先日のこと。

 

夏の間、

ブルーベリー摘みのアルバイトをしていた農場で

冬の加工場の仕事である”生姜の砂糖煮”作りと

”柚子ピール”作りをしてきました。

 

大量の生姜をひたすらスライスしたり、

大鍋で煮込んだり、

これまた大量の柚子を

実と皮に分けて、

皮の内側のわたの部分を削いだり、

そんなことを

ひとりで黙々とおこなっていました。

 

 

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生姜の鍋を火加減したり

大きな木べらで混ぜたり

砂糖を足したりしながら

ひたすら手を動かして柚子を剥いていた時、

(柚子の皮に包丁で6等分になるように

切り込みを入れ、皮から実をはずすようにする

という作業だったのですが)

自分で自分にダメ出しをする

心の声に気がつきました。

 

たいしたダメ出しでもないのだけれど、

もっと早くしなくちゃ、

(ダメじゃないの!)とか

あっ、きたなくなっちゃった、

(ダメじゃないの!)とか

切り込みが均等じゃないな、

(ダメじゃないの!)とか

知らず知らずのうちに

細かくこまかくバツをつけていたのです。

 

自分の中で、その日のうちに

終わらせたいと思う区切りがあって

(農場の方は、時間内にできるところまででいいよ、と言ってくれていたのに)

そこまでできないかも?という焦りもあって、

余計にダメ出しは多くなっていました。

 

そんな自分で自分にかけている言葉に気づいて

なんだかちょっと悲しくなりました。

 

自分で自分に厳しい目を向けて

いつの間にか追い込んでいるなんてね。

 

そして、

上手にきれいに剥けたときは

何故か無言。

そんなの当たり前とばかりに

次の柚子に手を伸ばすわたし。

 

なんだか…なんだか…

とっても悲しいと感じました。

 

それで、ちょっと意識して

「おっ!きれいに剥けたね!」とか

「素早い!」とか、「丁寧!」とか

心の中でそんな言葉をつぶやいてみました。

 

さらに、柚子にも

「いい匂い!」とか

「かわいい!」とか

「きれいな色!」とか

心の中で声をかけてみました。

 

大鍋の中で煮えている生姜にも

「いい匂い!」 「いい色!」 「かわいく煮えてる!」とか((笑)。

 

 

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大鍋いっぱいの生姜スライス

 

 

こんな単純なことだけれど

自分がリラックスしていくのがわかりました。

 

手やからだの動きはリズミカルになり、

作業のテンポもいい感じ。

 

当たり前だーー!!

と可笑しくなりながら、

ちょっと泣きそうになりました。

 

 

自分の言葉を一番聴いているのは

自分自身。

心の中でつぶやかれる言葉なんて

自分自身しか聴いていない

自分への言葉なのに

意外と乱暴な厳しい言葉が

多いものだなと思います。

 

自分と一番長い時間一緒にいる自分が

もっともっと

自分にやさしくしてあげられたら・・・

もっともっと幸せな安心感の中で生きられる。

安心したら、

もっともっとのびのびと力を発揮できる。

 

ほんの小さなこんな日常の場面でこそ

自分にやさしく自分と共にいたいなぁって、

思いました。