「昔のプレイヤーは凄く耳が良い」
小林克也さんがthe Doorsの解説の中で言った一言でした。
放送終了後から、この言葉について考えています。
色々考えを張り巡らすうち、やがてぼんやりとですが、こう考えるようになりました。
「聴こえない音が関係しているのではないだろうか」
現代保存されている高音質の音楽は素晴らしく、限りなく演奏されたものの隅々までチェックすることが可能です。
ビートルズのステレオリマスターが発売された当初、聞こえなかったここの部分はこう演奏されていたのか!と思う方もいらっしゃるかと思います。
この、「聴こえなかったここの部分」、当時録音環境も今のように沢山のマイクで録るものではなく、マイク一本で録音されていたような環境のため、どうしても演奏全てを録音できるようなものでは。
そういったレコードを聴いたとき、なんとなくではありますが、聴こえていない部分を自分は聞いてしまうのです。
ここはこうやっているのかな?とリズムを予測しながら。
聴こえていないから、聴いてしまうのです。
そして、当時の多くのプレイヤーが、リスナーが、レコードを聴きながらそれを当たり前にやっていたのだと思います。
私はこの事は非常に重要なことだと思っています。
バンドアンサンブルにおいて周りの音を聴くことはとても大事です。
音を聴き、自分も音を出す。
しかし、実際に出た音を聴いてから音を出すのでは少し遅いのです。
当たり前ではありますが、音が出るまで、ある程度予測する必要があります。
昔のバンドサウンドは、現在と比べると、どこかちょっとだけバラバラに聴こえる部分があるかと思います。
当時のプレイヤーは、現代のように自分の音を聴くモニターなどありませんでした。
自分の音を出しながら、聴こえていない周りの音を聴いているのです。
だけれども、現代と違うベクトルで、どこか息が合っているような印象を受けます。
自分の音は聴こえているけど、周りの音はあまり聴こえない。
音は聴こえているけど、聴こえていない部分を聴いている。
聴こえていなかった部分を予測して、本当に出ている音とが一致したとき、
これは本当にうれしいことです。
そして、バンドのプレイヤーが出そうとする頭の中の音に対して、ジャストなドラムを叩けたとき、
バンドにとって、プレイヤーにとって、素晴らしいドラミングとなるのではないのでしょうか。
とても抽象的な、当たり前のお話しかもしれませんが、
僕はこの事を大事にできるようなドラマーになりたいと思っています。
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