1945年、敗戦となったあの戦争を振り返っています。

戦地で苦難を乗り越え生還された方、無念の想いで殉職された方、戦時下でも高潔な人格を貫き通した方、さまざまな方を取り上げますが、根底にあるのは、あなたたちの想いは繋いでゆきますという考えです

 

平和な祖国を願い戦地に赴いていった人たち

決して戦争を美化するものではありません

 

 

 

 

 

 

       

 

1945年( 昭和20年 )4月12日

 

鹿児島県、知覧の飛行場から三機の特攻機が飛び立ちました

 

そのうちの一機、パイロットは穴沢利夫少尉

 

 

 

彼には愛する婚約者がいました

 

その女性からもらったマフラーを巻き、

女性には愛の籠った遺書を残して機上の人となりました

 

 

 

 

 

 

今はいたずらに過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない、

問題は今後にあるのだから

 

常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれることと信ずる

 

しかし、それとは別個に婚約をしてあった男性として、散って行く男子として

女性であるあなたに少し言って征きたい

 

 


あなたの幸せを願う以外に何物もない

 

 


いたずらに過去の小義に拘るなかれ、あなたは過去に生きるのではない


勇気を持って、過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと

 


あなたは、今後の一時一時の現実の中に生きるのだ。

穴澤は現実の世界には、もう存在しない

 

 


極めて抽象的に流れたかもしれぬが

 

将来生起する具体的な場面々々に活かしてくれるよう

 

自分勝手な、一方的な言葉ではないつもりである


純客観的な立場に立って言うのである

 

 

 

当地は既に桜も散り果てた
大好きなわかばの候がここへはじききに訪れることだろう


今更何を言うか、と自分でも考えるが、ちょっぴり慾を言って見たい

 

 


* 読みたい本
「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」

 


* 観たい画
ラファエル「聖母子像」 芳崖「悲母観音」

 

 


* 智恵子、会いたい、話したい、無性に






今後は明るく朗らかに

 

自分も負けずに、朗らかに笑って征く

 

 

 


利夫


智恵子様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最愛の人を失い、それでも人生を歩んでこられた、智恵子さん

 

晩年こんなことを語っておられました

 

 

 

 

最近は、戦争が美談とされることもあるし、

特攻隊を勇ましいと憧れを持つ人もいる


でも、私たちは戦争がいかに悲惨なものかを知っています。
間違った事実が伝わらないように、今、話しておかないと、と思ったのです。

 

あの時代を生きて、身をもって体験したことを語る人は毎年少なくなっている。
長く生かされていることに、何らかの使命が課せられているとしたら、

それは語り部の役割かもしれませんね

 

 

 

伊達智恵子さんは、2013年5月31日(金)に天国へと旅立ちました。
彼、穴沢利夫さんがいるところへと…

 

 

 

 

 

 

この記事を書きながらも涙を堪えきれません

 

63年後、智恵子さんが彼の遺品の軍服に顔を埋め、嗚咽する場面

 

 

 

こんな悲しい別れが当時世界中に存在し、現在も世界のあちこちで起きている

 

 

 

 

 

 

 

愛国心・・・・・

 

素晴らしい言葉です、でもその根底にあるのは、家族や地域を愛するという心

 

そんな麗しい心を持った人たちにこんな仕打ちをしてはいけなかった

 

 

 

特攻隊やあの戦争を美化してはいけない、

ふるさとや家族を愛し、守ろうと殉職された方には敬意と感謝しかありませんが、

それを単なる美談として片づけてはいけない

 

 

 

国民、市民の命を軽視する国は戦争なんか始めてはいけなかった

 

軍人は国の為に死ぬことを誇りに思い、それを前提に行動しています。

だからこそ、一人でも命が助かるような作戦遂行をしなければならなかった

 

最初から『 死んで来い 』などという戦法は国家による犯罪でしょう

 

 

 

いまだに祖国に戻れていないご遺骨もまだ何万人もいます

 

ふるさとや家族を愛する心を国家が利用するなど、絶対にあってはならない

 

 

 

いつもそんな想いを強くします