Hくんへ

前略

君がいなくなってからぼくは後悔ばかりしています。
なぜ手紙を書かなかったろうかと、なぜ電通を掛けなかったろうかと、なぜ鉄道に乗って君の元へふらりと現れることすらしなかったのかと、そんなことばかり考えています。
Hくんは目の大きな顔つきであったから、ぼく、好きだった。
造作でなく、目の大きなひとと云ふのは、ぼく好きです。
だって周りのことを、よく見ている目だからです。
だから君はどこかへ行ってしまったのだらうとも思っています。
たくさんのものを見ると、大変疲れるからです。
きみはもう、随分と前から疲れていたから、なおのことと思います。
ぼくは周りのことなどあまり見えないけれど、きみの夢だけは不思議とあの夜見たのです。
きみはあの星のような笑顔で笑うのです。
さようならは云うべきではないでしょう。
どうせみな、ゆくところなぞ同じでしょう。
遅いか早いかの違いでしょう。
きみはとてもとても、綺麗なところへ行ったのです。
そこはなんでも思った通りの大切なものが、手のひらにある場所です。
大きな林檎の木があり、その木は今まで一度だって不作だったことはありません。
いつもまるで黄金でできたような艶やかな実をつけます。
広い水田もあるでしょう。
その稲も、他所ではとんとかいだことのないような暖かい太陽のにほいのする実を膨らませるのです。
そして、きみの好きな愛らしい動物たちは平和に暮らしています。
何故ならみな空気中に生じる電気を食べて生活をしているから、食べられることを恐れずにのんびりとできるからです。
ぼくのところに居た鼠も、いまはそちらで電氣栗鼠の仲間になって、木のうろでまどろんでいるでしょう。
先に行っている人も多く、淋しいことはなにもありません。
それにそこはきっと読み物も、地球の生まれる前の空中に漂う真空の地層の透明の化石も、星の名前のお菓子も、なんでもある明るいところです。
ですからして、心配することは何もないですので安心してください。
ぼくはまだ行けませんが、きみにとって、そちらですることはたくさんあります。
そしてそれらは全て愉快なことで、もう疲れなくても良いのです。
ですから待っていてください。
ただ、もしかすると、ぼくは君にあった時、すこしたけ、淋しかったと泣くかもしれません。
それだけは許してください。
ぼくは本当に悲しんだのですから。
ぼくは本当に涙を流したのですから。
ぼくは本当に、きみのことをまるで妹のように、友達のように愛していましたから。
だから、すこしだけ泣き言を言うかもしれない未来を苦笑しつつ待っていてください。
これから。
ぼくは正しいことをします。
どんなに苦しくても辛くても悲しくても、それが正しいことならば、きと全てはほんたうのさいわいへの一足ずつのはずですから。
そうすればきっと、いつか、遠い日(とは云え、きみはそう長く退屈に待つ必要はありません、きみはもう、なにも退屈せずとも、楽しむことがたくさんあるのですから。精神的時間はあっという間に過ぎるはずだからです)ぼくも君のいるところへ行けるはずなのです。
そうしてまた会えた時は、笑い話をしましょう。
明るい広いところで、黄金の林檎をかじりましょう。
一冊の本を一緒に読みましょう。
星の名前のお菓子を食べながら、ぼくの可愛い電氣栗鼠を見せてあげますから、なぜてやってください。
きっときみならば、噛まれたりしないと思います。
だから、Hくん、きみは先にすこしだけのんびりしていてください。
ぼくもじき、この地球の寿命に比べたらほんの数秒で、そちらへ参ります。
ですからそれまで、しばしの間。
さようならは、言いません。

また、会えるでしょうから。
*【以下原稿汚れにつき不明瞭のため割愛】





引き出しの中の手紙より、抜粋。





*【文書としての解読不可のため省略いたしました。】