JW特有の教理教義に関して持つべき視点 | エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

「無価値な目撃証人」とは箴言19:28(新世界訳)で「どうしようもない証人」と訳されているWorthless Witnessの字義訳です。
ものみの塔日本支部広報の体罰に関する回答は彼らがそういうものであることを自ら示しました。
主にものみの塔関連ですが、そのほかいろいろ。

「1世紀のクリスチャンがしていたという根拠はないのにもかかわらず、

大会は奨励され、誕生日は禁止される。」


一見全く無関係に見える二つの事柄でも共通する視点があると思います。

大会において強調されるのは確かに神とキリストを高めているようですが、

すべてのプログラムに出席するように強く要求するか背景には、そこに組織崇拝を実際は強制しる印象があります。

時には失職したとしても大会に出席することが賞賛されます。

大会という群集心理の働く中で提供されるものに対し、拍手などを持って迎えるのは組織重視を心に訴えられます。

また『主要プログラム』をJW内中でしか権威のない人が扱ってもヒーロー扱いされます。

これはプログラムを扱う人に憧れめいた気持ちを高め確かに人からの注目を集めさせるように仕組まれており人間崇拝を助長します。


いっぽう誕生日を祝うのは「統治体」崇拝とは無関係です。

誕生日は個人を高めるので人間崇拝だというJW特有の暴論を統治体は主張しますが

一方で自分たちが大会で高められることは要求しているのですから始末に負えません。

以前プログラムの途中でも拍手をするよう要求されたことがあります。


一体誕生日を祝って傲慢になる人間などどれほどいるのでしょうか。

中にはいるかもしれませんが普通の家庭ではまずいません。

しかし誕生日を禁止することによって統治体が受ける「恩恵」があります。

それはJWが周囲から仲間はずれにさせることによって組織帰依を助長することになるからです。


JW独自のすべての教理は次の視点で考えなければなりません。

①この教理は冒涜集団・統治体を崇拝するのにどのように結びつくか。



②この教義・習慣は組織帰依をどのように助長するのか。


神やキリストに注意を向けるという視点で見ると矛盾する教理・教義がたくさんあります。


そういう視点で考えていきたいと思います。