命の軽重ー自殺理由で判断される。 | エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

「無価値な目撃証人」とは箴言19:28(新世界訳)で「どうしようもない証人」と訳されているWorthless Witnessの字義訳です。
ものみの塔日本支部広報の体罰に関する回答は彼らがそういうものであることを自ら示しました。
主にものみの塔関連ですが、そのほかいろいろ。

官邸前で焼身自殺を図った件で思うところです。

 

抗議のための自殺についていえば、もはやそれしかないという切迫した状況もあることは認めます。チベットでは中国の民族浄化に対する抗議としてすでに100人以上の人たちが焼身自殺をしているということです。これなどは文字通り命をかけた抗議であり、事態の深刻さと自殺した人たちの痛ましさにはやるせない思いがします。

 

しかしただ単に自分の思う通りことが進まない、自分のわがままが通らないので、抗議のための自殺というのは何とも命が軽いものであるということを自ら認めているのです。自分の命を軽んじるものは当然他人の命も軽んじるでしょう。

 

今回の自殺を図った人に対して世間はどう思うでしょうか。そもそも名前すら報道されません。これは自殺理由が「国葬反対」というものだからでしょう。民族浄化の危機に対する抗議というものとは雲泥の差があります。ただ混乱を招いただけなのです。国葬をするかしないかは自分の命までも脅かすほどの実害があるのでしょうか。この人は自分のあとに数十人もの焼身自殺者が続くことを願っているのでしょうか。もし焼身自殺にその意義があるなら後に続くでしょう。もしそうでなければ単発の花火のようなものです。

 

あまりにも軽々に物事と自分の命を考えていると言わざるを得ません。