのかの重圧?
上記の3つは
僕が考えてもわかんなかったので
嫁さんに聞きましたー(^_^;)
だって こんなこと言われたり
考えたりしたことなかったから
わかりませんでしたー\(^o^)/
でも 私 冷たいねん って自分に言うより
私は 永久ホッカイロのように 暖かいのよ~って自分に言う方が
楽しい人生になるかもーーー!!!
僕も そう言いながら 人生歩んでいきま~す!!\(^^@)/
もう 人に言いまくってるけど~о(ж>▽<)y ☆
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
このブログ passionは
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解除は00619356u@merumo.ne.jp に空メールでできま~す。
バシャールが暗闇について
話してたので 紹介しま~す!
『あなたは自分が望むだけの暗闇を経験することが
できることを光によって許容されているのです
それは光が知っているからです
光というものが 光として認識されるためには
それと比較する 闇というものがなければ
光として 認識されないということを
ですから 光は無条件に闇をも愛しています
なぜならば 光は知っているからです
闇が存在しなければ 光というものも
存在しないということを
光を認識できないということを
あなたが闇を無条件に愛している時には
その暗闇を経験する必要がなくなります
なぜならば
闇というものも 光と同じように
有効なものとして 扱っているからです
これは大きなパラドックス(逆説)ですが
これが情熱に従って生きる
というスキルの中に含まれているアイディアなんです
あなたが闇を恐れているからこそ
恐れによって あなたは 闇と同じ方向を向いてしまい
その結果 暗闇の経験をするのです
あなたが暗闇をも無条件に愛することによって
闇が透明になり あなたは光を見たり
光を経験することができるわけです
この地上の多くの人たちは暗闇というものを
考えてみるだけで もうすでに震え始めてしまいます
そしてこの地上の多くの人たちが
対立 葛藤 痛みということを考えてみるだけで
自分は弱くて無力な存在であるというふうに
考え始めてしまいます
しかし その人たちがその闇という考えに
抵抗すればするほど
奥深く 闇の中に引っ張られてしまうんです
そしてその人が 闇への恐れにどんどん
引っ張られて 行けば行くほど
闇への恐れが どんどん大きくなっていきます
やがてその人は 自分の人生が
暗闇でいっぱいになってしまい
この暗黒から脱出することができないというふうに
感じ始めるまでになります
そうなると 恐れによって死ぬ以外の脱出はできない
というふうに見えてきます
とても怖い感じがしますね
そしてみなさんのうちの多くが
ちょっと怖い思いをすることを楽しんでおられます
だからこの地上にはゴーストのお話とか
ジェットコースターがあるわけです
自分は大丈夫なんだということを
信じていられるならば ちょっと怖い思いをすることは
楽しいことです
最終的には光のところへ戻っていくライフラインが残っている
ということを知っているならば
ちょっと闇の中を旅してみるのもおもしろいものです
私は保証します
たとえ どんなに暗く見える状況であったとしても
あなたは常に光とのライフラインが結ばれています
どうしてそうなのかがわかるのでしょうか
光は闇が存在しなければ存在することができない
ということは同様に
闇も光が存在しなければ存在できないからです
これがこの地上にある陰と陽のシンボル
あの対極図の意味です(タオのマーク)

光があり 闇がある
そして光の中にも ちょっとした暗闇があり
また暗闇の中にもちょっとした光がある
この光の中 白の中に見える暗闇の一点
また闇の中 この黒の中に見える光の点
これは選択の自由を表しています
それは あなたが光の中に存在しているときでも
闇とつながることができる
また あなたが闇の中にいるときでも
光とつながることができる
あなたがそうすることを選択しさえすれば
それは可能であるということです
光と闇は 永遠にお互いに絡み合っています
分かち難い存在です
ですから どれだけ暗い状況に見えたとしても
常に光とつながることができます
なぜならば 闇は光とつながることができなければ
存在することが不可能だからです
これが存在そのものが持っている特質です
光と闇 その両方がなければ
存在そのものが 存在し得ないからです
あなたが存在なさっているならば
あなたは 存在していると仮定して
okだと私達は思いますけど
あなたが存在しているということは
常に光と闇があるのであり そして
光と闇というのは
永遠にお互いに絡み合い 結ばれ合っているものである
ということ
だからこそ常に光から闇に行く機会があるし
闇から光に行く機会がある
何故ならば 光と闇はお互いが存在しなければ
存在し得ないからです
光と闇とのあいだに つながりがあるだけでなく
片方は片方を創造(クリエイション)しているんです
お互いに創り合っているんです
光という概念は 闇という概念がなければ存在できません
闇という概念も 光という概念がなければ存在できない
そうでなければ お互いの存在が無になってしまいます
闇は光がなければ存在できない
光は闇がなければ存在できない
ということは
あなたの中にも光と闇の両方があるということがわかります
あなたの中に両方あるのだとすれば
あなたは常にその両方とアクセスすることができます
光と闇が一緒になったもの
それこそが
無条件の愛 独特の波動だからです
そしてみなさんひとりひとりの独特の波動というのは
ありとあらゆる存在するもののすべての持っている
ひとつの独特の波動(シグネチャーバイブレーション)
からできているからです
つまりその唯一の存在
その中にあるものは多くのものの中にあるし
また多くの中に存在しているものは
その唯一の存在の中にもあるわけです』
どんなに真っ暗闇で どうしようもない状況だったとしても
必ず 光はあるんでしょうね
でも 光なんかどこにもないやん!!!
って思ってしまう
それは 光を探してないから?
こんな状況で探すことなんかできひんわ!
って自分の心が言う
せやなぁー でも あるんよ。
光あるところには闇があるし
闇があるところには 光があるから
ふーーーん
でも 真っ暗闇の中にずっといたからこそ
人の ほんのちょっとした温かい言葉や 心に
心が打たれる程 感謝できる。
この 心打たれるほど感謝できる気持ちが芽生えたのは
暗闇があったからこそ
ずっと光の中に居たとしたら
これほどまでに 感謝できただろうか・・・
だから 暗闇を愛せ なんかなぁ・・・
試しに暗闇を愛してみまーーーす!
どんな風になるんやろ?
バシャールは暗闇を経験する必要がなくなります
とか言ってたけど
ほんまなんやろかー???
話してたので 紹介しま~す!
『あなたは自分が望むだけの暗闇を経験することが
できることを光によって許容されているのです
それは光が知っているからです
光というものが 光として認識されるためには
それと比較する 闇というものがなければ
光として 認識されないということを
ですから 光は無条件に闇をも愛しています
なぜならば 光は知っているからです
闇が存在しなければ 光というものも
存在しないということを
光を認識できないということを
あなたが闇を無条件に愛している時には
その暗闇を経験する必要がなくなります
なぜならば
闇というものも 光と同じように
有効なものとして 扱っているからです
これは大きなパラドックス(逆説)ですが
これが情熱に従って生きる
というスキルの中に含まれているアイディアなんです
あなたが闇を恐れているからこそ
恐れによって あなたは 闇と同じ方向を向いてしまい
その結果 暗闇の経験をするのです
あなたが暗闇をも無条件に愛することによって
闇が透明になり あなたは光を見たり
光を経験することができるわけです
この地上の多くの人たちは暗闇というものを
考えてみるだけで もうすでに震え始めてしまいます
そしてこの地上の多くの人たちが
対立 葛藤 痛みということを考えてみるだけで
自分は弱くて無力な存在であるというふうに
考え始めてしまいます
しかし その人たちがその闇という考えに
抵抗すればするほど
奥深く 闇の中に引っ張られてしまうんです
そしてその人が 闇への恐れにどんどん
引っ張られて 行けば行くほど
闇への恐れが どんどん大きくなっていきます
やがてその人は 自分の人生が
暗闇でいっぱいになってしまい
この暗黒から脱出することができないというふうに
感じ始めるまでになります
そうなると 恐れによって死ぬ以外の脱出はできない
というふうに見えてきます
とても怖い感じがしますね
そしてみなさんのうちの多くが
ちょっと怖い思いをすることを楽しんでおられます
だからこの地上にはゴーストのお話とか
ジェットコースターがあるわけです
自分は大丈夫なんだということを
信じていられるならば ちょっと怖い思いをすることは
楽しいことです
最終的には光のところへ戻っていくライフラインが残っている
ということを知っているならば
ちょっと闇の中を旅してみるのもおもしろいものです
私は保証します
たとえ どんなに暗く見える状況であったとしても
あなたは常に光とのライフラインが結ばれています
どうしてそうなのかがわかるのでしょうか
光は闇が存在しなければ存在することができない
ということは同様に
闇も光が存在しなければ存在できないからです
これがこの地上にある陰と陽のシンボル
あの対極図の意味です(タオのマーク)

光があり 闇がある
そして光の中にも ちょっとした暗闇があり
また暗闇の中にもちょっとした光がある
この光の中 白の中に見える暗闇の一点
また闇の中 この黒の中に見える光の点
これは選択の自由を表しています
それは あなたが光の中に存在しているときでも
闇とつながることができる
また あなたが闇の中にいるときでも
光とつながることができる
あなたがそうすることを選択しさえすれば
それは可能であるということです
光と闇は 永遠にお互いに絡み合っています
分かち難い存在です
ですから どれだけ暗い状況に見えたとしても
常に光とつながることができます
なぜならば 闇は光とつながることができなければ
存在することが不可能だからです
これが存在そのものが持っている特質です
光と闇 その両方がなければ
存在そのものが 存在し得ないからです
あなたが存在なさっているならば
あなたは 存在していると仮定して
okだと私達は思いますけど
あなたが存在しているということは
常に光と闇があるのであり そして
光と闇というのは
永遠にお互いに絡み合い 結ばれ合っているものである
ということ
だからこそ常に光から闇に行く機会があるし
闇から光に行く機会がある
何故ならば 光と闇はお互いが存在しなければ
存在し得ないからです
光と闇とのあいだに つながりがあるだけでなく
片方は片方を創造(クリエイション)しているんです
お互いに創り合っているんです
光という概念は 闇という概念がなければ存在できません
闇という概念も 光という概念がなければ存在できない
そうでなければ お互いの存在が無になってしまいます
闇は光がなければ存在できない
光は闇がなければ存在できない
ということは
あなたの中にも光と闇の両方があるということがわかります
あなたの中に両方あるのだとすれば
あなたは常にその両方とアクセスすることができます
光と闇が一緒になったもの
それこそが
無条件の愛 独特の波動だからです
そしてみなさんひとりひとりの独特の波動というのは
ありとあらゆる存在するもののすべての持っている
ひとつの独特の波動(シグネチャーバイブレーション)
からできているからです
つまりその唯一の存在
その中にあるものは多くのものの中にあるし
また多くの中に存在しているものは
その唯一の存在の中にもあるわけです』
どんなに真っ暗闇で どうしようもない状況だったとしても
必ず 光はあるんでしょうね
でも 光なんかどこにもないやん!!!
って思ってしまう
それは 光を探してないから?
こんな状況で探すことなんかできひんわ!
って自分の心が言う
せやなぁー でも あるんよ。
光あるところには闇があるし
闇があるところには 光があるから
ふーーーん
でも 真っ暗闇の中にずっといたからこそ
人の ほんのちょっとした温かい言葉や 心に
心が打たれる程 感謝できる。
この 心打たれるほど感謝できる気持ちが芽生えたのは
暗闇があったからこそ
ずっと光の中に居たとしたら
これほどまでに 感謝できただろうか・・・
だから 暗闇を愛せ なんかなぁ・・・
試しに暗闇を愛してみまーーーす!
どんな風になるんやろ?
バシャールは暗闇を経験する必要がなくなります
とか言ってたけど
ほんまなんやろかー???
昨日 お友だちの もめた話を聞いた
sさんとkさんが2年前から予約してた(予約して2年待ち)
占い なんだけど
急遽 kさんが最近忙しいのでキャンセルするって
sさんに言ってきた
sさんはkさんに 一緒に行ってくれる人探すから
占いの所には キャンセルの電話は入れないでって言ったそうだ
sさんはkさんの代わりに一緒に行く人を探し
いろいろあたって一緒に行く人を探しあてた
当日 占いのお店に向かってる途中
占いのお店から電話があって
kさん今日キャンセルなんですね と確認があった
そうなんですが kさんの代わりに
連れてきたので 予約の時間でお願いしますと返事したら
占いの店の方が驚いて それでもなんとか都合をつけて
1時間遅れで二人とも受けることができたそうだ
sさんはkさんに キャンセルの電話入れないでと言ったにもかかわらず
kさんは電話を入れたようだった
sさんは そのことにショックを受けてた
僕はその話を聞いて
kさんは嫌がらせでそんなことしたんじゃないって思うよ
話聞いてなかったか
ボケてただけなんじゃないんかな?
ってメールしたら
以前からのsさんとkさんのメールのやり取りで
kさんがsさんを責める内容だったそうだ
kさんは今 幸せじゃないんだ
僕はそれを聞いて
子供がダダこねてるって目で見てたら
感情が揺れることなくなるよってメールしたら
ムリって内容のメールだった
僕はその日の夜に夢を見た
そういえば もし僕がsさんと同じ立場ならどうなんだろ?
たぶん僕だったら
キャンセル電話いれんといてって言ったのに
なんで入れたん?
電話入れられたおかげで ほんま大変やったわ
って言ってたと思う
僕は sさんにそうメールしたらって
kさんに対しての怒り半分で
メールしようとしたところで目が覚めた
(ここから前回のブログの話に戻ります)
あっ そうか
僕はAのこと まだ怒ってるんや
sさんには 子供がダダこねてるって目で見たら?
って言ったけど
僕はAをそんな風には見ることが出来ず
なんで そんなこと言ったんってAに言いたいんや
僕がsさんにアドバイスしたことは
実は自分に言ってたんや
sさんとkさんのいざこざ
これも僕の鏡やんかって思った
なんか 僕の鏡を演じるためにsさんは嫌な思いしたん?
って気持ちになった
自分の内面を見たければ
自分の周りを見れば一目瞭然ですって言葉を思い出した
今 僕の心が嫌なことでいっぱいになってたから
僕の鏡である周りにいる人 sさんや kさんのいざこざが勃発した?
なんか悪いことしたなぁって二人に思った
こんなことに気づいても
僕の怒りは収まっていないなぁ…
このままだと 正月はAと会うことはないだろうなぁ
まっ いいか(*^-^*)
怒りが収まってから また考えよ~っと(~o~)
最後に一句
『自分の鏡のあなたが嫌な思いをしてる時
僕の心は嫌なことでいっぱいだよ
だって 僕の鏡があなただから
だから あなたを幸せにするために
まずは私の心を幸せにします』
sさんとkさんが2年前から予約してた(予約して2年待ち)
占い なんだけど
急遽 kさんが最近忙しいのでキャンセルするって
sさんに言ってきた
sさんはkさんに 一緒に行ってくれる人探すから
占いの所には キャンセルの電話は入れないでって言ったそうだ
sさんはkさんの代わりに一緒に行く人を探し
いろいろあたって一緒に行く人を探しあてた
当日 占いのお店に向かってる途中
占いのお店から電話があって
kさん今日キャンセルなんですね と確認があった
そうなんですが kさんの代わりに
連れてきたので 予約の時間でお願いしますと返事したら
占いの店の方が驚いて それでもなんとか都合をつけて
1時間遅れで二人とも受けることができたそうだ
sさんはkさんに キャンセルの電話入れないでと言ったにもかかわらず
kさんは電話を入れたようだった
sさんは そのことにショックを受けてた
僕はその話を聞いて
kさんは嫌がらせでそんなことしたんじゃないって思うよ
話聞いてなかったか
ボケてただけなんじゃないんかな?
ってメールしたら
以前からのsさんとkさんのメールのやり取りで
kさんがsさんを責める内容だったそうだ
kさんは今 幸せじゃないんだ
僕はそれを聞いて
子供がダダこねてるって目で見てたら
感情が揺れることなくなるよってメールしたら
ムリって内容のメールだった
僕はその日の夜に夢を見た
そういえば もし僕がsさんと同じ立場ならどうなんだろ?
たぶん僕だったら
キャンセル電話いれんといてって言ったのに
なんで入れたん?
電話入れられたおかげで ほんま大変やったわ
って言ってたと思う
僕は sさんにそうメールしたらって
kさんに対しての怒り半分で
メールしようとしたところで目が覚めた
(ここから前回のブログの話に戻ります)
あっ そうか
僕はAのこと まだ怒ってるんや
sさんには 子供がダダこねてるって目で見たら?
って言ったけど
僕はAをそんな風には見ることが出来ず
なんで そんなこと言ったんってAに言いたいんや
僕がsさんにアドバイスしたことは
実は自分に言ってたんや
sさんとkさんのいざこざ
これも僕の鏡やんかって思った
なんか 僕の鏡を演じるためにsさんは嫌な思いしたん?
って気持ちになった
自分の内面を見たければ
自分の周りを見れば一目瞭然ですって言葉を思い出した
今 僕の心が嫌なことでいっぱいになってたから
僕の鏡である周りにいる人 sさんや kさんのいざこざが勃発した?
なんか悪いことしたなぁって二人に思った
こんなことに気づいても
僕の怒りは収まっていないなぁ…
このままだと 正月はAと会うことはないだろうなぁ
まっ いいか(*^-^*)
怒りが収まってから また考えよ~っと(~o~)
最後に一句
『自分の鏡のあなたが嫌な思いをしてる時
僕の心は嫌なことでいっぱいだよ
だって 僕の鏡があなただから
だから あなたを幸せにするために
まずは私の心を幸せにします』
そうこうしてるうちに2ヶ月が経った
ある時 嫁さんと軽い喧嘩をした
その時 嫁さんに
『僕の言ってること間違ってる!?』って言ってしまった
その時 気付いた
あっ そうやわ
僕はいつも 自分の言ってることは正しいって思ってる
何かの話を人にする時 特に嫁さんには
自分の言ってることが正しいって
思いながら言ってることに気づいた
そう言えば
ずーと前 母の行ってるキリスト教の教会の
信者さんの家での集まりがあった
牧師さんも来ていた
その時僕は
世の中にはいろんな宗教があるけど
神様は その人の心を見てるんだと思うんです
だから どんな宗教に入ってても 無宗教でもいいんだと思うんです
ってことを 牧師さんの目の前で言ったことを思い出した
完全に自分の言ってることが正しいって思ってる
その上 信者さんや 牧師さんまでも非難してる
その事を思い出した
Aと一緒やん
Aは自分の言ってることは 完全に正しいって思ってる
僕がAに言われて不快に思ったこと
信者さんや 牧師さんも 同じように不快に思ったんだろうな・・・
今になって なんであんなこと言ってしまったんだろうって
今頃 気づいた
やっぱ Aと僕は鏡だったんだ
すると その気づいたあくる日 Aからメールがあった
この2ヶ月間 全く連絡がなかったのにだ!
こんなん沢山もらったんだけど いる?
って感じのメールだった
Aは 僕が怒ってるって思って メールしてきたんだと思う
僕は 鏡に気づいたにも関わらず 正月に会おうって
感じでメールを返した
今は会いたくないからだ
なかなか どーして 鏡に気づくのと 許すのとは違うなぁー
Aを許すのは 自分を許すこと
それと カルマ?の解消 ってことになるんかなぁ
でも 生きてく中で いろんな事が起こるけど
みーーーーーんな なんらかの意味があって
それを 考えてくと いつか答えが出てくるなぁって思うなぁ
それって 人にずばり言われても
(たとえばAは これこれこーであんたそのものやん)
って言われても否定して 気づかないけど
自分で考えて 考えて 考えて してたら
あるとき 気づく
それこそ 本当の気づきなんでしょうね
自分で気づかなきゃ なかなか変わってけない
あっ そうそう 変えるんじゃなく
責めるんじゃなく
自分のその部分を これも自分だったんだ
って抱きしめるんだったー
やっぱ 人生 勉強なんだなぁ・・・
正月にAと楽しく会うことができたら
またまた 魂のレベルアップできるやんかーーー(^O^)
せやけど
なんぼ程レベルアップさせようとしてるんやー ガイドー
もしくは自分ーーー
今 最上級クラスのつもりやのにーヽ(;▽;)ノ
ある時 嫁さんと軽い喧嘩をした
その時 嫁さんに
『僕の言ってること間違ってる!?』って言ってしまった
その時 気付いた
あっ そうやわ
僕はいつも 自分の言ってることは正しいって思ってる
何かの話を人にする時 特に嫁さんには
自分の言ってることが正しいって
思いながら言ってることに気づいた
そう言えば
ずーと前 母の行ってるキリスト教の教会の
信者さんの家での集まりがあった
牧師さんも来ていた
その時僕は
世の中にはいろんな宗教があるけど
神様は その人の心を見てるんだと思うんです
だから どんな宗教に入ってても 無宗教でもいいんだと思うんです
ってことを 牧師さんの目の前で言ったことを思い出した
完全に自分の言ってることが正しいって思ってる
その上 信者さんや 牧師さんまでも非難してる
その事を思い出した
Aと一緒やん
Aは自分の言ってることは 完全に正しいって思ってる
僕がAに言われて不快に思ったこと
信者さんや 牧師さんも 同じように不快に思ったんだろうな・・・
今になって なんであんなこと言ってしまったんだろうって
今頃 気づいた
やっぱ Aと僕は鏡だったんだ
すると その気づいたあくる日 Aからメールがあった
この2ヶ月間 全く連絡がなかったのにだ!
こんなん沢山もらったんだけど いる?
って感じのメールだった
Aは 僕が怒ってるって思って メールしてきたんだと思う
僕は 鏡に気づいたにも関わらず 正月に会おうって
感じでメールを返した
今は会いたくないからだ
なかなか どーして 鏡に気づくのと 許すのとは違うなぁー
Aを許すのは 自分を許すこと
それと カルマ?の解消 ってことになるんかなぁ
でも 生きてく中で いろんな事が起こるけど
みーーーーーんな なんらかの意味があって
それを 考えてくと いつか答えが出てくるなぁって思うなぁ
それって 人にずばり言われても
(たとえばAは これこれこーであんたそのものやん)
って言われても否定して 気づかないけど
自分で考えて 考えて 考えて してたら
あるとき 気づく
それこそ 本当の気づきなんでしょうね
自分で気づかなきゃ なかなか変わってけない
あっ そうそう 変えるんじゃなく
責めるんじゃなく
自分のその部分を これも自分だったんだ
って抱きしめるんだったー
やっぱ 人生 勉強なんだなぁ・・・
正月にAと楽しく会うことができたら
またまた 魂のレベルアップできるやんかーーー(^O^)
せやけど
なんぼ程レベルアップさせようとしてるんやー ガイドー
もしくは自分ーーー
今 最上級クラスのつもりやのにーヽ(;▽;)ノ
家に帰ってから いろいろ考えた
あの二人は 僕の鏡やねんなー
二人を見て 僕のどの部分が鏡やなんやろ・・・・・?
何日間の間は 僕の鏡で考えたら
あんなやつらと僕が鏡なんてありえない!!!
って怒りの気持ちが先立つから
まずは 相手を非難できる あいつらの鏡を考えることにした
いつものことだけど
鏡を考えるとき 自分の鏡じゃなく
何故か相手の鏡で考えてしまう
あいつらが自分であるはずがない!
って思ってるからなんでしょうねー(^o^;)
まっ いいか (^_^)
Bの事は 簡単に分かった
Aの言ってることに 右にならえして
いっしょになって ブツブツ言ってるだけ
Bは年に数回しか会ってないのに
僕が 変わってしまったかどうかなんてわかるはずなんてない
Aの言ってることを鵜呑みにして
自分の意見を持たないで Aの肩を持ってるだけ
その部分の僕の鏡もわかった
以前 友達が あいつのこと嫌いや
って言ってきたとき
僕は その人のこと なんとも思ってなかったのに
肩を持つっていうか 慰めるっていうか なんていうか
一緒になって 悪口を言ってしまったことがあった
あの時の僕やん ってすぐにわかった
難解なのはAだ
Aはちょっと前まで 僕のとこによく遊びに来て
いろんな話をした
Aはスピに目覚め
すっごくいい風に変わった
朝 会社の門をくぐる時 警備の人が おはようございます
って 言ってきたら
うれしくって 深々と頭を下げた話とか
前まで 嫌な奴 だったのに
その嫌な部分も その人の個性だとわかって
その人が輝いて見えたって話をよくしてた
Aは 毎朝 お寺の庭の掃除をしてから
通勤してたようだ すごいなぁって思った
なかなか こんなこと できない
お寺の中には 以前から一般の人が何家族かが住んでいて
お坊さんの説法の時は よく顔を合わせて
Aは にこやかに その人たちとも話してたそうだ
でも 人生と同じく スピにも波があって
しばらくしたら
俺が毎日 お寺の掃除をしてるのに
あいつら 掃除もせんと 何やってるんや
怒ってた
僕はその時 掃除は 仏とAの関係やん
ほかの人は 関係ないやん って話した
それから 何が原因か忘れたけど
お寺のお坊さんの悪口まで言い出して
お坊さんと 一対一で話したらしく
お坊さんのような聖職の立場なら
こうでなきゃあかんやろ みたいな事を言ったらしい
(たぶん 今回僕に言ったようなことを
怒鳴りながら 言ってたような気がする)
それから しばらくはお寺に行ってたようだけど
結局 行かなくなった
気まずくなったんだろう
この出来事を客観的に見た時
Aは 勝手に自分で決めたルールを作り出してる
仏に仕える身(Aのこと)だったら
毎日 毎日 仏の為になることを しなければならない
もしくは しよう だ。
だから Aは毎日 毎日 お寺に掃除をしに行ってた
Bがキャンプに行こうって誘っても
明日 お寺に行かなあかんから って断ってた
でも 自分で決めたルールは 極端すぎて
だんだん苦痛になってきて 最終的に自分を苦しめだして
お寺の中の自分のルールにそぐわない住民に
怒りを覚えだした
お坊さんにもそうだ
聖職者は こうでなければならない っていう
自分で作ったルールから外れてるお坊さんを見たら
怒りがこみ上げて 最終的にはお坊さんに暴言を吐く
Aよー それはあかんやろ
お坊さんは何も悪いことしてないのに
暴言吐くなんてー
そういえば僕にもそうだったのかも
Aは僕のことを過大評価しすぎてて
収入のことを言いだした僕に対して
自分のルールから 外れてしまってたんだろうなぁ・・・
でも 僕にも言い分はある
愛はすべてを凌駕するって気持ちでやってて
愛があれば 絶対うまくいくって思ってやってきたけど
何年もうまくいかず 心が揺れ始めてた
でも この出来事には
きっと『それでもなお』って事を試されてるんだろうなぁ
って思ってた
何度もあきらめかけて なんどもくじけそうになって
でも それでもなお愛なんだ って事を
僕に教えるために こんなことが起こってるんだろうなぁ
って思いながら
心 揺れながら 勉強して 成長途中のつもりでいた
人生って まっすぐ目標に向かって行くことってないですよね
山あり谷ありで 紆余曲折しながら行くんだと思う
だから 生活のためのお金のこと言っても
また愛に戻っても いいやんって気持ちでいた
それはそーと このAと僕の鏡は何なんだろう・・・?
いくら考えても わからない
あの二人は 僕の鏡やねんなー
二人を見て 僕のどの部分が鏡やなんやろ・・・・・?
何日間の間は 僕の鏡で考えたら
あんなやつらと僕が鏡なんてありえない!!!
って怒りの気持ちが先立つから
まずは 相手を非難できる あいつらの鏡を考えることにした
いつものことだけど
鏡を考えるとき 自分の鏡じゃなく
何故か相手の鏡で考えてしまう
あいつらが自分であるはずがない!
って思ってるからなんでしょうねー(^o^;)
まっ いいか (^_^)
Bの事は 簡単に分かった
Aの言ってることに 右にならえして
いっしょになって ブツブツ言ってるだけ
Bは年に数回しか会ってないのに
僕が 変わってしまったかどうかなんてわかるはずなんてない
Aの言ってることを鵜呑みにして
自分の意見を持たないで Aの肩を持ってるだけ
その部分の僕の鏡もわかった
以前 友達が あいつのこと嫌いや
って言ってきたとき
僕は その人のこと なんとも思ってなかったのに
肩を持つっていうか 慰めるっていうか なんていうか
一緒になって 悪口を言ってしまったことがあった
あの時の僕やん ってすぐにわかった
難解なのはAだ
Aはちょっと前まで 僕のとこによく遊びに来て
いろんな話をした
Aはスピに目覚め
すっごくいい風に変わった
朝 会社の門をくぐる時 警備の人が おはようございます
って 言ってきたら
うれしくって 深々と頭を下げた話とか
前まで 嫌な奴 だったのに
その嫌な部分も その人の個性だとわかって
その人が輝いて見えたって話をよくしてた
Aは 毎朝 お寺の庭の掃除をしてから
通勤してたようだ すごいなぁって思った
なかなか こんなこと できない
お寺の中には 以前から一般の人が何家族かが住んでいて
お坊さんの説法の時は よく顔を合わせて
Aは にこやかに その人たちとも話してたそうだ
でも 人生と同じく スピにも波があって
しばらくしたら
俺が毎日 お寺の掃除をしてるのに
あいつら 掃除もせんと 何やってるんや
怒ってた
僕はその時 掃除は 仏とAの関係やん
ほかの人は 関係ないやん って話した
それから 何が原因か忘れたけど
お寺のお坊さんの悪口まで言い出して
お坊さんと 一対一で話したらしく
お坊さんのような聖職の立場なら
こうでなきゃあかんやろ みたいな事を言ったらしい
(たぶん 今回僕に言ったようなことを
怒鳴りながら 言ってたような気がする)
それから しばらくはお寺に行ってたようだけど
結局 行かなくなった
気まずくなったんだろう
この出来事を客観的に見た時
Aは 勝手に自分で決めたルールを作り出してる
仏に仕える身(Aのこと)だったら
毎日 毎日 仏の為になることを しなければならない
もしくは しよう だ。
だから Aは毎日 毎日 お寺に掃除をしに行ってた
Bがキャンプに行こうって誘っても
明日 お寺に行かなあかんから って断ってた
でも 自分で決めたルールは 極端すぎて
だんだん苦痛になってきて 最終的に自分を苦しめだして
お寺の中の自分のルールにそぐわない住民に
怒りを覚えだした
お坊さんにもそうだ
聖職者は こうでなければならない っていう
自分で作ったルールから外れてるお坊さんを見たら
怒りがこみ上げて 最終的にはお坊さんに暴言を吐く
Aよー それはあかんやろ
お坊さんは何も悪いことしてないのに
暴言吐くなんてー
そういえば僕にもそうだったのかも
Aは僕のことを過大評価しすぎてて
収入のことを言いだした僕に対して
自分のルールから 外れてしまってたんだろうなぁ・・・
でも 僕にも言い分はある
愛はすべてを凌駕するって気持ちでやってて
愛があれば 絶対うまくいくって思ってやってきたけど
何年もうまくいかず 心が揺れ始めてた
でも この出来事には
きっと『それでもなお』って事を試されてるんだろうなぁ
って思ってた
何度もあきらめかけて なんどもくじけそうになって
でも それでもなお愛なんだ って事を
僕に教えるために こんなことが起こってるんだろうなぁ
って思いながら
心 揺れながら 勉強して 成長途中のつもりでいた
人生って まっすぐ目標に向かって行くことってないですよね
山あり谷ありで 紆余曲折しながら行くんだと思う
だから 生活のためのお金のこと言っても
また愛に戻っても いいやんって気持ちでいた
それはそーと このAと僕の鏡は何なんだろう・・・?
いくら考えても わからない