こんにちは。針戸です。
前回予告していた通り、本日より新しく始まるリプレイ小説『ヘッドライトの先に、君の朝を』の連載をスタートします。とは言っても7回かそれより少ないくらいですが。
この物語は僕がシナリオを制作し、KPを行ったクトゥルフ神話TRPG(CoC6版)のセッションをもとに、ひとつの読み物として肉付け・再構成したオリジナル小説です。
trpgを知らない方でも楽しめるよう、できる限りダイスロールなどは削っております。予めご了承ください。
4年ぶりに届いた親友からのSOS。 そして、その先で出会った、異形の力を持つ謎の少女。 日常の裏側に潜む狂気と、その先にある切ない夜明けの記録を、どうぞ最後まで見届けていただければ幸いです。
この章に登場する人物を紹介させていただきます。
小川 裕太(おがわ ゆうた) / 探索者(プレイヤー)
大学のレポート課題に追われていた、ごく普通の大学生の男性。23歳。心理学を専攻している。4年ぶりに届いた親友からの「SOS」をきっかけに、日常の裏側に潜む狂気へと巻き込まれていく。
性格: 普通の人間だが、窮地に陥った際の一瞬の機転と「しずくを守る」という執念が凄まじい。
主な活躍(技能): 〈運転:自動車〉での逃走と〈心理学〉。
❖ しずく / NPC(ノンプレイヤーキャラクター)
カルト教団に囚われていた13歳の少女。橘由紀夫に助けられ、小屋で数日生活していた。サイズの合わないボロボロのローブを身にまとっている。感情が昂ると、両腕が空気を切り裂く【漆黒の巨大な爪】へと変貌する異能を持つ。
性格: 自身の異能に怯え、人を傷つけることや傷つけられることを恐れているが、本質はとても純粋で優しい女の子。
願い: 普通の女の子であること。
❖ 橘 由紀夫(たちばな ゆきお) / キーパーソン
裕太の親友。4年前、何の前触れもなく大学から姿を消し、行方不明となっていた。あるカルト教団の実験施設に潜入し、そこからしずくを連れ出した張本人。
性格+a: 実直で正義感が強い。追っ手を引きつけるために単身M県S村へと向かう。
ーーそれでは、あなたと小川悠太のセッションを始めます。第一章をお楽しみください。
第1章 夕暮れと、見知らぬ君の足音 subtitle-恐慌
午後6時。スマートフォンの画面が、暗い自室を青白く染めた。 小川裕太は大学のレポート課題の手を止め、何気なく端末を手に取る。画面に表示された送り主の名前を見た瞬間、彼の思考は完全にフリーズした。
『橘由紀夫』
4年前、何の前触れもなく大学から、そして裕太たちの前から姿を消した親友。 生きているのかさえ分からなかった彼からの、あまりにも突然のメッセージだった。
『何も言わずに消えてごめんな。また今度、なんで4年間連絡できなかったか話そうと思う。』
短い前置きに続いて、画面に表示されたのは、切迫した彼らしい真っ直ぐな言葉だった。
『――俺が引き取った子を預かってくれないか? 急用ができてかなり遠くまでいかないといけないんだ。できれば、ここまで来てくれ。』
メッセージの最後には、街の喧騒から遠く離れた山あいの寂れた場所を示す、見覚えのない地図のリンクが添付されていた。
裕太:「預かってほしい子……? 4年間、どこで何をしていたんだよ、由紀夫」
脳裏を無数の疑問が駆け巡る。しかし、文面から滲むただ事ではない焦燥感が、裕太の背中を強く突き動かした。これは単なる近況報告ではない。彼からの、命懸けの「SOS」だ。
裕太は上着を掴み、車のキーを握りしめた。 アパートを飛び出し、愛車のエンジンをかける。夜のバイパス。暗闇を裂いて伸びるヘッドライトの白い光だけが、由紀夫の示した目的地へと裕太を導いていく。
──この先に待ち受ける、過酷な夜の始まりなど、まだ知る由もなしに。
ナビが示した場所は、うっそうとした木々に囲まれた、今にも崩れそうな古い小屋だった。
由紀夫の姿はない。 車のエンジンを止め、裕太は恐る恐る小屋の腐りかけた木の扉を押し開けた。 中から漂ってきたのは、カビ臭い空気と、微かな薬品の匂い。そして──。
⁇?:「うっ……、うぅ……」
部屋の隅、暗がりのなかで、小さな人影が膝を抱えて啜り泣いていた。 サイズの合わないボロボロのローブに身を包んだ、12〜13歳ほどの少女。
裕太の足音に気づいた瞬間、少女は弾かれたように顔を上げ、怯えきった瞳で叫んだ。
⁇?:「来ないで……っ!!」
少女の悲鳴に呼応するように、異変が起きた。 彼女の両腕が、夏の陽炎のような、不気味な半透明の揺らぎに包まれる。それは瞬時に凝固し、どろりとした漆黒の霧を撒き散らしながら、人間の枠を超えた【巨大な獣の爪】へと変貌した。
空気を切り裂くような、黒き爪。 少女はそれを裕太へと向け、恐怖と怒りを必死に抑え込むように、きゅっと唇を噛み締めて睨みつけてくる。
⁇?:「それ以上、近づかないで……! あなたは誰……? もしかして、あの施設の人……!?」
少女が放つ、異形の力と圧倒的な殺意。 この現実離れした光景に、裕太の脳が恐怖で支配されるが、かろうじて答えることができた。
裕太:「俺は怪しいものない、橘由紀夫の友達だ」
動揺で喉が引きつりそうになるのを必死に抑え、裕太は両手をゆっくりと上げながら、慎重に一歩を踏み出した。
⁇?:「来ないでって言ってるの!!」
少女が悲鳴を上げ、反射的にその腕を大きく振るった。
──ヒュッ、と。
凄まじい風切り音とともに、目に見えない異形の爪が裕太の目の前を鋭く横切った。 コンクリートの壁に深い爪痕が刻まれ、火花が散る。裕太の頬のすぐ横を、文字通り「空気を切り裂く刃」が通り過ぎていった。あと一歩、踏み込むのが早ければ、間違いなく身体を深く切り裂かれていただろう。
死の恐怖が脳を突き刺し、裕太は冷や汗を流しながらその場に硬直する。 少女は自分の放った一撃の凄まじさに息を呑み、うっかり裕太を殺してしまいそうになった恐怖と怒りを必死に抑え込んだ表情で、ガタガタと震えていた。
⁇?「それ以上、近づかないで……! あなたは誰……? もしかして、あの施設の人……!?」
裕太は激しく脈打つ心臓をなんとか落ち着かせ、ポケットからスマートフォンを取り出した。そして、まだ青白く光っている画面を、彼女に見えるようにゆっくりと掲げる。
裕太:「違う、だから俺は……由紀夫の、友達だ。ほら、これを見てくれ。由紀夫から『引き取った子を預かってほしい』って連絡が来たんだ。俺は、由紀夫に頼まれて君を助けに来たんだよ」
画面に浮かび上がる『橘由紀夫』の文字とメッセージ。 それを見た瞬間、少女の瞳から張り詰めたような鋭さが消え、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
???:「あ……由紀夫さんの、お友だち……?」
彼女が小さく呟くと同時に、その腕を覆っていた黒い爪が、ふっと熱を失うように薄れていく。半透明の巨大な爪は、パチパチと微かな音を立てながら空気中に溶けて消えていった。
あとに残されたのは、ただ恐怖にガタガタと震える、サイズの合わないボロボロのローブを着た、小さな少女の手だけだ。
?⁇:「……本当に、施設の人じゃないの? 由紀夫さんの、お友達……?」
彼女はボロボロの袖でゴシゴシと涙を拭う。
?⁇:「由紀夫さんは私をここに置いて、すぐに戻るって言ったの。待っててって。……でも、もう何日も帰ってこないの。私、怖くて……。由紀夫さんはどこ?」
裕太:「……ごめん。実は俺も、由紀夫が今どこにいるのかは分からないんだ。4年前に急にいなくなって、さっき突然『引き取った子を預かってくれ』って連絡が来ただけで……」
そう言いながら、裕太はもう一度スマートフォンの画面を優しく差し出す。
裕太:「でも、由紀夫は君を俺に託した。俺がここに来たってことは、絶対に由紀夫も気づいてるはずだ。だから、まずは由紀夫が言った通りに君を安全な場所に連れていく。それから、一緒にあいつを探そう。……な?」
???:「……うん」
しずくは小さく頷き、ボロボロの袖で手を拭うと、きゅっと唇を引き締めた。
「君の名前は?」裕太は努めて穏やかな声で問いかけた。
しずく:「名前……ないの。施設では『16番』って呼ばれてた……でも、『しずく』って由紀夫さんがつけてくれたの。だから、しずくって呼んで」
彼女は俯きながら、小さく口を開いた。
裕太:「さっきの爪は何だったんだ?」
しずく:「わからない……。施設の人たちに、変な部屋で変な注射をいっぱいされて、変な本を読まされてから、怖くなると勝手にこうなっちゃうの。でも、私の体はバケモノになってないよ!? 本当だよ!?」
しずくは必死に訴えるように裕太を見つめた。
【心理学】ダイスロール→ファンブル(本人は結果を知りません)
しずくが「私の体はバケモノになってないよ!? 本当だよ!?」と必死に訴えかけてきたその瞬間、裕太の脳裏に最悪の猜疑心がよぎった。
激しいパニックと恐怖のあまり、裕太の直感は完全に狂っていた。彼女の涙に濡れた瞳が、まるで自分を騙すための巧妙な演技のように見えてしまったのだ。
裕太:「(……いや、嘘だ。この子は何かを隠している)」
あの恐ろしい、空気を切り裂く黒い爪。あんな異形を宿しておいて、「普通の人間だ」なんてあるはずがない。彼女は何か決定的な秘密を隠している、あるいは自分を油断させて別の目的で利用しようとしているのではないか──そんな歪んだ確信が、裕太の胸に冷たく突き刺さる。
裕太は激しい猜疑心に胸を支配され、冷や汗を流しながら、警戒を解かずに質問を続けた。
裕太:「由紀夫とはどんな関係なんだ?」
しずく:「4年前、由紀夫さんは、あの地獄みたいな施設に新しく入ってきた職員だったの。みんなが私をいじめるのに、由紀夫さんだけは優しくしてくれた。……5日前、『ここは狂ってる、一緒に逃げよう』って、私を連れ出してくれたの」
裕太:「由紀夫はどこへ行ったか心当たりはある?」
しずく:「ここに隠れて3日経ったとき、由紀夫さんが『追っ手を引きつけてくる』って言って出て行ったの。でも、それきり戻ってこなくて……」
裕太:「君が言っている『施設の人』って?」
しずく:「目の死んだ、私と同じような格好をした大人。私を神様の器にしようとしてたみたい。見つかったら殺されるか、またあの部屋に連れ戻されるんだ……」
しずくはそう言うと、思い出したようにガタガタと体を怯え出させた。
質問を終えた裕太に対し、しずくは震える手でポケットから鍵と一通の手紙を取り出した。
しずく:「これ……由紀夫さんが、もし自分が戻らなかったら、お友達に渡してって」
それは、親友から託されたメッセージだった。
裕太はしずくから手紙を受け取り、折り畳まれた紙をゆっくりと開いた。そこには、見紛うはずもない由紀夫の、少し癖のある実直な文字が躍っていた。
突然こんな形で、しかも4年も経ってから連絡して本当にすまない。 詳しいことを話す時間がなくて悔しいよ。
この手紙を読んでいるということは、俺はまだそこに戻れていないんだな。そして、お前の前にいる子が、俺の連絡にあった「引き取った子」──しずくだ。
俺はここ数年、ある「施設」に潜入していた。そこは、人間の子供を邪神の器に仕立て上げる、狂ったカルトの実験場だった。しずくは、そこで一番過酷な実験を生き延びてしまった子だ。
彼女の力を見て、驚いたかもしれない。怖がらせてしまったかもしれないな。でもな、信じてやってほしい。しずくはただの、怖がりで優しい13歳の女の子なんだ。自分の意志で誰も傷つけたくないと、必死に耐えている。
追っ手がすぐそこまで来ている。俺が奴らを引きつける。その間に、しずくを安全な場所へ連れて行ってくれ。
俺はM県S村に向かう。ここに来てくれ。だがまずは、俺の家へ向かってくれ。奴らの目を盗んで持ち出した「鍵」と、集合場所を紙に書いて書斎の机の引き出しに隠してある。奴らの全貌を暴くには、それが必要だ。俺の家の予備鍵は、しずくに持たせてある。それにしばらく耐えられる食料と装備は用意してある。
俺の命はどうなってもいい。だが、もし俺がS村にいなかったら……頼む。しずくを、あの子を頼んだ。
──橘 由紀夫
文字を追うごとに、裕太の背中に冷たい汗が伝わっていく。 邪神、カルト、実験場。大学の講義では決して耳にすることのない悍ましい単語の羅列。しかし、目の前で怯えるしずくの存在が、これが紛れもない現実であることを証明していた。
「由紀夫、お前……こんな危ないことに巻き込まれてたのかよ……」
裕太が手紙を握りしめ、言葉を失ったその時だった。
──カチャリ。
静まり返った古い小屋に、場違いなほどはっきりとした音が響いた。 誰かが外から、静かにドアノブを回したのだ。
裕太の身体が緊張で硬直する。しずくは「ひっ……!」と小さな悲鳴を上げて、反射的に裕太の背中の後ろへと隠れた。
ギィ、と錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、扉が開く。 入ってきたのは、ジャケットを着た男と、ジーンズ姿の若い女だった。どこにでもいる、ごく普通の、平穏な街に馴染むはずの男女。
──しかし、裕太たちを見た瞬間、彼らの瞳から一切の感情が消え失せた。
男:「16番、発見した。これより回収に移る」
男は抑揚のない声で淡々と呟くと、ジャケットの懐から金属質の鈍い光を放つ黒い拳銃を抜き放った。その銃口が、真っ直ぐに裕太たちへと向けられる。
女:「了解。」
女もまた、無表情のままポケットから特殊警棒をスッと引き出し、しなやかな動作で間合いを詰めてくる。
女:「……そっちの一般人は、由紀夫の協力者ね。ここで処理する」
しずく:「いや、いやぁぁぁ!!! 来ないで!!」
しずくの絶叫が狭い小屋に木霊する。 それと同時に、彼女の両腕から再びあの『黒い巨大な爪』が爆発的に膨れ上がり、周囲の空気をピリピリと震わせた。
目の前の「ただの人間」が放つ容赦のない冷徹な殺意と、背後で暴れる異形の怪物。そのあまりの緊迫感に、裕太の精神は激しく揺さぶられる。
女:「無力化する。」
女が冷酷に呟くと同時に、ジーンズの裾を翻して一歩を踏み出してきた。手にした特殊警棒が、容赦なく裕太の頭部を狙って鋭く振り下ろされる。
裕太:「くっ……!」
咄嗟に腕を上げて防ごうとしたが、鉄製の硬い衝撃が裕太の肉を激しく打ち据えた。凄まじい衝撃と激痛が走り、裕太の身体がわずかによろめく。
男:「16番、大人しく戻れ」
さらに、後方に控えていたジャケットの男が、無表情のまま銃口を火を噴かせた。狙いは裕太をかばうように立とうとしたしずくだ。
──キィィィン!!
鼓膜を破るような金属音が、狭い小屋に響き渡る。 恐怖に泣き叫んでいたはずのしずくが、本能的に腕を振るったのだ。空中に現れた漆黒の巨大な爪が、放たれた弾丸の軌道を完璧に捉え、火花を散らしながら真横へと弾き飛ばした。弾かれた弾丸が床を深く抉る。
「チッ……防衛本能が上がっているな」男が初めてわずかに眉をひそめる。
激痛に顔を歪める裕太。銃弾をも弾き返す異能を見せながらも、恐怖でガタガタと震えているしずく。そして、次の一撃を繰り出そうと冷徹に間合いを詰めてくる二人の襲撃者。
裕太:「(この子は怪しい……だけど、ここで捕まるわけにはいかない!)」
胸に渦巻く疑念を無理やり抑え込み、裕太は床を強く蹴った。警棒の一撃による痛みが走るが、アドレナリンがそれをねじ伏せる。
裕太:「しずく、走れ!」
裕太は彼女の細い手首をなかば強引に掴むと、特殊警棒を構え直す女の脇をすり抜け、壊れかけの扉に向かって一気に走り出した。
女:「待て!16番……!」
後ろから迫る女の鋭い声を背中に浴びながら、裕太は小屋を飛び出す。外は暗い夜の静寂に包まれており、少し離れた場所に停めた裕太の愛車だけが、唯一の救いのように見えた。
(ダイスロール:ジャケットの男〈拳銃・背後からの射撃〉→ 失敗)
闇雲に放たれた銃弾が、裕太たちの足元の泥を跳ね上げる。心臓が口から飛び出そうなほどの恐怖のなか、裕太は車のドアロックを解除し、しずくを後部座席へと押し込んだ。
裕太:「乗れ! 早く!」
自身も運転席へと滑り込み、鍵を回す。セルモーターが短い悲鳴を上げた後、力強くエンジンが始動した。バックギアに入れ、タイヤを激しくスピンさせながら小屋の敷地からバックで脱出する。
バックミラー越しに、小屋から飛び出してきた二人の襲撃者が、暗闇の中でこちらをじっと見つめているのが見えた。彼らは追ってこない。いや、最初から車を持っていないか、あるいは「これ以上の深追いは不要」と判断したかのように、ただ冷淡にその場に立ち尽くしていた。
バイパスへと合流し、アクセルを深く踏み込む。 時速100キロ。ヘッドライトの白い光だけが、うっそうとした山道を切り裂いていく。
ーーー第1章完
──夜明けまでのカウントダウンは、すでに始まっています。
次回、第二章「懐疑」でお会いしましょう。 本日のセッションは、ここまで。
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