Passion  -21ページ目

Passion 

passion8  【すばらしい人生】

バシャールの講話の中に比喩を使ったものがあった


≪一つの綺麗なコップがあって それが床に落ちて割れてしまった

そのコップは 組み立てれば元通りになる

『創造』の中にある すべてのひとつひとつは

『おおいなるすべての』破片なのです

不要な破片などありませんし 行き場所のない破片などないのです

どんな人も 大きなパズルの中の一片なのです

無駄な一片や 行き場所のない破片などはないのです


無意味な創造などありません


自分が価値がないと考えるのは

最も傲慢な 最も利己的な行為なのです

というのは こう言ってるのに等しいからです

『そう 宇宙のすべてのものは 完璧に収まる場所がある 「私以外は」

私は創造のすべての中でただ一つ価値のない存在で際立っている

この私を見よ』


もし 本当に価値がないのなら 存在しません

なぜなら 創造は居場所のないものは創造しないからです


そして価値がないということ・信じることによって

あなたは創造主にこう言っているのです


『存在するという贈り物は価値がない』と



創造者はあなたを無条件に愛しているので

自分に価値がないと信じても そのままにさせてくれるのです


それはあなたが愛されていて 価値があるということの証です。≫




そうですよね!

価値のない人なんていないんでしょうね!

でも 自分もずいぶん昔 価値のない人間だと思ってたことがあった

その時は 人生しょ~むなかったなぁ~~


今は だいぶ価値があるって思ってますよ~

でもねー まだまだ 思い方が足りないようです


本気で自分は価値があるって思ったら

お金持ちになるらしいっす!!

全ては自分の価値の反映らしい

もし自分の価値を認めないなら

価値を反映したシンボル(お金)を引き寄せることができないそうです。


まだ 小遣い少ないからなぁ・・・(iДi)


自分は超価値があるって念じよ~(^O^)

でも そんなんでお金持ちになるんかなぁ・・・?

ほんまにそうなん? 答えてバシャール…(*´?`*)


先週の日曜日(22日)に たまたま用事があって

朝 早くから起きてたら プリキュア(スイートプリキュア)が放映してた

普通なら すぐにチャンネルを変えるとこだったけど

ちょうど 敵と戦ってる場面で 主人公の女の子達が

『ごめんね…ノイズ 今まで貴方を倒すことしか考えてなかった

でもそうじゃなかった 今度は貴方を助けてみせる!』って言ってる

戦ってる敵に対して 助けるの?って見てたら


プリキュア達が 音楽を奏で 音符攻撃をしながら

一人一人 セリフを言ってる


諦めない心で何度でも立ち上がる!
何度でも立ち向かってゆく!
前を向いて、涙流して、苦しんで…悩んで…傷ついて…傷つけて

そして、前に進む!
前に進んだ分だけ強くなれる!
立ち止まってなんかいられない!

悲しみを…苦しみを…悩んだ分…傷つけてしまった分

障害という壁を乗り越えられた時強くなれるんだと!

障害を乗り越えた時の成長こそが喜び!
いつまでもなやんだって、苦しんだって、立ち止まってなんかいられない!

ただ、とにかく前に進むのみ!

先の見えない闇の中を手さぐりで前に進んで、がむしゃらにあがいて、

泥にまみれても、何度涙を流しても…立ち止まったところで答えはどこにもない!


人生にどれが正解だなんて誰にもわからない!
正解は自分の中にある!後悔のない人生なんてないのだから…!


失敗を恐れてもいい、失敗を恐れてしまって何もできないなんてダメなんだ…
失敗して、反省してそこから学んで…成長すればいい!

自分はだめなんだと勝手に決め付けては成長なんか出来ない…

そこで成長は止まってしまうから!
前に進んで乗り越えるしかない!


って言ってる
子供の番組なのに なんて深いんだ~と感心しながら見てると


敵のノイズが

「お前達はなぜ、ここまで」って言うと


「あなたの笑顔も守らなきゃ、プリキュアの名がすたる」
と返した


最後ノイズは笑顔の やさしい顔になる


へ~ 最近の子供のアニメも いけてるやん!

もっと深く考えると 音楽を奏でると 必ずノイズが出る

スピリチュアルで言う 表(プリキュア)と裏(ノイズ)だ

表があるから裏がある その自分を全て認めて愛してくださいって

よく本に書いてるけど このアニメは それを実践してる

・・・・・ 考えすぎかな・・・(θωθ)


でも子供番組でこんなのしてたら 未来の地球はは安心ですね!



ps・僕の子供の頃の仮面ライダーなんか

   敵は必ず 爆発して死ぬもんね~(^_^;)


いけり~とさんのブログ に こんなことが書いてました。

相手を完全に自分と「感じる」ことで 相手が癒され
同時に自分が癒される
『相手を自分として感じる』

相手が感情を吐き出してるとき
全てを自分の声として聞くと 

自分の隠して見ないようにしていた感情が溢れ出し 

外の世界に出ると 外側の世界が変わる

って書いてました


吐き出すか~ 
自分の感情を吐き出すってどうやればいいんやろ
でも 僕も含めてみんな

今までの人生で いろんなことがあって
あの時の あの感情に すごく重い重い蓋をして
生きているような気がする


『癒しの光』  バーバラ・アン・ブレナン著 の中に
人は人生の中で痛みに満ちた経験を通り抜けると
反射的にその痛みを感じないように努めるって書いてる
バーバラのスクールの学生たちは

自己の原初の傷に回帰する事を習うそうだ



晴子さんのリーディングの中で


『あなたの子供の部分の言うことをちゃんと聞いてあげて
悲しいことは 悲しいと言わせてあげてください
怒ってたら 怒ってるんだよね もっとわかってほしいもんね って
ちゃんと言うことを聞いてあげて 誰が撫でてあげなくても
あなたが頭を撫でてあげることです』



『怒っている部分は 自分の中の怒っている部分なんです
あなたは私  私はあなた 
隣人のようにじゃないんです
隣人を私のようにでもないんです
隣人は私なんです 
そういう気持ちで あなたも本気でいつか言えるようになりますよ
どんな人も私だからって 

あなたは言ったあとに こちらに移行するでしょう』

って言われた



吐き出すって 自分の中の子供の部分の声を聞いてあげて
自分で自分をなぐさめる  自分を癒すことにつながるんでしょね
なんか そんな感じがする


いけり~とさんの書いてた
「隠して見ないようにしていた感情」の声を
自分の中で閉ざしてた重い重い蓋を開けて ちゃんと聞いてあげたら
本当の自分になるのかな?


そしたら隣人は私  どんな人も私だから
って言えるようになるんだろうか・・・



でも言わない方が長生きできるから当分言いましぇ~ん!!ヾ(@^▽^@)ノ



今日は かっこよく終わろうと思ったんですが

ひょうきんな子供の部分が出てきて無理でした(T▽T;)


復活

パソコンのLANケーブルの破損に気付き

新しいのと交換したら 直っちゃいました!

お騒がせしました(^_^;) 早すぎる復活でした!



開業する前 

いろいろと考えて戸惑ってた頃


なんか頭の中で 聖書を読みなさい 読みなさい

って 声というか なんというか・・・

何日か感じてた。(僕はクリスチャンではないっす~


ある日 家に帰って あっ 聖書読まな  と思って

聖書を出してきて 読もうとしたが

何ページを読んでいいのかわかんない


パッ と開いた所を読むんかな?って思ったら

786って数字が浮かんだ


聖書の786ページを開くと

細かい字でたくさん書いてあって どこを読むんだろって

考えてたら

8章6~7節があった! 786の数字を入れ替えたらその数字になる


内容は

ヨブ記 8章6節~7節

『もし あなたが純粋で正しいなら

まことに神は今すぐあなたのために起き上がり

あなたの義の住まいを回復される

あなたの始めは小さくても

その終りは はなはだ大きくなる』


って書いてあった!

義の住まいって 僕が開業する店?

店が大きくなるんか~ って思った


でも不思議ですよね~

2千ページ近くある聖書の中に

ページ数を入れ替えた章と節があること自体

たぶん ゼロか あっても 数ページか・・・

そのメッセージも 前後の節(5節 8節)をプラスして読むと

全く違うメッセージになる


開業してもうすぐ一年ですが まだちっちゃいままです(iДi)(iДi)(iДi)


この世は魔法の世界~~

おおきくなぁれ~ おおきくなぁれ~~~(iДi)(iДi)(iДi)

ちょっと前からパソコンの調子がおかしくって今日インターネットしようと思ったらつながらないんです(ToT)

ブログしばらく小休止しますね(;_;)/

これは携帯から書いてます~(´д`lll)
PS ど~してもブログ書きたくなったら携帯でブログ書きます(@^o^@)か

今 自分が見ている世界は自分が創り出した世界・・・


あなたの思考が あなたの周りを創りだしてるのです とか

スピ的には 創りだした世界


マタイ17:20

するとイエスは言われた 「あなたがたの信仰が足りないからである。

よくいい聞かせておくが、もし からし種一粒ほどの信仰があるなら、

この山にむかって ここからあそこに移れ」と言えば、移るであろう。

このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。」


聖書にも イエスが語っているが

創り出した世界なら魔法使い的な事が出来るみたいなことを

書いてる


この事を考え出したきっかけは

ホ・オポノポノを知ってからだ


知り合いの人は 子供の頃 

道を歩いてる時 曲がり角を曲がるまでは

そこには何もない世界で 曲がったとたん風景や景色が現れる

そして自分の歩いてきた道は 景色がなくなっていってる

そんな感じがいつもしてたって 別々の2人の人から聞いたことがある


深層心理まで信じきった時 それが現実になるっ てのも読んだことがある

夢や希望を思い描き 心底信じれば 夢は叶う


ほんと この地球は魔法の世界なんでしょうか?

 



それはそうと 三丁目の夕日’64 見に行ってきました~(^v^)

Passion  ←日本タオルです~

Passion  ←鈴木オート名前入りです~

鈴木オートの名前入り日本タオルで

マッサージしたら

あの頃のあなたに戻れるかも(^v^)

ちょっと営業入っっちゃったかも(@^▽^@)


ALWAYS 三丁目の夕日’64 (小学館文庫)/涌井 学
¥580
Amazon.co.jp

僕が独立しようかどうか 考え始めてから

独立するまで2年もかかってしまいました(+_+)


案外のんきに 何も考えてないように見えて

それがそうでもなく 石橋を叩いて叩いて

壊れるくらい 叩いてから渡るような正確です(^o^;)


よく街角で 整体院とかマッサージ店 飲食店とかがオープンして

1年位したら 閉店してるところとか見かけると

どうなんやろ うまくいけるんやろか?って

なかなか 独立のふんぎりがつきませんでした。


そんな時 ネットで『まごころ日和マッサージ 』ていうのを発見して

内容を見てると

スタッフ3人とも 視力障害をもっているにもかかわらず

独立してマッサージ店を経営してて それも店長は30歳前後の方でした


スタッフの紹介を読むと一番目に止まったのが まゆちゃんって言う

女性スタッフで 22歳の時に風邪をひいて風邪薬を飲んで

それが原因で両眼の視力を失って 5年?引きこもり

でも 立ち直り 資格を取って 老人ホームや寝たきり老人の

マッサージをされてることが書いてました

(記憶が定かでないですが以前のイベントの紹介で書いてあった

とおもいます。 それと まごころ日和マッサージさんの承諾を得ず

僕のブログで紹介してもいいのかなぁ? 

まごころ日和マッサージさん勝手に書いてしまってすみません!!)


僕はそれを見て すごい衝撃を受けました

22歳の若さで それも風邪薬を飲んだだけで

突然失明するなんて考えられません!

もし 自分がそんなふうになったらどれだけ落ち込むんやろって考えました

それなのに立ち直って 人の幸せの為に仕事してる

すごいですよね!


僕は会いにいかなあかん!って思ってマッサージを受けに行きました。

行って気づいたんですが 後の二人のスタッフも

ほとんど視力のない状態で手探りでお茶を入れてもらいました。 

マッサージ終わった後 ちょうどお客さんがいなかったので

10分程話しをさせてもらいました。

僕はちょっと興奮ぎみで 店長の夢の世界平和とか

夢は叶うってことを話して がんばってくださいって言って

また お店に来ますって言って店を出ました。


帰宅途中 一人車を走らせながら

『俺 何してるんやろ・・・ ぜんぜんいけてない・・・・

苦しんでる人 悲しんでる人を助けたいって思ってるだけで

頭で考えてるだけで 何もしてないやん・・・

あんな状態で しかも僕よりずっと年下やのに

夢を持って開業して 人生前向きに

人の幸せのために歩きだしてるのに

俺はほんま ダメダメ男や・・・』

って落ち込みました。


でも まごころ日和マッサージさんのおかげで

大きな勇気をもらいました。

僕が開業したきっかけは 

まごころ日和マッサージさんのおかげです!(*^o^*)


また来ますって言ってたけど

あれから 一回も行ってません

また 行きますね~!

こんばんは~ 

お久しぶりです! 続三丁目の夕日見ましたか?

その中でマイクロソフト社のコマーシャルがあって

映画監督 山崎貴さんのコメントがあったので紹介します!


1964年 家族のあり方とは・・・

『昭和の家族に対してという意味で言うと

外からやってきた人も ほんと家族扱いして

本気で怒ったり 本気で泣いたりっていう

そういう濃い関係というのが それが なんとなく 

現代では失われつつあるものだったりして

本当の幸せって何だろうと考えた時に 

家族と呼べる人達が居るって事が 実は幸せの一つの本質なんじゃないかな』


2012年の家族とは

『現代は 人と人との心が離れちゃっててと言われるんですが

そうじゃない 

ネットワークが どんどん どんどん発達していく感じを見ると

今ちょっと 離れすぎちゃってて 元に戻りたいって気持ちがあって

でも それは昔の手段を使うんじゃなくて 

最新のテクノロジーというのが

ものすごく 昭和の家族みたいなことを 新しい形で再構築しようとしてる』


って言ってました。

そうですよね。昭和の頃は近所の人達も家族でしたよね

だから 昭和を愛しく思うのかな?

それと戦後間もなかったので

みんなで力を合わせて新しい日本をつくろうって思ってたからかな?

みんなオープンハートで悩み事なんかも

打ち明けてたような気がする

一つの家におじいちゃん おばあちゃん 娘 息子 孫 ひ孫まで

一緒に暮らす大家族で おじいちゃん おばあちゃんは敬われてた


今の世の中の人たちは なんか その時代の大切さを

わかり始めてるんですよね

だから 三丁目の夕日がヒットしたんでしょうね!

理想と現実は違うよ って言ってる人達も

本当は 悲しいんでしょうね

また ああいう 世の中になれば その人たちも

生き生き輝き出すんでしょうね!


今 そういう世の中に移行しつつありそうな気がするのは

僕だけなのでしょうか?


い~~~~~や 違う!

気づき始めてる人が どんどん どんどん増えていってる

そして 移行を早めるように

いろんなとこで活動してる人達が増えていってる

凄いですよね みんな!

凄いですよね 地球!


僕も生き生き輝き出す人になりたいっす!







以前書いた神との対話シリーズで


『感情は魂の言葉

真実を知りたければ自分の感情を探りなさい』

について書いたんですが


そういえば ずっと以前から 感情について

考えてたことに気づきました

8年程前 僕は知的障害者の子供のヘルパーをしてた事があって

その子と一緒に プールに行ったり

映画を見たり 公園で遊んだりする仕事をしてました


一緒に手をつないで 歩いてたりすると 僕たちのことを

ジロジロ見る人たちが居ることに気づきました

初めの頃は 訳がわかんなかったんですが

時が経つにつれ だんだん 腹が立ってきて 僕もにらみ返すようになって

何ジロジロ見てるんや! 俺らは何も悪いことしてへんやろ!!

って感じで にらんでました


でも よく考えたら 僕たちをジロジロ見るって事は

僕たちに反応してるってこと 

反応するってことは そのジロジロ見る人に何かしらのメッセージがあるってこと

に気づき 僕たちはメッセージを送ってるんやって思うようになってからは

にらみ返す事はなくなったことを覚えてます

反応するって 感情が動いてるんですもんね。

その人のハートの奥にある 何かに反応してるんですもんね。


簡単な例で言うと 嫁さんが自分の実家に帰ったとき

よく 両親に 文句を言って怒る

怒るって事は感情が動いてるので その奥はどうなのかって考えると

「あぁ 両親に甘えてるんやなぁ」ってわかりました。


嫁さんがよく僕に 怒るのは「甘えてるのか 認めてもらいたいのか 

もっと自分のことを見てほしいのか?」


人のことは 良くわかりますよね~


でも 自分のことは なかなかわかんない

友達の話によると

自分の中を見つめるときは 感情が動いてる時にはわからないらしいです


冷静に 穏やかになったときに 自分を見つめると答えが出るそうです

友達の場合は はじめ3ヶ月位かかったそうですが

今は その日かあくる日には わかるようになったって言ってました。


スピリチュアルでは 全部自分なんです とか よく言われるんですが

ちんぷんかんぷん でした(^_^;)

自分の周りの世界も全て自分が創りだした世界だ

とかも言ってます

自分の中を見たければ 自分の周りを見れば一目瞭然です

とも~


なんか 感情が動く 反応する事を探っていけば

全部自分なんです の意味の一部が隠れてそうですよね。


あ~ また 頭がぐるぐるしてきた~

難しいこと考えると眠くなるので 今日は寝ます~(´0ノ`*)


またまたまた 忌野清志郎さんの歌です!!



ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います

[作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一]

『ぼくの家の前の道を  今朝も小学生が 通います

ぼくも昔同じように ランドセルしょって 通ったのです


今はあまり覚えていないけど だけどとても素敵な頃だった

友達もたくさんいたーし

いろんな物が 今よりも 明るく見えたような 気がします


今はあまり覚えていないけど だけどとても素敵な頃だった

イタズラやケンカもしたーし

毎日があたらしくて 平和だったような 気がします


今はあまり覚えていないけど 確かにぼくにも あの頃があった

鼻みず たらしなーがら

うたぐったりごまかしたりなんて どこにも 無かったのです

ぼくらが遊んだ一本松の丘には 住宅が建ってしまったし

お花畑だったところは ボーリング場になってしまったけど

いちばん 変わってしまったのは・・・ ぼくなのです


ぼくの家の前の道を  今朝も小学生が 通います
ぼくも昔同じように ランドセルしょって 通ったのです』

あの頃は よかったですよね。

僕は 今だに 子供の頃 住んでた あの場所に行きます

もう 何回行ったか覚えてないほど行ってます


案外 近くなので 買い物などのついでに行こうとすると

「また行くん?」 って言われる位 行ってます(^▽^;)


僕だけなのかな?


あの頃の 夢いっぱいの自分がなつかしいのかな?

あの頃の 世の中が好きなのかな?

何を見ても 新鮮で楽しかったからかな?


でも よかったですよね あの頃(^-^)