仙人はただ静かに暮らしたい -4ページ目

仙人はただ静かに暮らしたい

かつてのアラフォー独身男はようやく40手前で結婚し
子供も授かってオヤジになったが、人生はトランキーロ!!
焦んなよ。

先日誕生日を迎え、更に歳を重ねた仙人。

これを機にまた色々思う事などを記していこうかとブログ執筆再開。

 

ほう、前回の更新からもう1年半以上経ったのか。

 

子供は1歳半を越え、月並みな言葉だがまさにすくすく育っている。

まあここまで色々あったが、それは子育てをした者なら誰もが経験する

ごくごく普通の話。

とは言え、こんなワシでもオヤジになり人並みにやれておるんだからのう。

人生は分からん。

 

結婚〜子供誕生と、ここまで随分成長させてもらった。

独身の時と違い、常に自分以外の者の事を考える様になったし

何より子供の誕生で自分が親にどれだけ愛情をもらって苦労をかけてきたか

その片鱗が分かった。

 

赤子連れという社会的弱者の立場も分かった。

子供を連れて交通機関や公共施設を訪れる事の様々な大変さ、人の親切や

商業施設にある多目的トイレやおむつ交換スペースのありがたさなど。

 

子供が保育園に行く様になって、親の代わりに見てくれる福祉や教育の

ありがたさも分かったし、何より保育士の凄さを再認識した。

子供と遊んでるだけの仕事なんて思ってる奴がいたら今すぐ成敗してやろう。

 

色々世の中に不満のある事も多いが、当たり前にある制度がありがたい事も

多くある。

 

何でも経験しなければ分からないと言うのはまさにそうじゃな。

と思う今日この頃であった。

 

つづく•••

 

前駆陣痛というプレ陣痛みたいなやつが妻に来だしてから

陣痛タイマーなるアプリで妻の状況が通知される様になった。

短い時は数分ごとに、長ければ数十分から約1時間ごとに妻が知らせてくる。

もちろん真夜中、深夜も。もちろん、気になるので寝れない。

そんな日が3日ほど過ぎ、一向に本陣痛と思われる状況にならない為

また、現時点でも既に痛みに耐えたり積もった疲れが限界の様で

妻は母に送られ産院へ。まだ夜明け前のこと。

 

もちろんまだ本陣痛と認められていない様子なのですぐお産が始まるとは

思っていないが、それでも産院に行ってから数時間連絡なし。

もしや始まってないか??という疑問を解消すべく、義母に電話。

まだ早いと帰されず、ちゃんとみて貰える事になったとの事。

 

ちょうどそんな話を聞いた頃に妻からLINE。

検査の結果、赤ん坊が予定より小さく、陣痛の度に苦しそうにしているとの事。

本陣痛前でこの様子だと自然分娩は厳しいので帝王切開の可能性もある。

それを見極める為に、陣痛促進剤で再度陣痛へ耐えられるか試そうとの事。

点滴で絶えず液を送るが、夜中は外すので夕方までにお産が来るか明日になるか。

こうして難産になって来たので旦那にも来て貰おうとなり、当初たちあい不可だったが

急遽立ち会える事に。

 

既に疲れもピークに来ている妻の手を握り陣痛状況を見守る。

確かに促進剤は効いている様だが、医師見解の通り、進めば進むほど

赤ん坊の心拍数がだんだん落ちていく。本人は出たいだろうが

体がついていかないのか圧に耐えられないのか、確かにこのままはしんどい。

程なくして医師より「これ以上は危ないので帝王切開に切り替えましょう」と

考える間もなく決断を促されサインした。

子供のため、妻のため、それが妥当だとは分かっているが、自分自身も

母が帝王切開の末に生まれているので、その際の母が負った大きな傷は

知っている。自分の妻にもその役目を負わせるのかと、心中穏やかではなかった。

 

準備が出来次第すぐ手術する事になった。

展開があっという間で付いて行けんが、予定よりも1週間も早く我が子に会える。

思いを馳せながらロビーで待つ事に。

まさにドラマでよく見る場面、とうとう自分もこれを経験するとは。

事前の説明ではお腹を切って子供を取り出すのは十数分、あと閉じる手術を入れても

1時間ちょっととの事で、思っていたよりその時は早く訪れた。

ベタなドラマの様にロビーにも産声が聞こえ、助産師が連れて来てくれた。

 

まさに生まれたばかりの我が子、娘。

 

母親より先に抱かせてもらった、本当に小さい、そして温かい。

この子がずーっとお腹の中からドンドン蹴って叩いてた子か。

まだちゃんと目も開いてないしもちろん見えてもないだろうが

全然こっちを見てくれない(笑)

 

その後、ガラス越しに保育器に入れられた所を眺めていた。

ずっと見ててもまったく飽きない。それにしてもよく動く。

お腹にいた頃の様子そのまま。

変わらず元気で出て来てくれて本当に良かった。

 

そして気になる妻ともその後別の個室で再開できた。

大業を成し遂げた妻、憔悴はしていたが意識もあり泣いた後だった。

それを見て自分も泣いた。娘を抱いた喜びよりも、ここまでの苦労と

急な方針転換で大ダメージを負った妻への感謝と申し訳なさで。

とにかく赤ん坊は問題ないから、後は妻が早く元気になってほしい。

喜びと不安を抱えたまま面会は終了した。

 

子供1人が生まれるということでこれだけのドラマがあるのか。

自分の親もこうして自分を産んでくれたのか、もちろんだが初めて理解した。

いつかこんな話を娘にする日が来るのであろう。

その時このブログがあれば良いのだがな。

 

 

仕事再開して3日。

やっぱりいつも通りの生活してる方がリズムも出来るんよな。

家にいる時間少ないから、帰ってからの時間も価値が出るというか。

時間があり過ぎても間延びするってことか。

休み明けが木曜からスタートやったので、感覚的には本来水曜ぐらいやのに

土曜の夜。

緊急事態宣言延長により、来週後半からまた在宅と出勤半々生活になった。

前回は産休中の嫁がいたが、今回からは1人。。。

ある意味静かに仕事できると言えばできるが、どうなることやら。

 

さて、明日は1日だけの休みか。