愛とは 2 | Passion 

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passion8  【すばらしい人生】

前回の続きで

『憎しみでいっぱいにあふれた人を見たとしても

愛でしか見えなくなるでしょう』

が ちょっと理解できたって書きましたが

自分なりの解釈を言いますねー


以前 テレビで見たドキュメンタリー番組で

ある暴走族の少年(男前)が バイクで一人 帰宅途中

木材の倉庫に突っ込みバイクが炎上して

体のほとんどに火傷を負い 生死をさまよい

なんとか回復し

でも 体の火傷のあとは残ったままで

顔も半分以上は火傷のあとが残ってて

その少年は男前だったのにって

病院でも荒れてました

そんな時 病院で女の子と友達になり

少年も徐々に 心が開かれていきました

ある日

少年は女の子に事故の前の自分の写真を見せたところ

女の子は写真を見て

『なにこれ ぜんぜんいけてない

今のほうが いい顔してる』って言われて

少年は 何かに気づいたのか(大切なことに気づいた)

その後 “エンジェルハート”っていう

体に大火傷を負った人達の会を作ったっていう内容だった


少年はこの事故に遭わなければ この少女に会わなければ

この大切なことに気づいただろうか

って考えたとき 

やっぱ そうだ! 苦しみ 怒り 悲しみも

神様からの 『愛のメッセージ』で 

その少年のことを神様が本当に愛してるがゆえ

そういうことが起こったんだって思った

気づかせるために そこまでしなくてもいいんちゃう

っておもったけど

事故が起こる前にも 少年には何度も何度も

大切なメッセージが あったんだと思う 

人間って 悩みのない 考えることのない人生を送ってると

なかなか 大切なことに気づかないし 真剣に考えないって思う

そういうことが起こって初めて

本気で真剣に 何が大切かを考えるんだ

理解できるんだって思った


怒り 苦しみ 憎しみ 妬み

全部メッセージなんだ 神様からの愛のメッセージで

その人が どんなメッセージなんだろって真剣に考えれば

おのずと答えが出てくるって思う

全ては 成長の為 神様の愛に近づく為

人は自分の中の神の部分を見るために生まれてきてるから

自分自身でも その感情を選択してきたんだろうなって感じる


だから 


『憎しみでいっぱいにあふれた人を見た時』


この人 神様に愛されてるやん って

少し 思えるようになった って感じです