昨日は、
まだ11月だというのに雪が降って
今朝は
その雪がまだ
畑や田んぼに真っ白く残っていました。
朝、クルマで娘を学校に送る道は
銀杏並木の道で
その銀杏たちが今朝は
すごい勢いで葉っぱを振り落としていました。
すこしくすんでしまった黄色い葉っぱが
ばらばらと降ってきて
フロントガラスにぱちんぱちんと当たるので
その音にも驚きながらも
その様子がまるで
突然の雪に
大慌てで冬の装いに替えようとしているみたいで
なんとなくユーモラスにも見えました。
真っ白い雪の積もった畑を背景にして
晴れた空に
黄色い銀杏の葉っぱが舞い散る様子は
とってもきれいで、
運転中で写真が撮れなかったのが
残念です。
午後になって、同じ道を通ったら
銀杏並木は、
ほとんど裸の並木になっていました。
散り敷いた銀杏の葉っぱで
歩道は真っ黄色。
銀杏の葉っぱはすべるので
歩くのに注意が要りました。
***
昨日は、娘の小学校で
読み聞かせの当番になっていたので
雪の中
朝の活動の時間の教室にお邪魔して
何冊か読んできました。
保護者の活動のうちで
わたしにもできるかな?と
読み聞かせに参加して
6年間で10回以上読みに行きましたが
わたしにとっては
今回が最後の読み聞かせとなりました。
ついこの間まで
国語で宮沢賢治をやっていたので
宮沢賢治を読みたくなって
『いちょうの実』を持参しました。
いちょうの実はみんな一度に目をさましました。そしてドキッとしたのです。今日こそはたしかに旅立ちの日でした
(本文より)
このお話しは、いちょうの実たちが
お母さんである銀杏の木から
旅立っていく朝の物語です。
お母さんは、かなしくて
その日までに黄金色の葉っぱの髪の毛を
全部落としてしまいました。
そして、それぞれの実(子ども)に
外套や(さむくないように)
薄荷水や(心持ちが悪くなったときのために)
干しぶどうのぱんを支度してやります。
いちょうの実の子どもたちは
くちぐちに不安や期待を訴えあい
励ましあって
ときには
「どんなめにあってもいいから、
おっかさんのところに居たい」
と泣き言をいい
やがて、一斉に旅立っていきます。
わたしには
いちょうの実と
もうすぐ中学校へと旅立つ
目の前の子どもたちとが
どうにも重なってみえて
読みながら気持ちが込み上げてきて
思わず泣きそうになっていました。
思春期のざわめきを拭い去るように
期待や不安を訴えて(または胸に秘めて)
親に八つ当たりしたり
周りの大人に批判的な厳しい目を向けたり
人と違うこと、輪(和)からはみ出すことを
恐れたり…
そんなごちゃごちゃを見せ始める時期に
さしかかっている子どもたち。
この子たちもきっとその日が来たら
“飛び上がるくらい輝きながら”
自分の人生へと旅立って行くのだろうと思うと
それだけでもう胸がいっぱいになります。
精いっぱい応援したいな、
その日のためにたくさん準備してやりたいな、
さみしいけどね、、、
銀杏のおっかさんの気持ちが
響きました。


