翌日。ユキヒトは大量の絵の中に埋もれる様にして眠っていた。
あれからずっと描き続け途中で力尽きてしまったらしい。よく見ると紙の山の中にユキヒトと一緒に汚れた食器も埋もれていたため一応食事はしたらしい事は分かり少しだけホッとした。
トウヤはユキヒトを起こさない様に静かに紙の山からユキヒトの描いた絵と要らない物を分けてユキヒトの散らかした後を片付け始める。
片付けが苦手なユキヒトが散らかした部屋を片付けるのもトウヤの仕事の内である。
A4程のサイズの紙に描かれた黒い絵。本人は棄てても構わないと言っていたがトウヤは捨てる気にはなれなかった。
集めた絵は箱に入れて棚の中に入れておく。
その時ふと何となく目に留まったその内の一枚を手に取り眺めてみる。
ユキヒトの絵を一言で表現するならまず黒い、そして気持ち悪いだ。
黒一色で描かれた一見ただの模様とも見えるそれはあまり綺麗とは言い難いものだった。
それにしても「気味が悪い」と思うのは前からだが、最近は昔と比べ拍車をかけてその絵から感じる禍々しさが増して来た気がする。
何故…、一体何がユキヒトをそこまでさせているのだろうとトウヤはユキヒトと絵を交互に見る。
こんな絵を見たところで、ユキヒトの受けた苦痛や悲しみなど理解できないのだけれど…。
そんな複雑な心境でユキヒトの絵を直していると机の下にもう一枚紙が落ちているのが見えた。
それはユキヒトの絵にしては珍しく丁寧に折り畳んであった。
あの片付けると言うことを知らない男が何故そんな事を。誰にも見られたく無いのだろうか。
しかしそう考えると余計に見たくなるのが人間の性である。
でもトウヤも何となく見てはいけない物を見る様でユキヒトが起きないかとドギマギしながら紙をそっと開きそこに描かれていた物に目を見張った。
(これは…。)
トウヤはもう一度寝息を立てるユキヒトを見た。
そして再びその紙に目を戻す。
絵…。自分の絵だ。
しかも一瞬写真と見間違う程に鮮明でリアルな。
驚きもあったが何故か恥ずかしさもあった。
しかしユキヒトは何故こんな物を描いたのだろうか。
そうこうしている内に時間が経過し遂にユキヒトが目を覚ましてしまった。
ユキヒトの気配に気付き別に悪い事では無いだろうが何となく後ろめたい気持ちになってトウヤは急いで手にした絵を折り畳み後ろ手に隠す。
しかしユキヒトの方が早かった。
寝起きなため少し掠れた声でユキヒトは不機嫌にトウヤに聞く。
「……何見てた?」
何って言われたらユキヒトの絵だ。
咎める様なユキヒトの声に妙にギグシャクした動きでトウヤが振り返る。
声と同じく起きたユキヒトは不機嫌そうな顔で此方を見ていた。
「え?いや…ただ部屋の整理を…。」
「嘘言うな、さっき後ろに隠しただろ。」
そう言ってユキヒトはトウヤの後ろを指差し隠した物を睨み付ける。
トウヤは嘘を吐くのが下手だ、何か言い逃れをしてもジッと目を見ていれば直ぐに顔に出る。
それから一分もしない内に観念しトウヤは後ろ手に隠した物をユキヒトに差し出した。
それをユキヒトが素早く奪い取る。
余程見られたくなかった物らしい、ユキヒトはトウヤから取り返した絵を紙の束の中に仕舞い込んでしまった。
夕食時、会話は一つも無かった。
しかしそれは何時もの様な重苦しい感じでは無くただ会話が無かっただけだ。
トウヤが見たところ、あの絵は新しい物では無かった。紙の変色具合から予測するにトシマに居る頃描いた物なのかも知れない。
それが何故今頃出て来たのか、トウヤが察するに何処かに隠していたのだろう。と言うことはあまりあの絵について誰かに触れて欲しくはないのかも知れない。
…もしかしたら言わない方が良い事なのかも知れない。
しかしトウヤはそれを言ってしまう。
地雷なのかも知れない、だがそう言う性分なのだ。
「普通の絵も描くんだな。」
「…。」
ユキヒトはトウヤの話しは無視して黙々と食べ物を口に運んだ。
言ってはいけない事だったのだろうか、しかしこのままでは埒があかない。
このままずっと、ユキヒトと距離を置いたままではトウヤの気がすまない。
だからトウヤはあの絵の事を口にしてみた。
ユキヒトが何故あの絵を描くに至ったかは分からないが、何か解決策になる様な気がした。
「…何で俺なんだ?」
トウヤにしてみれば率直な疑問だった。
しかしその疑問にユキヒトは少し乱暴に箸を置き長い沈黙の後こう答えた。
「……………城で拷問を受けてる間、何故か頭にあったのは何時もおまえの事だった…。だからかもな…。」
「俺が?」
「ああ…悪いか。」
「え…いや、…。」
何だか余計に気まずくなった様なきがした。
そしてそれっきり会話は途絶えてしまう。