先日、歯が痛くなって、
歯医者さんに行きました。
右の奥にズキンと痛みが走って、
舌で触ると
ザラっとした感触がある歯が
右下の奥にあったので、
そこが虫歯になっているんだろうと思い
歯医者さんにもそう説明して診ていただきました。
ところが、
レントゲンには虫歯は映らず…。
歯医者さんによると
映らない(見えない)虫歯もあるとのことで
そのあたり(わたしが訴えたあたり)に風を吹きかけてみるのですが
全然痛くない…
(食べたり飲んだりするとしみるのに!)
試しに上の奥歯に風を吹きかけてみると
今度はものすごく痛いではありませんか!
「こういうことってよくあるんですよ」と
歯医者さんは笑っていましたが、
わたしは、舌で触ってザラっとした場所を
虫歯だと思い込んだために
痛いのもそこだと思い込んだのでした。
その後、レントゲンを撮ったら、
上の歯はばっちり(笑)虫歯でした。
***
どこが痛いのか、何が痛いのか
勘違いして、錯覚することは
心の痛みに関してもよくあることだなぁと思う。
誰かに言われた一言や
誰かの態度や行為に
傷つけられたと感じて、
「そのひとの(言葉の)せいで痛みがある」
なんて感じることはよくあることだけれど、
よーーく見てみれば…
その一言に(態度や行為に)同意して
「やっぱりわたしってそうなんだ」
「やっぱりわたしってダメなんだ」って
価値がないとか劣っているとか
嫌われるような存在だとかジャッジして
自分を傷つけ痛めつけているのは
ほかでもない自分だったりする。
わたし自身、
今まで、何度も何度も、
〈痛めつけているのは自分だった〉
〈苦しみを作り出しているのは自分だった〉
と、気がついて
その度に大きな癒しがやってきた。
自分との和解はいつだって
たまらなくあたたかくて
愛おしい。
自分で自分を抱きしめることができるのは
とってもパワフルで自由なことだと思う。
痛みは怖くて苦しくて嫌いって思うから
痛みをよく見もせずに、よく感じもせずに
消そうとする。
本当に怖いのは痛みなのか?
本当に苦しいのは痛みがあるからなのか?
そこをよーく見てみると面白い。
本当に痛いのはどこ?
どうして痛みがあるの?
どんな風に痛むの?
痛みが伝えたいことは何?
そして、もう一度。
苦しいのは痛みがあるからなの?
それとも??
よく見ようとすればするほど
よく感じようとすればするほど
痛みは怖くなくなって
自分の中に
やさしく溶けていくものなのだと思う。
