13日の夜に新宿の西口公園に集合し、バスに乗って出発しました。少なくなっているとはいえ、これだけの人数の方々がいるのかと驚きました。バスでは心が緊張していたのか、ちゃんと寝ることができなかったです。
明け方、仙台付近を走っているとある異変に気付きました。それは道の悪さです。デコボコしていて、寝ている人が起きてしまうほど、道が地震の影響でおかしくなっているんです。それは東北全域で言えることなのかもしれません。普段の道に慣れているせいか、デコボコしている道はどうもストレスに感じてしまうんですね。石巻に着いても、車道のみならず歩道も地盤沈下によって歩くことが不安定な状態でした。僕のような若者は問題はありませんが、高齢者の方々は大変だと思いました。
高速を走っていると、物資を運ぶトラックがたくさん走っていました。また、我々のように災害ボランティアに向かう人々のバスがちらほら見えました。
石巻市でボランティアをする人々は石巻専修大学の校庭にテントなど張って、そこを拠点にして活動を行っています。大学に着いて校庭を見ると、土曜日ということもあるのか、たくさんの車や人々でいっぱいでした。
たくさんの人がボランティアに来ているという現実がそこにあって、我々もこれからボランティアをすることに対して使命感が生まれました。
陸上のトラックでは、地域の中学生でしょうか、学生の方々は準備体操をしていました。専修大学さんの校庭を貸し出すことといい、校庭の地域の学生さんに貸し出すこといい、震災に対して一緒に戦っている姿勢に心を打たれました。
今回、ピースボートのメンバーは専修大学に泊まるメンバーと、テントを持っていないメンバーは石巻市の中央町の料理屋さんの2階に泊めていただくというメンバーに分かれ、僕は後者の本当に感謝すべき環境化のなかでボランティアをすることができました。
1階は津波の被害を受けているというのに、貸していただけるというのは本当に感謝し、ボランティア活動を一生懸命やるだけだと思いました。
最初バスから眺めていて思ったことは、正直な感想です。
「あれ、案外大丈夫なのか…?」
地震による被害は見えたものの、被害をそんなに感じなかったのです。しかし、バスを降りて自分の足で街を歩いてみるとそれは大間違いでした。石巻市の中央町の家やお店は、1階はすべて津波のより浸かってしまって、もうぐちゃぐちゃでした。さらには道の不安定さ、信号が壊れてしまっていて交通の混乱、道には大量のごみ、ヘドロの山が広がっていました。
僕が来た時期は震災から2カ月、その間、先陣のボランティアの人々、自衛隊や全国の警察官の方々、そしてもちろん市民の方々の多大な努力により街は少しずつ復興していたのです。これでも良くなったと被災者の方々は言います。
道にはこのように津波によって流された物がたくさんありましたが、物以外にも感じたことがあります。それは臭いです。ヘドロのような臭いが街を覆っていました。
これはただのごみではありません。人々の生活に欠かせない、思い出の詰まった大切なモノなんです。津波はそんなことを関係なく流していくのですね。ですから、活動をするときはモノを大切に扱わなくてはいけません。一見ごみに見えても、それは誰かの思い出の詰まった大切なモノかもしれないのですから。
被災地は全く復興していません。どんどん支援が必要なんだと見て思いました。
では、今回の記事はここまでとさせていただきます。





