麦粒腫?霰粒腫?
どーも、オータ・ユミです。
暇なので、更新してみようかなー、と(笑)。
「ものもらい」って、昨日、ウチの店長に通じなかったんですよ。
で、何でかな?と思ったら、どうやら関西では「めばちこ」と言うらしくて。
私は元々「めいぼ」と呼んでたんだけど、周りがよく「ものもらい」と言うから、それが正しい呼び名だと思って、最近はそう呼んでたんですけど。
ちなみに「めいぼ」は京都、「ものもらい」は関東、「めばちこ」は関西での呼び名らしいですよー。
正確には「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」と言う病名らしいんですが、「霰粒腫(さんりゅうしゅ)」と言うのもあるらしく、こっちは自然治癒では治らないようで。
これはどっちなのか、眼科に行かないと解りませんよねー。
“霰粒腫では、通常痛みや痒みを伴わない”って調べたら書いてたしなー、私、普通に麦粒腫と思っていいのかなー、と勝手に思ってます。
昨日よりは確実に痒みが無いんですよねー。
昨日はほんと痒い時は尋常じゃない痒さだったんで。
で、腫れもちょっとひいてるように見えるし。
私の予定では、明後日あたりには治るんじゃないかな、と(笑)。
今年ももう終わりですね。
もう2010年かー。
そう言えば、最近フジファブリックの志村さん亡くなったらしいですね。
私、全然フジファブリックよく知らないんだけど。
なんか、畑利樹さんがサポートドラマーやってたような?じゃなかったっけ?
「死因不明らしいよー。なんでなんでー?」
みたいに昨日職場のコが言ってたんですけど。
って、“なんでなんで”とか書いたら、RADWIMPSの「おしゃかしゃま」思い出してきちゃった(笑)。
まぁ、RADWIMSもよく分からないんだけど、何故か「おしゃかしゃま」だけは好きって言う。
で。
「死因不明だから~」って、言ってたんですけど、志村さんを全く知らない私にとっては、「そりゃ、薬だろ。」とか思っちゃって。
いや、絶対そうゆう事やらないような人なのかもしれないし、どうゆう人物か全然知らない立場で、憶測の範囲で喋って、凄く軽率だったかな、とは思って反省はしてるんですけど。
だって、解剖したのに死因不明って中々、珍しいんじゃないですか?
もし、薬でも「薬です。」って公表出来ないんじゃないかな、とか考えたりして。
まぁ、分からないんですけど。
まぁ、違うでしょうけど。
私が原因不明に死んだら、絶対、「ジャンキーだから。」で片付けられそうですけどね。
私が死んだら、私の可愛いギター達の行き先が心配です。
取り敢えず、fenderのジャズマスだけは行き先が決まってて(笑)。
「私が死んだら、このヒトに持ってて欲しい、みたいな。」
そのヒト、ギター弾けないけど。
一応、本人にも言ってあるんだけど。
1番心配なのは、DRSですねぇ。
もうこいつは道連れにして、棺に入れて欲しいんですけど。
「私と一緒に死んでくれ!」みたいな(笑)。
ギターって金属も入ってるし、多分、棺には入れちゃダメなんだろーな、、、。
入れれとしても、アームとかブリッジとか、そうゆう金属部だけ残っちゃうし。
それ、なんかDRSが可愛いそう、、、。
あ、だったら、私の遺骨を擦って粉にして、fホールに詰めて、固めて欲しい(笑)。
もうめちゃくちゃだな、私(笑)。
それ、もはやセミアコじゃないし(笑)。
誰かが引き取るなら、それでもいいけど、一応、私のDRS弾く時は、私を偲んで涙の一粒ぐらい流して欲しいです(笑)。
あとのギターは、実家に置いといてくれればいいかな、と。
まぁ、それはいいとして(笑)。
今年は沢山のヒト、特にミュージシャンが亡くなりましたね。
忌野清志郎、アベフトシ 、マイケル・ジャクソン、川村カオリ、志村正彦。
今、パッと浮かぶだけでかなり居ますよね。
うちの母もですけど。
今までも毎年沢山のヒトが亡くなってると思うけど、今年は特に訃報を聞く度に、「え?また?」って悲しくなりました。
人間1人、居なくなる事は、この地球上にとって、たいした事無い筈なんだけど、心と言う機能を持つ私達としては、やっぱり凄く辛い事ですよね。
そのヒトが居る筈だった未来の予定が白紙になっちゃう訳ですから。
私は実の母親が亡くなって、リアルに未来の予定は崩れていった訳だけど、まぁ、癌だったから、覚悟はしてたんだけど。
近親の人じゃなくても、例えば、、、誰でも言える事だけど、、、じゃぁ先日、フジファブリックの志村正彦が亡くなりました、と。
それで日本の何処かに「今度、絶対フジファブリックのライヴに行って、志村正彦の歌を聴きたい!」と思ってたヒトが居たとして。
そのヒトは、もう一生、聴けないんですよ、彼の生歌は。
「また今度」が無くなるんです。
死ぬってそうゆう事です。
自由に動けてたカラダは、もう骨壺に入れられたままで。
ウチはまだ母の骨壺が家にあるんですけど、そこに遺骨だけあって、でも母はとっくに死んでて、かなり不思議な感じです。
誰かを殺めると言う事は、そのヒトの未来だけじゃなく、周りのヒトの未来、皆んなの「また今度」を奪うって事なんですよ。
簡単に殺人事件って起こってる世の中だけど。
来年は明るい年になるといいですよね。
そんで、私の暮らし向きも変わる事を願ってます(笑)。
では。
暇なので、更新してみようかなー、と(笑)。
「ものもらい」って、昨日、ウチの店長に通じなかったんですよ。
で、何でかな?と思ったら、どうやら関西では「めばちこ」と言うらしくて。
私は元々「めいぼ」と呼んでたんだけど、周りがよく「ものもらい」と言うから、それが正しい呼び名だと思って、最近はそう呼んでたんですけど。
ちなみに「めいぼ」は京都、「ものもらい」は関東、「めばちこ」は関西での呼び名らしいですよー。
正確には「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」と言う病名らしいんですが、「霰粒腫(さんりゅうしゅ)」と言うのもあるらしく、こっちは自然治癒では治らないようで。
これはどっちなのか、眼科に行かないと解りませんよねー。
“霰粒腫では、通常痛みや痒みを伴わない”って調べたら書いてたしなー、私、普通に麦粒腫と思っていいのかなー、と勝手に思ってます。
昨日よりは確実に痒みが無いんですよねー。
昨日はほんと痒い時は尋常じゃない痒さだったんで。
で、腫れもちょっとひいてるように見えるし。
私の予定では、明後日あたりには治るんじゃないかな、と(笑)。
今年ももう終わりですね。
もう2010年かー。
そう言えば、最近フジファブリックの志村さん亡くなったらしいですね。
私、全然フジファブリックよく知らないんだけど。
なんか、畑利樹さんがサポートドラマーやってたような?じゃなかったっけ?
「死因不明らしいよー。なんでなんでー?」
みたいに昨日職場のコが言ってたんですけど。
って、“なんでなんで”とか書いたら、RADWIMPSの「おしゃかしゃま」思い出してきちゃった(笑)。
まぁ、RADWIMSもよく分からないんだけど、何故か「おしゃかしゃま」だけは好きって言う。
で。
「死因不明だから~」って、言ってたんですけど、志村さんを全く知らない私にとっては、「そりゃ、薬だろ。」とか思っちゃって。
いや、絶対そうゆう事やらないような人なのかもしれないし、どうゆう人物か全然知らない立場で、憶測の範囲で喋って、凄く軽率だったかな、とは思って反省はしてるんですけど。
だって、解剖したのに死因不明って中々、珍しいんじゃないですか?
もし、薬でも「薬です。」って公表出来ないんじゃないかな、とか考えたりして。
まぁ、分からないんですけど。
まぁ、違うでしょうけど。
私が原因不明に死んだら、絶対、「ジャンキーだから。」で片付けられそうですけどね。
私が死んだら、私の可愛いギター達の行き先が心配です。
取り敢えず、fenderのジャズマスだけは行き先が決まってて(笑)。
「私が死んだら、このヒトに持ってて欲しい、みたいな。」
そのヒト、ギター弾けないけど。
一応、本人にも言ってあるんだけど。
1番心配なのは、DRSですねぇ。
もうこいつは道連れにして、棺に入れて欲しいんですけど。
「私と一緒に死んでくれ!」みたいな(笑)。
ギターって金属も入ってるし、多分、棺には入れちゃダメなんだろーな、、、。
入れれとしても、アームとかブリッジとか、そうゆう金属部だけ残っちゃうし。
それ、なんかDRSが可愛いそう、、、。
あ、だったら、私の遺骨を擦って粉にして、fホールに詰めて、固めて欲しい(笑)。
もうめちゃくちゃだな、私(笑)。
それ、もはやセミアコじゃないし(笑)。
誰かが引き取るなら、それでもいいけど、一応、私のDRS弾く時は、私を偲んで涙の一粒ぐらい流して欲しいです(笑)。
あとのギターは、実家に置いといてくれればいいかな、と。
まぁ、それはいいとして(笑)。
今年は沢山のヒト、特にミュージシャンが亡くなりましたね。
忌野清志郎、アベフトシ 、マイケル・ジャクソン、川村カオリ、志村正彦。
今、パッと浮かぶだけでかなり居ますよね。
うちの母もですけど。
今までも毎年沢山のヒトが亡くなってると思うけど、今年は特に訃報を聞く度に、「え?また?」って悲しくなりました。
人間1人、居なくなる事は、この地球上にとって、たいした事無い筈なんだけど、心と言う機能を持つ私達としては、やっぱり凄く辛い事ですよね。
そのヒトが居る筈だった未来の予定が白紙になっちゃう訳ですから。
私は実の母親が亡くなって、リアルに未来の予定は崩れていった訳だけど、まぁ、癌だったから、覚悟はしてたんだけど。
近親の人じゃなくても、例えば、、、誰でも言える事だけど、、、じゃぁ先日、フジファブリックの志村正彦が亡くなりました、と。
それで日本の何処かに「今度、絶対フジファブリックのライヴに行って、志村正彦の歌を聴きたい!」と思ってたヒトが居たとして。
そのヒトは、もう一生、聴けないんですよ、彼の生歌は。
「また今度」が無くなるんです。
死ぬってそうゆう事です。
自由に動けてたカラダは、もう骨壺に入れられたままで。
ウチはまだ母の骨壺が家にあるんですけど、そこに遺骨だけあって、でも母はとっくに死んでて、かなり不思議な感じです。
誰かを殺めると言う事は、そのヒトの未来だけじゃなく、周りのヒトの未来、皆んなの「また今度」を奪うって事なんですよ。
簡単に殺人事件って起こってる世の中だけど。
来年は明るい年になるといいですよね。
そんで、私の暮らし向きも変わる事を願ってます(笑)。
では。