英雄のいない街
※※※※※※※※※※※※

 いつもの職場は、明かりが落ちて真っ暗になり寂しいのを通り越して不気味だ。仲間たちとのギャンブルに負けたオレは、当番の中でも損な役回りを押しつけられた。ほんの数週間前にやってきたこの街は、いつだって不気味だ。何もわからないのではない。もしかすると、この街の者たちは正直なのかもしれない。だから嫌になるほど、気味が悪かった。

 オレの職場は動物園だった。すでに閉園して人が来ることはなく、外部から委託された管理会社がたまに見回るだけ。街の者は近づくこともない。興味がないこともあるが、嫌な噂が流れたせいもあるという。ここには近づかない方がいい、と誰ともなしにささやき、わずかな職員が維持管理するばかりだった。

 そんな職場の片隅にあるプールに、オレは向かった。水道管に問題がないか保守点検の一環としてまれに見に来る必要がある。皆一様に行きたがらない。当然だ。客が引いた原因となる噂は、このプールにある。

 以前何かを飼っていたというプールは、今は何も入っていない。ここから近くの水路に入ろうと思えば入る事もでき、もしかすると外からも入れるかもしれない。そして、噂が立った。下水道の怪物が、このプールに入り込んで笑っている。とうの昔に涙も涸れ果てた怪物はもう話すこともできず、人を見れば利用することしか考えない。噂を嫌ったオーナーは動物園を閉鎖、中にいた動物はいつの間にかいなくなった。下水道に入ったのではないかという者もいるが、どこに消えたのかは定かではない。

 オレは空になったプールの点検をして回った。すると……トンネルだろうか。下水道へと入る道筋が、当然のように開いている。同僚たちは、そんなものあるわけないと皆口をそろえていた。だが、こんなに当たり前に開いているなら、知らないはずがない。なぜだろう、と考えて、背筋が凍った。人間は、見たくないものが見えない。見えていようと見ることができない。同僚たちは、誰もこのトンネルを見たがらず、必死に目を背けているのではないか。たかが穴ぼこに、何を怖がっているのか。この中に、この暗闇の深淵に何が見えるというのか。この町の「正直な」住人よりも恐ろしいものなど、何があるというのか。オレは目を伏せた。見るのが恐くて仕方がなかった。立ち去ろうとすると、穴から何かが出てくるのが見えた。ひっと息をのむと、それは一匹のペンギン。あたりをキョロキョロと見回して、また暗闇に帰っていった。

 オレは恐かった。何が恐いのかもわからず、目を伏せて帰ることしかできなかった。きっと気のせいだ、帰ってレモン水を一杯飲んだら落ち着くだろう。ポケットの中を探ると、トランプ。仲間たちとのギャンブルでオレに敗北をもたらしたジョーカーのカードは、オレを見て笑っていた。オレはトランプを投げ捨てて、ただ目を伏せて帰った。