無意識を書き換え、真っ直ぐにピュアに探求心を持って整える。

無意識を書き換え、真っ直ぐにピュアに探求心を持って整える。

なんか思いついたら書いてみよっと
日々気付きを大切にしたいです。

ジョギングたらたら始めて10年越えました。
いけるとこまでやってみよっと。

走っていると自然にとけこめたような気がします。


$?たこせんブログ?

ここまで生きてきたら、
誰にでもそれなりの経験がある。

うまくいったこと。

失敗したこと。

嬉しかったこと。

悔しかったこと。

誰かに助けてもらったこと。

逆に、
誰かを助けたこと。

その一つ一つは、
その時はただの出来事やったかもしれへん。

でも、
長い時間を振り返ってみると、

「あの経験があったから、
今の自分があるんやな」

と思えることがある。

人生って、
そういう経験の積み重ねなんやと思う。

そして、
せっかく積み重ねてきた大切な経験なら、
自分の中だけに置いておくのは、
ちょっともったいない。

もちろん、
全部を誰かに教えなあかんわけではない。

自分が経験したことを、
自分なりに消化して、
そこから得たものを、
ほんの少し誰かに渡す。

それだけでもええ。

それが、
「継承」なんちゃうかな。

継承というと、
何か大きなものを
受け継ぐイメージがある。

技術だったり、
仕事だったり、
伝統だったり。

もちろん、それも大切や。

でも、
もっと身近なところにも
継承はあると思う。

親から子へ伝わる言葉。

先輩から後輩へ伝わる経験。

友達から教えてもらった考え方。

誰かにかけてもらった優しい言葉。

昔の自分が誰かからもらったものを、
今度は自分が誰かへ渡していく。

そうやって、
人から人へ、
時代から時代へ、
見えないものが受け継がれていく。

そして、
継承にはもう一つ、
大切なことがある。

それは、
そのまま渡さなくてもええ、
ということやと思う。

自分が受け取ったものを、
自分の経験の中で考えて、
自分なりの形に変えていい。

昔は正しいと思っていたことが、
今では違うと思うこともある。

その時は、
ちゃんと修正したらええ。

受け継ぐということは、
過去をそのまま守ることではなく、

良いものは残し、
違うと思ったものは変えて、
より良い形で次へ渡していくこと。

それもまた、
継承なんやと思う。

だから、
人生で経験した失敗も無駄ではない。

自分が失敗したからこそ、
「これはやめといた方がええで」
と言える。

自分が苦労したからこそ、
誰かが困っている時に、
少しだけ気持ちを分かってあげられる。

自分が誰かに助けてもらったからこそ、
今度は誰かを助けることができる。

そう考えると、
経験というものは、
自分だけの財産ではなくなってくる。

経験は、
誰かの未来を少し楽にするためにも
使えるんや。

それが、
「還元」なんやと思う。

もらったものを、
そのまま返す必要はない。

自分が受け取った優しさを、
別の誰かへ渡してもいい。

教えてもらった知識を、
次の世代へ教えてもいい。

誰かに救ってもらった経験を、
今度は自分が誰かを支える力にしてもいい。

そうやって、
受け取ったものが、
また別の人へ流れていく。

一人から一人へ。

一世代から次の世代へ。

そして、
また次の世代へ。

そうやって、
人間の経験や想いは、
未来へ続いていく。

僕は、
これってすごく温かいことやと思う。

自分が生きてきた証って、
自分の名前を残すことだけやない。

自分が誰かに渡したもの。

誰かの心に残った言葉。

誰かが少し前を向けた瞬間。

そんな小さなものも、
ちゃんと未来へ残っていく。

もしかしたら、
本人が知らないところで、
その人の経験が誰かを支えていることだってある。

「あの時、あの人が言ってくれたことが、
今でも自分の中に残っている。」

そんなことって、
あるんちゃうかな。

そう考えると、
自分の人生も、
自分一人だけの物語ではなくなる。

自分が歩いてきた道の途中で、
誰かから受け取ったものがあり、

それを自分なりに育てて、

また誰かへ渡していく。

その繰り返しの中に、
人間のつながりがある。

だから、
年齢を重ねることも、
悪いことばかりやない。

若い頃には分からなかったことが、
少しずつ分かるようになる。

失敗したから分かることもある。

遠回りしたから見える景色もある。

長く生きてきたからこそ、
伝えられることもある。

それを、
「自分のためだけ」にしてしまうのではなく、

「これ、誰かの役に立つかもしれんな。」

と思って、
少しずつ未来へ渡していく。

それでええんやと思う。

そして、
渡したものが、
また次の誰かの中で育っていく。

自分が知らない場所で、
自分が知らない人によって、
新しい形になっていく。

それでええ。

むしろ、
それが本当の継承なのかもしれへん。

自分の経験を、
未来の人が自由に使って、
もっと良いものにしてくれたらええ。

自分より先へ進んでくれたら、
それは嬉しいことやと思う。

だから、
僕らが今まで積み上げてきたことは、
終わりではない。

今日までの経験を、
明日へ渡していく。

そして、
明日を生きる人が、
それをまた次の未来へ渡していく。

そうやって、
人間は少しずつ前へ進んでいく。

行動して、
気づいて、
修正して、
成長して、
続けて、
自信を持って、
信頼を積み上げる。

そして最後には、
自分が積み上げてきたものを、
未来へ渡していく。

それが、
継承と還元。

自分の人生を、
自分だけで終わらせない。

自分が受け取ったものを、
自分なりに育てて、
次の誰かへ渡していく。

大きなことじゃなくていい。

一言でもいい。

小さな経験でもいい。

優しさでもいい。

「こうしたら、
ちょっと楽になるかもしれへんで。」

そんな一言が、
誰かの明日を変えることだってある。

だから今日までの人生に、
無駄なんてない。

笑ったことも、
泣いたことも、
失敗したことも、
悩んだことも、
誰かに助けてもらったことも。

全部、
未来へ渡せる経験になる。

そして、
そのバトンを受け取った誰かが、
また自分の人生を歩いていく。

その先で、
また誰かへバトンを渡す。

人生って、
もしかしたら、
この「心のバトン」を
つないでいくことなのかもしれへんな。

自分のために始めた一歩が、
誰かの希望になり、

自分が積み上げてきた経験が、
誰かの力になり、

そして、
その力がまた未来へ渡っていく。

そうやって、
僕らの小さな人生が、
次の時代につながっていく。

だから今日も、
自分のために一歩進もう。

そしていつか、
その一歩が誰かの役に立つ日が来たら、
今度はその人に、
そっと渡してあげればいい。

「自分がもらったものを、
今度は誰かへ。」

それだけで、
人生は自分一人のものから、
未来へ続く物語になっていく。

自分のために始めたことが、
いつの間にか、
誰かのためになっている。

そんなことって、
案外あるんちゃうかな。

最初は、
自分が成長したくて始めた。

昨日より少し前へ進みたくて、
続けてきた。

失敗したら修正して、
またやってみた。

うまくいかない日もあった。

休んだ日もあった。

それでも、
また一歩ずつ歩いてきた。

その積み重ねは、
自分にしか分からない。

誰かに見せるためでもない。

褒めてもらうためでもない。

ただ、

「昨日より、
ちょっと前へ進みたい。」

そんな気持ちで続けてきた。

そして、
ある時ふと気づく。

「あの人、ずっと続けてるな。」

「失敗しても、
またやってるな。」

「なんか、
あの人を見てると
自分もやってみようかなと思うな。」

そんなふうに、
自分の歩いてきた道が、
誰かの心に何かを残すことがある。

それが、
信頼なんちゃうかなと思う。

信頼って、
「私は信頼されています」
と宣言して手に入るものではない。

毎日の小さな行動。

約束を守ること。

嘘をつかないこと。

失敗したら、
素直に認めること。

間違ったら、
修正すること。

本当にできない時は、
できないと言うこと。

そして、
できることはコツコツ続けること。

そんな一つ一つの積み重ねが、
少しずつ信頼をつくっていく。

だから信頼は、
一日ではできない。

時間がかかる。
だからこそ強い。

長い時間をかけて積み上げたものは、
簡単には崩れない。

信頼される人になるために、
特別な人になる必要はない。

何でもできる人でなくてもいい。

失敗しない人でなくてもいい。

むしろ、

「間違えたら、
ちゃんと直す。」

「分からなかったら、
分からないと言う。」

「できなかったら、
またやってみる。」

そんな素直な姿のほうが、
人の心には伝わるのかもしれない。

完璧な人を見て、
「自分も頑張ろう」
と思うこともある。

でも、

何度も失敗しながら、
それでも歩き続けている人を見ると、

なんか安心感がある。

「自分も、
もう一回やってみようかな。」

と思えることがある。

それは、
大きな言葉よりも強い。

背中で見せる、
小さな希望やと思う。

自分が積み重ねてきたものが、
誰かの勇気になる。

自分が乗り越えてきた経験や知識が、
誰かの支えになる。

自分が諦めなかった姿が、
誰かの「もう一度やってみよう」を
生み出す。

そう考えると、
自分の成長って、
自分だけのものではなくなる。

最初は自分のため。

でも、
続けていくうちに、
誰かのためにもなっていく。

そして、
誰かに与えた希望が、
また自分にも返ってくる。

「あの人も頑張ってる。」

そう思えると、
自分もまた頑張れる。

人間って、
一人で生きているようで、
実はそうでもないんやろな。

誰かの行動に励まされ、

誰かの言葉に救われ、

誰かの背中を見て、
もう一歩進む。

そして今度は、
自分が誰かの背中になる。

その繰り返しが、
人と人との信頼をつくっていく。

だから、
大きなことをしなくてもいい。

誰かを変えようとしなくてもいい。

まず自分が、
今日できることをやってみる。

昨日より少し前へ進む。

間違ったら修正する。

また続ける。

その姿を見て、
誰かが何かを感じてくれたら、
それで十分なんやと思う。

もしかすると、
人生の価値って、
自分がどれだけ大きくなったかだけでは
決まらないのかもしれへん。

自分が歩いてきた道が、
誰かにとっての
「ここからでも歩ける」
という道しるべになる。

それもまた、
一つの成長なんやと思う。

自分のために始めた一歩が、
誰かの希望になる。

自分が積み上げてきた経験が、
誰かの安心になる。

そして、
誰かの希望になった経験が、
また自分を成長させる。

そうやって、
人から人へ、
小さな力が渡っていく。

だから今日も、
自分のために一歩進もう。

誰かに見せるためじゃなくていい。

褒めてもらうためじゃなくていい。

ただ、

「昨日より、
ちょっと前へ。」

その気持ちでええ。

その小さな一歩を、
コツコツ積み重ねていく。

いつかその姿が、
知らない誰かの心に届くかもしれない。

そしてその人が、
また一歩を踏み出すかもしれない。

そう考えたら、
今日の自分の一歩も、
なんとなく大切に思えてくる。

成長は、
自分だけのものではない。

積み上げてきたものは、
いつか誰かの希望になる。

そして、
その希望がまた次の誰かへ渡っていく。

それが、
人と人との間に生まれる
「信頼」なのかもしれへんな。

自信って、
どうやったら身につくんやろ。

何かで成功したら、
自信がつく。

人から褒められたら、
自信がつく。

そんなふうに思うこともある。

もちろん、
それも自信の一つなんやと思う。

けど
もっと小さなところにも
自信ってあるんちゃうかなと思っている。

例えば、

「昨日もやった。」

「今日もやってみた。」

「うまくいかんかったけど、
またやってみた。」

そんな経験。

誰かに褒めてもらわなくても、
自分だけは知っている。

「ああ、俺、続けてきたなって。」

その感覚が、
少しずつ自信になっていく。

大きな自信じゃなくていい。

ほんのちょっとでええ。

「やってみようかな。」

「たぶん、なんとかなるやろ。」

「失敗しても、また修正したらええ。」

そんな気持ち。

これくらいの自信が
案外大事なんちゃうかなと思う。

人生は何が起こるか分からへんから。

どれだけ準備しても、
思い通りにならないことがある。

頑張っても、
結果が出ないこともある。

そんな時に、

「絶対に成功する!」

という自信より、

「もし失敗しても、
また考えたらええ。」

と思えるほうが、
強いんちゃうかな。

その力は、
続けてきた経験から生まれる。

一度や二度の成功ではなく、

やってみた。

失敗した。

修正した。

またやった。

また失敗した。

それでも、
もう一回やった。

その積み重ねが、

「俺、意外とやれるやん。」

という感覚をつくっていく。

これが、
ちょっとした自信なんやと思う。

自信って、
最初から持ってへんし、

自分で自分に
少しずつ渡していくもの

なのかもしれへんな。

今日の自分が、
昨日の自分より
ほんの少し頑張った。

それだけで、

「ようやったな。」

と自分に言ってやる。

明日もできたら、

「またやったな。」

と認めてやる。

そんな小さな積み重ねが、
自分への信頼になっていく。

そして、
自分への信頼が増えてくると、
ちょっとだけ挑戦しやすくなる。

今までは、

「無理やろな。」

と思っていたことに、

「まあ、一回やってみよか。」

と思えるようになる。

すると、
また行動が生まれる。

行動すれば、
また何かに気づく。

気づけば、
また修正する。

そして、
また少し成長する。

そうやって、
最初の循環に戻っていく。

行動 → 気づき → 修正 → 成長 → 継続 → 自信

人生って、
この繰り返しなんかもしれへん。

だから、
自信がないから動けない、
と考えなくてもええ。

むしろ、

動いてみるから、
少し自信が生まれる。

続けてみるから、
もう少し自分を信じられる。

そんな順番でもええんやと思う。

そして、
自信がついてきたからといって、
自分が完璧になるわけでもない。

相変わらず失敗する。

迷うこともある。

弱気になる日もある。

それでええ。

自信がある人って、
何でもできる人やない。

失敗しても、

「まあ、なんとかなる。」

と思って、
もう一度立ち上がれる人なんやと思う。

だから、
大きな自信なんていらない。

ほんのちょっとでいい。

昨日の自分より、
今日の自分を少し信じられたらええ。

「やってみようかな。」

その気持ちがあれば十分。

そして、
やってみる。

違ったら修正する。

また続ける。

その中で、
また少し自分を信じられるようになる。

そうやって、
自信は育っていく。

振り返ってみたら、

「あの時は、
何も分からんかったな。」

「あの時は、
よう続けたな。」

「今なら、
もう一回やってみてもええかな。」

そんなふうに思える日が来る。

その時にはきっと、
昔の自分より少しだけ、
強くなっている。

でも、
その強さは、
誰かに勝つための強さやない。

自分自身を、
もう一度信じてみるための強さ。

それでええ。

人生に必要なのは、
「絶対に大丈夫」という
大きな自信じゃない。

「まあ、やってみよか。」

と思える、
ちょっとした自信。

その小さな自信が、
また次の一歩を生み出してくれる。

そしてまた歩く。

また気づく。

また修正する。

また成長する。

また続ける。

その繰り返しの中で、
自分への信頼が少しずつ増えていく。

だから今日も、

「まあ、
やってみよか。」

それくらいの気持ちでええ。

その小さな一歩が、
明日の自信になる。

そして、
明日の自信が、
また次の一歩を連れてくる。

人生って、
案外そんなふうに
できているんちゃうかな。

さあ今日もしっかり
がんばろっと(笑)。

成長って、
一回何かができるようになったら、
それで終わりなんかなあ。

僕は、そうやないと思う。

昨日よりちょっと前へ進めた。

「よし、成長した!」

でも次の日には、
またうまくいかないことが出てくる。

「あれ?
昨日できたのに、今日はできへんな。」

そんなこと、
普通にある。

でも、それでええんやと思う。

人間なんやから、
毎日ずっと右肩上がりで成長するわけやない。

調子のええ日もあれば、
何もしたくない日もある。

うまくいく日もあれば、
失敗する日もある。

前に進む日もあれば、
ちょっと立ち止まる日もある。

それでも、
また次の日に一歩進んでみる。

その繰り返しが、
「継続」なんやと思う。

継続って、
毎日必ず完璧にやり続けることではない。

一日休んでもええ。

ちょっと寄り道してもええ。

途中でやり方を変えてもええ。

それでも、

「やっぱり、もう一回やってみよう。」

と思って戻ってくる。

その力が、
継続なんちゃうかな。

だから、
続けることに疲れた時は、
少し休んだらええ。

休んだからといって、
今までの努力が消えるわけやない。

むしろ、
休むことで見えてくるものもある。

そして、
またやりたくなったら、
そこから始めればいい。

人生は、
何度でも再スタートできる。

大切なのは、
一度も止まらないことやなく、

止まっても、
また動き出せること。


これも成長の一つやと思っている。

そして継続していると、
ある時気づく。

「そういえば、
前はこんなこともできへんかったな。」

「昔なら、
ここで諦めてたかもしれんな。」

「ちょっとだけ、
自分も変わったんかな。」

そんな瞬間がやってくる。

その変化は、
一日では見えない。

一週間でも、
あまり分からないかもしれない。

でも、
半年、一年、数年と積み重なった時、

「ああ、
続けてきて良かったな。」

と思える。

それが、
継続の力なんやと思う。

小さな行動は、
一回だけなら小さい。

でも、
それが何度も積み重なれば、
やがて大きな力になる。

一歩一歩は、
それほど遠くへ行っていないように見える。

でも振り返ってみれば、
ずいぶん遠くまで来ている。

だから、
焦らなくてもええ。

誰かより早くなくてもええ。

自分の歩幅で、
自分のペースで、
続けていけばええ。

そして、
続ける中でまた気づく。

「もっとこうした方がええんちゃうかな。」

そう思ったら、
また修正する。

修正したら、
また続ける。

すると、
また成長する。

つまり、

行動 → 気づき → 修正 → 成長 → 継続

なんやと思う。

そして継続は、
この循環をもう一度、
次の一歩へつないでくれる。

だから人生は、
成長し続ける旅みたいなもんちゃうかあ。

成長して、
また気づいて、
また修正して、
また少し前へ進む。

その繰り返し。

もしかすると、
人生に「完成」というものは
ないのかもしれへんな。

完成しないからこそ、
辛いし、面白いし楽しいのかも…。

まだ知らない自分がいる。

まだ見たことのない景色がある。

まだやったことのないことがある。

そう思える限り、
人生には次の一歩がある。

だから今日も、
無理しすぎんと一歩づつ。

明日も、
できる範囲を一歩。

もし休んだら、
また次の日に一歩。

それでええやん。

成長は、
一度で完成せえへん。

だから、
焦らず、
楽しみながら、
色んな想いを持って
続けていけばええ。

昨日より、
ほんのちょっと前へ。

そして今日も、
また一歩。

その小さな継続が、
いつか振り返った時に、
自分だけの大きな道になっている。

人生って、
案外そんなもんなんちゃうかな。

「成長しなあかん」

そう思うと、
なんとなく大きなことを
しなければならないような気がする。

新しいことを覚える。

仕事ができるようになる。

何かで結果を出す。

人から認められる。

そんなものを、
「成長」って呼ぶのかもしれない。

最近、
もっとシンプルに考えても
ええんちゃうかなと思っている。

成長って、
昨日の自分より、
ちょっと前に進めること。

それだけでも、
十分なんちゃうかな。

昨日まで見えへんかったことに意識を向ける。

昨日より少し優しくできた。

昨日なら腹を立てていたことを、
今日はちょっとだけ
冷静に受け止められた。

昨日はできなかったことが、
今日は少しだけできた。

それだけでも、
ちゃんと前に進んでいる。

大きな変化じゃなくていい。

ほんの一歩でいい。

むしろ、
人生なんてそのくらいの歩みのほうが、
自然なんかもしれへん。

人は急に別人にはなれへんやん。

昨日までの自分がいて、
今日の自分がいて、
その先に明日の自分がいる。

その間をつないでいるのが、
毎日の小さな行動なんやと思う。

だから、
誰かと必要以上に比べなくてもいい。

「あの人はもっと進んでいる」

「自分はまだまだや」
って思うよりも

どうせ比べるんやったら、
昨日の自分でええ。

昨日より、
ほんの少しでも前へ。

それでも十分。


「ちょっと前に進む」ということを
意識し続けていると、

ある日ふと、

「あれ?
昔はできへんかったことが、
普通にできるようになってるな」

と気づくことがある。

その時になって初めて、
小さな一歩が積み重なっていたことに気づく。

一日では、
ほとんど何も変わらない。

でも、
一年後には大きな違いになる。

十年後には、
まったく違う景色になっているかもしれない。

だから、
今日の一歩を
小さく見過ぎんでいい。

小さな一歩には、
未来を変える力がある。

昨日の自分より、
ほんの少し前へ。

それを繰り返していく。

時には、
昨日より後ろへ下がる日もある。

疲れて動けない日もある。

何をやってもうまくいかない日もある。

そんな日は、
無理して前へ進まなくてもええ。

立ち止まることも、
人生の一部やし。

休んで、
また歩き出せばいい。

大切なんは、
ずっと前に進み続けることではなく、

「また一歩進んでみよう」

と思える自分でいること。

昨日より、
ほんの少しでもええ。

昨日より、
ちょっとだけ優しく。

ちょっとだけ強く。

ちょっとだけ素直に。

ちょっとだけ挑戦してみる。

その「ちょっと」が、
自分をつくっていく。

そして、
いつか振り返った時、

「結構、歩いてきたな」

と思える日が来る。

たぶん成長って、
その瞬間に気づくものではない。

毎日の中では、
あまりにも小さくて見えない。

でも、
積み重なった時間を振り返った時に、
初めてその大きさが分かる。

だから焦らなくていい。

急がなくていい。

誰かの速度に合わせなくていい。

自分の歩幅でええ。

昨日の自分より、
ほんの少し前へ。

それだけで、
今日という一日は、
ちゃんと意味を持つ。

そして明日になったら、
また昨日の自分より、
ほんの少し前へ。

そうやって歩いていけばいい。

人生は、
一気に遠くへ行くことやなくて、

小さな一歩を、
何度も重ねていくこと。

その繰り返しの中に、
成長がある。

行動して、
気づいて、
修正して、
そして少し前へ進む。

また行動して、
また気づいて、
また修正して、
また少し前へ進む。

もしかしたら人生って、
本当にこれの繰り返しなんやろな。

でも、
その繰り返しがあるからこそ、
昨日とは違う自分になっていく。

今日の自分が、
昨日の自分より、
ほんのちょっと前にいる。

それだけで、
ええんちゃうかな。

焦らず、
比べず、
諦めず。

今日も、
自分の歩幅で一歩。

そしてまた明日、
もう一歩。

それが、
僕らの成長なんやと思う。

さあ今日はどんな未来が待ってくれてるか
楽しみにがんばろっと(笑)。