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おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!

東日本大震災によって大きな被害を受けた石巻市に災害ボランティアに行ってきました。ボランティアをしてみて、この震災を伝えていかなければならないと思いました。どう伝えていくか、今はまだわかりませんがブログによって被災地の状況を伝えていければと考えています。

こんにちは。千葉は今日地震が多いです。それに曇り空、精神を不安にさせます。石巻も震災当日、雪でした。最近思うんですけど、悪いことって一気にやってきますよね。

前回の記事で女川のことを書きましたが、今日はその続きを書きたいと考えています。よろしくお願いします。

$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-女川


高い場所にある駐車場から見る女川は、テレビやインターネットで見るものとでは違いました。自分の目で見ることの大切さわかるような気がしました。感じるものが違うんです。空気や香り、そこを人が歩いている。街がここにあったんだとわかるんです。
この写真で伝えたいのは、津波の恐怖です。津波に力をよく伝わる写真ではないでしょうか。この高さまで水がやってきた、しかも車を玩具のようにこんなところまで持ってきてしまう。このような光景は、今回の震災でもう我々の目には慣れてしまっていますよね。でもよく考えると、すごいことですよね。普通自動車で車両総重量5,000kg未満、最大積載量3,000kg未満のことを指すのですから…言葉がでません。

被災者の方々が皆さん言って教えてくれるのですが、

『津波がきたときに車は何の役に立たないということ』

今回車に乗って逃げようとして亡くなった方がたくさんいます。



それを教えてくれるような動画です。その前に堤防越えて溢れる水が衝撃的な動画です。津波に襲われてしまうとドアも開かなくなってしまいます。もし逃げられたとしても、津波に巻き込まれてしまいます。車に乗りながらラジオなどで津波警報が発令され、もし海の近くを走行しているのなら、とにかく自分の足で近くの高台に逃げるべきです。車に乗りながら流されるということが今回たくさんあったそうです。そのときの映像や気持ちは、もう一生忘れる忘れることができないと皆さん言います。目の前に助けなくてはいけない人がいるのに、何もできない自分。そんなことがたくさんあったんです。
もし首都圏に津波がやってくるとしたら、皆さん車で逃げてしまうのではないでしょうか。大渋滞が起きて、大混乱になるでしょう。東日本大震災の上に立って考えるのなら、もし警報が出たのなら、高い場所に逃げるということだと思います。
今回、いかに便利なものが役に立たなかったか。もちろん、我々にとって欠かせないものになっています。ただ、携帯電話だって今回全く繋がらなかった。車だって津波でやられてしまった。電気が無いと我々の生活は機能しないとはこんなにも思わなかった。鉄道が動かなかっただけで、あんなにも混乱するとは。もう使うなと言ってるわけでもないですし、反対しているわけでもないです。しかしそれに依存しすぎているのではないかと思います。もう一度、身の回りの生活を改めなければいけない、そんな時期なのかもしれませんね。

$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-ヒーロー


今回の地震のヒーローです。今回の地震で見直されたモノの一つです。携帯電話の普及で、このような電話の姿を見なくなってきました。東北、関東、あの日にこの電話にはすごい行列が各場所でできました。

$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-3・11 公衆電話に行列


大切な人の安否を確認、また自分の安否を伝えるために。
この震災が起きたとき、メディアなどでいろんな名称がありました。

東北沖大地震
東北・関東大地震
東日本大地震
東日本巨大地震

などなど。
4月1日、政府が正式に「東日本大震災」と名称を決めると発表しました。



東日本とは日本の東側を指すのですが、
『通常は北海道・東北地方・関東地方の1都1道12県と、中部地方のうちで関東地方に隣接する新潟県、山梨県、長野県及び静岡県の計1都1道16県をさす。広くは岐阜県及び愛知県並びに北陸3県(福井県のうち嶺南地域は除く)も含め、狭くは北海道のみを「北日本」とし、東北地方及び広域関東圏を東日本とする場合もある。広域関東圏とは、関東地方1都6県並びに親不知浜名湖線以東の中部地方4県(新潟、山梨、長野及び静岡の各県)の計1都10県をさす。さらに狭くは広域関東圏1都10県のみを指す場合もある。』ウィキペディア参照

だそうです。とにかく大きな規模を指しますよね。規模があまりに大きすぎて、メディアでも取り上げられていない場所がたくさんあると思います。それは大きいものから小さいものから、少なからず人々の生活に大きく影響を与えていると思います。

僕は千葉県に住んでいます。千葉県も旭市が津波にやられてしまいました。また液状化現象の被害がとても大きいのは皆さんの記憶にもあるのではないでしょうか。



$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-埋まった小川


これは何に見えますか?一見道に見えますよね。



実はこれ、小川なんです。液状化によってすべて埋まってしまったんです。

$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-地割れ


これは道に亀裂が入ってしまった写真です。千葉の沿岸の埋め立て地にはこういった風景が広がっています。特に酷かったのは浦安市です。都市の弱さがわかってしまいましたよねこの地震で。。
今回の地震で震度5強ですから、もしそれ以上きたらと考えると…

おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-花見川


もしこの川に津波がきたとしたら、、今東日本の都市はとても弱っています。だからこそ、人間の判断が重要なのではないでしょうか。自分の身は自分で守るということが大切です。津波警報が発令されたらすぐ高い場所へ!先人達から伝えられてきた当たり前のことを当たり前にできることが大切なのだと思います。
被災地に行くときに、僕はこの震災の悲惨をしっかりと自分の目で見なければいけないと心に決めて行きました。僕達の前に行った先陣のボランティアの方々のメッセージのなかに、「女川は一度見たほうがいいと思います」と書いてありました。

女川町は、宮城県の東に位置し、日本有数の漁港、女川漁港で知られる町であります。町域が南三陸金華山国定公園地域に指定されていて、北上山地と太平洋が交わる風光明媚なリアス式海岸は天然の良港を形成し、かきやほたて、銀鮭などの養殖業が盛んで、金華山沖漁場が近いことから、地方卸売市場には暖流・寒流の豊富な魚種が数多く水揚げされます。

女川に行くと石巻の方に話すと、皆さん「行ったほうがいい」と言います。

ボランティア中の朝の散歩は日課になります。被災地の状況を見ることが大切だから、皆さん朝4時、5時に起きて散歩に行きます。僕も毎日散歩に行って被災地を歩きました。そんななかでいろんな方との出会いがあります。挨拶をするだけでコミュニケーションが始まる。恥ずかしながら関東ではあまり見られないことなので、とても新鮮でした。女川へは20キロもあるということで、徒歩では無理なのでお金は仕方がないと判断し、タクシーに乗ることにしました。タクシーの運転手さんに女川に行きたいと話すと、この方がとてもいい方で女川の現状を詳しく話しながら案内をしてくれました。

まず女川に行く途中の道ですね。地震による地盤沈下によって浸水しているんです。これがただの水ならまだいいそうです。塩水なんです。塩水ってすぐ錆びさせてしまうそうなんです。被災地の車のみならず、津波の水にやられたものは塩のせいで使い物にならないんです。二次災害ですよね。

地震当日は、女川方面への道は遮断されてしまい、孤立状態にあった女川。やっとの思いで着いた女川を見たとき、運転手さんは言葉を失ったそうです。それほどの悲惨な状況が待っていると僕は心の中で覚悟のようなものをしました。向かう途中、横を走る仙石線の線路は水に浸かっていたのを鮮明に覚えています。



石巻中心街から約20分、ようやく女川町に入りました。

$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-女川入口


ここは海から2キロぐらいの場所です。何もないんです。本当に町があったのかと思ってしまうほど…何も残っていないんです。
タクシーはどんどん中心街に入っていきます。

$おだづなよ!津波!東日本大震災を伝えていこう!-駐車場から見た女川


これは高台にある病院の駐車場から撮った写真です。ここは避難場所になっていたそうなんですが、津波はこの場所にもやってきました。



安全だと思っていた場所を津波は容赦なく襲っていったのです。



女川についてはまだ詳しく書いていきたいと考えているので、また書きます。